第三話
ジャージに着替え、すぐにグランドへ向かう。
走りこみをする一年生。ノック練習をする二年生。今は十一月。三年生はもう引退している。しばらくその光景を眺めていた。
ドリンクを作った祐咲は部員たちに呼びかけた。
「みんなー!休憩しよ!」
グランンドがざわめいた。
「安藤・・・お前・・・」
慎とバッテリーを組んでいた江崎主将が躊躇いがちに声をかけてきた。
「・・・大丈夫なのか?」
「ただの風邪ですよー。もう全然大丈夫です!ご心配かけてすみませんでした。」
満面の笑顔で祐咲は答えた。何も聞いてくれるなと祈りながら。
それを察したのかは分からないが、江崎は良かったなと言っただけで、それ以上何も言わなかった。
「おーし、十分間休憩!」
主将の声で立ち尽くしていた部員たちが集まり始めた。
祐咲は今まで通り、部員一人ひとりにドリンクを渡していく。お疲れ様と声をかけながら。
努めて明るく振舞った。気を遣われるのだけは嫌だった。
最後の一人にドリンクを渡したとき、祐咲の手元には一本余っていた。
野球部員は全部で二十五人。慎がいなくなった今は二十四人だ。祐咲はハッとした。以前と何も変わらず、明るく振舞っていたのに。こんなミスを犯してしまってはその努力も台無しだ。
何も言えずにいた祐咲の手からいきなりドリンクが奪われた。
「ラッキー!俺めちゃくちゃ喉渇いててさぁ。一本じゃ足りなかったんだ。余ってんなら貰うぜ。」
部のムードメーカーであり、慎の親友であった水野だ。
一気に場の空気が和んだ。
「お前はいじきたねぇなぁ。」
「先輩を目の前にして、礼儀がなってねぇぞ!」
いつもの野球部が戻ってきた。遠まわしな水野の優しいフォローに、祐咲は胸を撫で下ろした。
それと同時に、しっかりしろと自分に喝を入れた。
十分後、練習が再開され、監督と主将の指示でポジション別の練習が始まった。
いつも慎が立っていたマウンドの上には、控えの二年生投手が立っていて、江崎と投球練習をしていた。
慎の力強い投球を思い出し、涙が溢れそうになった。
慎はいない。どんなに会いたくても会えない。
(慎・・・慎・・・)
涙で目の前が霞む。
そんな姿を部員たちに見られたくなくて、そっと涙を拭いた。
そして、掃除をするために部室へ向かった。
部室の扉を開けると、予想通りの光景が広がっていた。
マネージャー不在だった三日間で、部室は随分と散らかっている。
空のペットボトルから、パンの袋。
タオルや雑誌まで。これでもかと言うくらい散らかっている。
「掃除くらいできないの、あいつらは」
呆れ気味に呟いた。
けれど、この部活に自分は必要な存在なのだと確信するのには十分だった。