第十話
それから穏やかに毎日は過ぎて行き、何事もなくテスト最終日を迎えた。
「あと一教科!」
男子生徒がシャーペンを持って叫んだ。
最後のテストの休み時間。皆ラストスパートをかけ、教科書を開いている。
そんな中、祐咲の携帯電話がメールの着信を告げた。
「江崎先輩?」
主将の江崎からのメールだった。
“今日一時からミーティング。2‐B集合。一年に連絡頼むな”
分かりました、と返信しながら祐咲は内心がっかりしていた。
今日は部活休みの予定だったため、恵と買い物に行く約束をしていたのだ。
「めぐちん。ごめんなさい。今日のお買物、行けなくなっちゃった」
一年部員に連絡のメールを送ると、教科書を見ている恵に声をかけた。
「ん?部活?今日休みじゃなかったの?」
教科書から顔を上げ、問い掛けた。
「そのはずだったんだけど…今キャプテンから連絡入って。ミーティングやるみたい」
「ふーん。問題発生かねぇ」
のんびりした口調で何げに怖いことを言わないで欲しい。
その問題によってはマネージャーの仕事が増えるのだから。最後の教科は生物だった。
遺伝子がどうの、メンデルの法則がどうの、正直どうでも良い。
記号問題を勘に任せ、一応は最後のテストを終えた。
祐咲は窓際の席で、グランドに面しているため、自然と外を眺める時間が多い。
テスト終了時刻までの十分間ほど、祐咲はグランドを眺めて過ごした。
サッカー部のコートの隣に野球部は位置している。
少し土が盛り上がったところ。ピッチャーマウンド。
祐咲の心は、不思議なほど落ち着いていた。
慎が死んでしまったことを、諦めたわけでも吹っ切れたわけでもないけれど、慎の死を受け入れつつあるのかもしれない。
物思いに耽っていると、終了のチャイムが鳴った。
テストを教師に提出し、皆が騒ぎながら帰り支度を始めた。
祐咲も荷物をまとめ、ミーティングに向かうために教室を出た。
「恵、バイバイ!ごめんね!」
「今度埋め合わせしてよー」
分かったと笑い、隣の校舎に向かった。
2−Bの教室には、まだ三十分前なのにもう大分部員たちが集まっていた。
祐咲は水野たち一年生が座っている机に近寄り、声をかけた。
「おはよ。皆何でお昼ご飯持ってるの?ずるいー」
「購買で買ってきたんだよ。」
「つーか、おはようって時間じゃねーし」
冷たい突っ込み。芸能界じゃ、その日初めて会った人にはおはようございますって言うんだから。と言うと、お前芸能人じゃねーしと言われてしまった。
「安藤、昼持ってないの?これ食う?」
「えっ!!小島、良いの!?」
「良いよ。俺いっぱい買ったから」
目がクリクリした、小柄な少年。女の子にも見える可愛い顔立ちをした小島がニコッと笑って、サンドウィッチを差し出した。
「ありがとう、小島クン、天使に見えるよ!」
ははは、と小島が苦笑した。
「動物にエサを与えないでくださいーい」
水野が言うとどっと笑い声が起こった。小島まで笑っている。
水野にはしっかり裏拳を入れておいて、椅子に座りハムサンドを食べる。
そうこうしている内に時計は一時を示し、教室に監督と江崎が現れた。
監督の表情は明るい。祐咲はほっとした。
テスト最終日にミーティングということもあり、内心、部員の誰かがカンニングでもしてそれがばれ、部活停止処分になったんじゃ・・・と心配していたのだ。
だが、心なしか江崎の表情は暗い気がする。