第十一話
「良し、全員揃ってるな?テストお疲れさん。話はすぐ終わるからな。良い知らせだ。」
江崎も席に着くと、監督は笑顔で話し始めた。
「皆、青葉学園は知っているな?」
青葉学園。野球部の甲子園常連校だ。プロ野球選手も沢山輩出している。
今年の夏、甲子園の切符を手に入れたのも青葉学園だった。
「その青葉学園から、三学期に転入生がやってくる。」
一気にざわついた。
「静かにしろよ。野球部員だ。一年生の、河野一志」
ざわめきは先程とは比べ物にならないくらい大きくなった。
河野一志。青葉の一年生で唯一のベンチ入りを果たし、甲子園に出場した。
中学の頃から注目を集めていた選手だ。全国の強豪校からスカウトが来ていたと聞いた。
一年生にして、MAX142キロを出す・・・右腕投手。
「本人のたっての希望で、この成明高校への編入が決まった。野球部への入部を強く希望している。
皆、河野に負けないように練習に励むこと。以上!」
それだけ言うと、監督は教室を出て行った。
誰も席を立とうとはせず、教室は静まり返っていた。
江崎は、監督から皆より先にこの話を聞いていたのだろう。
全国でも指折りのピッチャーが入る。願ってもないことだ。甲子園が近くなる。喜ばしいことだ。
けれど誰も、喜びの声を上げない。
「慎は・・・」
誰かが呟いた。その一言に、祐咲は震えた。
慎。成明のピッチャーは、慎だ。他の誰でもない。成明のマウンドに立つのは、大野慎だけだ。
他の者をチームのエースとして迎えることができるのか?
しなければいけないことは分かっていた。
けれど・・・
「皆、複雑なのは分かるが、事実だ。青葉の河野が俺たちの仲間になる。快く迎えろよ」
それだけ言って、江崎も教室を後にした。
「何だよそれ・・・!慎の代わりなんて、快くなんて迎えられるかよ!!」
水野の悲痛な叫びが、教室に響いた。「水野、落ち着けよ」
「落ち着いてられるかよ!お前らは平気なのかよ!?監督も監督だ。慎のこと忘れたみたいに嬉しそうに話しやがって・・・!」
水野の目は一点を見つめたまま動かなかった。
「水野。止めとけ、言い過ぎだ。監督が慎を忘れるわけねぇだろ。でも、前に進まなきゃいけねぇんだよ。
新しいピッチャーが、しかも青葉の河野がくるんだ。良い機会なんだろ」
「・・・!」
先輩の言葉に、水野は悔しそうに唇を噛み締めた。
祐咲は初めて口を開いた。
声が震えそうになるのを必死で堪え、たった一言。
「がんばんなきゃ、ね」