第九話
翌日の朝、祐咲は多少緊張しながら教室のドアを開けた。
祐咲に生徒達の視線が集中する。一瞬ざゎめき、すぐに水を打ったように静まった。
誰もがどう接するべきかと悩んでいることが、手に取るように分かった。
深く息を吸って、
「おはよう!」
大きな声でクラス中に響き渡るように言った。
出来る限り、明るく爽やかに聞こえるように。
「お、はよう。」
「おはよう・・・」
「やだなー!皆何でそんな暗い顔してんの?あ、慎のこと?あたしなら大丈夫だよぉ!?
落ち込んでたって何も始まらないし!!平気、平気!四日も休んじゃってごめんねー?
あ、昨日は来てたんだけどさ。部活だけ」
努めて笑顔で、明るく。皆拍子抜けしたように立ち尽くした。
「ち、祐咲・・・ほんとに大丈夫・・・?」
同じクラスであり、大親友の恵が恐る恐る声をかけてきた。
「大丈夫だって!恵、ごめんね?メールも電話も返さなくってー」
恵はその明るすぎる態度に何か思ったようだったが、何も言わなかった。
良かった、心配したんだよ、と笑った。
ごめんねー、と笑顔で返す。
その様子を遠巻きに見ていたクラスメートたちも、いつもの朝の日常に戻っていった。
「祐咲、もうすぐテストだって分かってるの?4日も授業受けてなくて大丈夫?」
「・・・分かってるよ。大丈夫じゃないけど、ほら、そこは恵サンの素晴らしいノートを見せてもらおうと思って」
恵はのほほんとしていて、ぼけっとしているが、成績は学年三位という秀才なのだ。
「そう言うと思って。はい、ノートのコピー」
呆れた顔をして恵は祐咲に束になったコピーを渡した。
「さすが恵!!ありがとう!助かります!」
顔の前で両手を合わせて頭を下げた。恵が笑う。
周りの生徒も笑う。
今までと何も変わらない日常。祐咲も、クラスメイト達も、それを望んだ。
チャイムが鳴り、担任が教室に現れるとざわついていた教室は静まった。
担任の新堂は祐咲に気付くと、目だけで微笑んで言った。
「安藤、やっと来たのかー。全く、テスト前に休むなんてよほど自信があるんだな。期待してるぞ」
期待されても困る。今回のテストは、いつも以上に悪い自信ならあるが。
あはは、と渇いた声で苦笑した。
新堂は祐咲の欠席についてそれ以上触れなかった。テストの話をして終わりにしたのだ。
ここにも、優しい人がいる。
テストまであと十日だ。授業を受けていなかった分、本気でやらないと少々危ない。
けれど、部活が休みになるのは一週間前からだ。
恵に家庭教師を頼もうか、と考えたが止めた。
一度頼んで酷い目に合っている。恵は、勉強を教えるときは有り得ないほどスパルタなのだ。
強豪チームのコーチのように。女性だが。
とにかく、人格が変わる。少しでも間違えれば罵声が飛び、手をピシャンとやられる。
何年か前の学園ドラマに出てくる、竹刀をいつも持っていて生徒を脅すのが役柄、な教師のようだ。
だから恵には頼めない。成績がずば抜けて良い人は教え方が上手いとは限らないし。
うーん、と唸っているうちに一限目が始まった。英語だ。
祐咲は英語が得意だ。英語だけはいつもそれなりの点数がある。
幼い頃だが、慎と共に英会話教室へ通っていたのだ。それが楽しく、今でも英語は好きだ。