第七話
「・・・」
水野は歯を食いしばって涙が溢れそうになるのを必死で耐えていた。
慎は、バイクとぶつかったとき、とっさに腕を庇ったのだ。
恐らく、守るために。大切な右腕と、水野との約束を。
「馬鹿野郎・・・死んでも守れなんて、言ってねぇぞ・・・!」
「バカだよね。ほんとバカ。野球バカ・・・」
「でも・・・、慎は、きっと後悔してないと思う。いっぱい遣り残したことはあるかもしれない。
それでも、慎は毎日を、今を一生懸命生きてたと思う。だから、きっと後悔なんてしてないよ。
ただの勘だけど、でも、ずーっと一緒にいた幼馴染の私が言うんだから、間違ってないと思う」
祐咲は、一言一言を噛み締めるように、言った。自分に言い聞かせるように。
後悔なんて、残したまま逝って欲しくなかった。
何の迷いもなく眠って欲しかった。
後悔なんてしてない。そう信じたかった。
もし、後悔しているとするならば、たった一つ。
「甲子園、かな・・・」
「・・・」
「・・・」
「行くよ。」
「え?」
「甲子園。絶対行く。あいつ、絶対見ててくれるから。あいつが見ててくれるなら、きっと行ける。
皆で掴むんだ。絶対に掴んでみせる。一緒に行くんだ。慎も・・・一緒に」
「ありがとう・・・」
今日何回流したか分からない。
それでも、とどまることを知らないかのように祐咲の目からは涙が溢れた。
「だから、頼んだぜ、マネージャー。
お前がいないと甲子園行っても、手作りのお守りを選手全員分作ってくれる奴がいなくなるからな。」
甲子園出場チームの女子マネージャーの定番を、水野は期待した。
水野らしい。
最後は笑わせてくれる。さすがは部のムードメーカーだ。
軽くて調子が良くて、真面目という言葉と正反対の水野と、いつも一生懸命で、絶対に練習や試合で手を抜かない努力の人の慎。
最初は、どうして二人が自他共に認める親友同士なのか分からなかった。
けれど、水野は、軽くて本当に調子だけは良いけれど、決して不真面目ではなかった。
いつも凄く楽しそうに練習に取り組み、試合でピンチに陥れば一番大声を出してベンチを盛り上げる。
誰かが落ち込んでいれば真っ先に気づく。水野はいつも、仲間のことをとてもよく見ている。
慎とタイプは違うけれど、一生懸命さと野球に対する情熱は同じなのかもしれない。
仲間を誰よりも大切にする水野だから、親友を失ったことは耐えられない程辛いだろう。
それでも、水野は挫けない。慎の夢を。皆の夢を。全員で叶えようと言ってくれた。
だから、笑った。
作り笑顔じゃなく。心から。きっと甲子園に行ける。慎も一緒に。
「慎、痛かったのかな」
水野が呟いた。
「分からない。でも、苦しそうな顔はしてなかった。
きっと・・・慎にとってはデッドボールの方がずっと痛いんじゃないかな」
「そうだな。それが慎だ。」
いつの間にか祐咲の家の前まで来ていた。
水野にお礼を言って、祐咲は家の中へと入った。
ジャンルは「恋愛」なのに、なかなか恋愛要素が出てこない・・・
恋愛ストーリーを期待して読んで下さった方には本当に申し訳ありません。
私が今書きたいことに、まだ恋愛が出てこないのです。
わざとではなく、無理矢理恋愛の話の方向に持っていくことはしたくないので・・・という理由です。
この物語には、必ず恋愛要素も盛り込んでいきます。
それまで待っていていただければ、応援していただければ、嬉しいです。