第十五話
1階の下駄箱で水野に追いついた。
「水野!待ってよ!送ってくれるんじゃなかったの?」
「はぁ?まだ明るいだろ。」
「良いじゃない。途中まで一緒に帰ろう。」
祐咲はそう言って水野の隣に並んだ。水野は黙ったままだ。
「水野。感じ悪いよ。」
祐咲はハッキリと言った。
「お前が勝手に付いて来たんだろ!?」
「違うよ。さっきの自己紹介。あんな言い方じゃみんなの雰囲気まで悪くなるでしょ。」
水野は何も言わない。
「嘘でも、よろしくぐらい言うべきよ。江崎先輩の言う通り。これから大丈夫なの?」
この後、水野の口から思いがけない言葉が飛び出した。
「俺、野球部辞めるから。」
祐咲の頭は真っ白になった。
河野の悪口は出ても、まさか辞めるなんて言葉が飛び出すとは思わなかった。
「・・・何、言ってるの?」
「本気だから。あんな奴がいる野球部なんて、やってらんねぇよ。」
水野は、冷たい目をしていた。
「ちょっと待ってよ!甲子園行くって言ったじゃない!慎が見ててくれるから、絶対一緒に行くんだって言ったじゃない!」
「その慎を!・・・慎の死をあいつは・・・残念だったなって吐き捨てたんだ!」
祐咲を睨み付けたその瞳には、怒りの色が宿っていた。
教室で、水野は河野から
「ここのエースだった奴って事故で死んだんだろ?」
と聞かれたらしい。
そうだと答えると、河野は全く表情も変えず、たった一言残念だったなと言っただけだった。
「慎の死を、そんな一言で片付けられて!黙ってられるかよ!あんな奴と野球なんて出来るかよ!
甲子園なんて、目指せるかよ・・・!」
祐咲は、何も言えなかった。
ただ黙って立ち尽くしていた。
「辞めるから。」
もう一度言って、水野は祐咲を残しその場を立ち去った。
どうして。
どうして辞めるの。
どうして河野はそんなことを言ったの。
どうして水野は、頑張ろうぜって言わないの・・・
ねぇ慎、どうしよう。
水野が辞めちゃうよ。
あんなに野球が大好きだった水野が、慎の親友が、辞めちゃうよ。
だけどあたしには、止めることが出来ない。
あんな悲しい目をした水野を、止めることなんて出来ないよ。
どうしよう、慎・・・
その日の夜、祐咲は江崎に電話をした。
水野のフォローが出来なかったことを詫びて、辞めると言ったことを伝えた。
「・・・そうか。」
「あの、キャプテン・・・」
「分かってる。あいつに辞められたらみんなが困る。大丈夫だ。辞めさせたりしない。」
祐咲は幾分かほっとして電話を切った。
けれど、あの水野の瞳は・・・決心が固いことを物語っていた。
水野が腹を立てるのは、よく分かる。
祐咲だって慎の死を残念だったで片付けられたら、黙ってなどいられない。
別に泣いて悲しんで欲しい訳じゃないが、みんなに愛されていた大野慎という偉大なエースに、興味を持って欲しい。
勝手な言い分かもしれないけれど、祐咲はそう思わずにはいられなかった。
きっと、水野もそうだったのだろう。
どんな投手だったと聞かれれば、彼はきっと惜しむことなく慎について熱く語ったであろうから。