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2 町へ

 「ところで、ヘンドリアの町ってどういうところなんでしょうか。名前くらいは聞いたことがあるんですが……。」

ヘンドリアへの道中、俺はコートという商人に聞いてみた。恰幅が大きく、重そうな荷物を背負った、いかにも商人といった風貌の男だ。

「ヘンドリアですかぁ、まぁ、平原の中にある一般的な町という印象なんですが……あえていうなら、染色が有名な町ではありますね。衣料品とかの。ほら、この辺って花が有名じゃないですか。」

俺の予想通りコートは物知りな男で、地理についても詳しかった。

「ハナいいよな!」

モルンは俺たちの隣で元気に跳ねて進んでいる。こいつは花が随分好きなようだ。

そんなモルンを、コートはまじまじと見つめて口を開く。

「ところで……話すスライムなんて珍しいですよねぇ。もし売りに出せば、一体何ゴールドになることやら……。」

「ぼくは、うりものじゃ、ない!!」

モルンは大げさなリアクションで反応する。

「どうでしょうクレイさん、ここは一つ値段交渉に応じてはいただけないでしょうか……。」

「そうですね、今ちょうどゴールドが足りなくなってきたところで――」

「ぼくは!! うりものじゃ!! ない!!!!!」

「冗談だよ……。」


 叫ぶモルンをなだめながら、ヘンドリアへの道を行く。

「そろそろ日が落ちてきましたね。今夜は野宿になりそうですか。」

コートが呟く。確かに、徐々に西日が俺たちの体を差していた。


 しばらくして辺りも暗くなり始めた頃、俺たちは近くの茂みで野宿の準備をはじめた。コートは旅の商人らしく荷物から自分の簡易テントを取り出してた。俺はというと……

「クレイさん、何ですかそれ? 魔道具ですか?」

「これはですね……私用のテントですよ。」

そういうと、俺は掌に乗せた正四面体の物質に向けて魔力を込めた。すると、手の上のそれはまばゆい光を放つと、空中に浮かび大きく展開されると……正四面体のテントになって地面に降り立った。

「おお、もしかして……記憶石ですか?」

「ええ。私はいつもこれで野宿をしています。大きい荷物を持ちたくないですから。」

「……まぁ、そうでしょうね。しかし記憶石とはかなり貴重な魔道具ですよね。一体どこで手に入れられたんですか?」

コートはやや不満そうな顔をして聞いてきた。

「……まぁ、かつてのコネクション、といいますか。こういう道具に精通した友人がいたんですよ。その人からいただきました。」

「ふむ、そうなんですね……。」

「おい! ぼくも、そのなか、はいるか?」

俺とコートの会話に、モルンが跳ねながら入ってきた。

「いやいや、お前は外でいいだろ。魔物だし、普段は外で夜を越しているんじゃないのか?」

俺が指摘をいれると、モルンはぷくっと膨れて答える。

「いや、いやー!! あるならそのなかがいい!!」

……こいつはなんて我儘なんだ……。俺の気が変わって見捨てたら終わりなんだぞ……? スライム比では知能が高いかもしれないが、人間ほどの打算はとれないようだ。

「……しょうがないな。なら俺のやつの中に入れ。」

「やた、やたー!!」


 その日の夜の飯は、コートが持っていた簡易食品だ。まぁ野宿なんてそんなものだろう。インスタントな食糧を口にしながら食卓を囲んでいると、コートが俺に聞いてきた。

「クレイさんは、どうして旅をされているんですか? 魔物使いと聞きましたが……長く旅を続けられているんですか? 随分軽装に見えますが。」

「……かつては違うことをしていたんですが、わけあってその職場を追い出されてしまいまして。今は方々を旅しながら、新しい縁を探している……みたいな感じですね。魔物使いは一時しのぎのための肩書みたいなもんです。」

「なるほど……。」

「軽装なのは、さっきの記憶石のように、魔装具を活用しているからです。かつての仲間が残してくれた魔道具が多くありまして。それが今の旅の生命線ですよ。」

俺たちの会話を、モリンも神妙そうに聞いていた。

「クレイ、そうだったのか……。」

モルンがそう言うと、コートは少し驚いた顔を見せた。

「あれ、モルンさんはその話を知らなかったんですか?」

コートの切り返しに、モルンは慌てふためいた様子を見せたので、

「ああ、そいつはまだそこまで知能が高いわけじゃありませんから……なにせスライムですし。人語を話せるとはいえ、まだ私の身の上まで多くは話していなかったんですよ。」

俺がそれっぽくフォローした。

「おい! ぼくは、ばかじゃない!」

「……ちなみにコートさんはずっと旅の行商人をされているんですか? ご出身はどこなんです?」

今度は俺がコートに聞いてみる。

「……まぁ長らくこういった商売はしてますね。私の地元は、魔物に滅ぼされてしまいましたから。」


 俺たちの間を冷たい沈黙が包む。

「すみません、不用心でした。」

俺が謝る。モルンは、黙っている。

「いえ、もう昔のことですし。今はかなり切り替えられていますよ。」

「しかし、随分とお辛い過去だったでしょう。申し訳ないです。」

俺がもう一度謝りを入れると

「はは、まぁ当時は随分と恨みましたけどもね。一夜にして全てが奪われたかのような心地でしたから。私は、命がありましたから、それだけで儲けものですよ。」


……()()……ね……。


「ま、今は今で楽しくやっていますよ。でも、そうですね――」

コートはしばらく考え込み、話し出す。

「まだ少し悔しく思うこともあります。……故郷が滅ぼされた頃、王国から勇者の一行がやってきていたんです。しかし、我々の村が襲撃された夜、彼らは近隣の都市でパーティーに出ていたようでして。」


途端に、心臓の鼓動が早くなる。


「彼らが襲撃の予兆をつかんで村にやってきたのかは知りませんが、もし彼らが村を離れていなければ、とは今も思います。生き残った元村民たちの臨時避難所にやってきた彼らは誠心誠意謝っていたように見えました。しかし、周りの大人たちは、彼らに石を投げていましたね。」


上手く、呼吸ができない。そんな心地に、陥る。


「私も彼らと言葉を交わした気がしますが、もうあまり覚えていませんね……って、どうされましたクレイさん?」

うつむいて少し呼吸を乱す俺に、コートが心配そうに話しかけてくる。

「……いえ。なんでもありません。」

「コートさん、ごめん。なんかごめんかった。」

モルンが微妙に間違った言葉でコートに謝る。

「どうしてモルンさんが謝るんです? もしかして魔物だからですか?」

「……。」

モルンは黙ってうつむいている。

「気にすることはありません。別に私の故郷を襲ったのはスライムではありませんし、当然あなたでもありません。それに、さっきも言いましたが、昔の話です。」

俺たちの間を、重い空気が流れる。

「まぁまぁ、クレイさんもモルンさんも、そこまで思いつめる必要はありませんよ! 

確かにあの時私の帰る場所を奪った魔物たちや、助けてくれなかった勇者たちに思うところはありますが……お二人には関係ありませんし、私は今の商売スタイルも気に入っているんですよ。だから、大丈夫です。」

コートが明るい口調でそう語る。俺は、ゆっくりと顔を上げ、コートに目を合わせた。

「コートさん、あなたの故郷の名前を……聞いてもいいですか?」

俺が、恐る恐るコートに問う。

「私の故郷の名前ですか? ご存知がわかりませんが……


エイハムという名前の村ですよ。」


***


 その夜、俺はどうにも眠れなかった。

思い出したくない。逃げてはいけないとわかっていても、もう記憶の引き出しの隅にしまって、そのままにしておきたい。

隣ではモルンが眠っていた。こいつの能天気さが、今は少しうらやましい。

溜息を一つつく。今夜はこのまま眠れずに終わりそうだ――


 その時、野宿場所の周囲に張っていた結界魔法が反応した。何かが、俺たちの下に近づいてきている。

俺は臨戦態勢に入り、警戒しながらテントの外に出た。

外に出て、周囲を見渡す。空にはキレイな星空が広がっていた。

「ウ……あぅ……。」

声が聞こえる。その方向に振りむくと、一匹の人型の魔物がこちらに歩いてきていた。

「あぅ……ぁ……。」

あまり見たことのない魔物だが、ぱっと見ではアンデッド系の魔物に見える。人間の体が腐乱したような見た目だ。夜にアンデッド系の魔物が現れるのは別に珍しい話ではない。

「一匹だけ……か。」

剣に手をかける。その時、俺は、耳を疑った。


「……ケテ。」


「え?」


「タス……ケテ……。」


聞き間違いか? 今、タスケテ……と言ったように思える。人型とはいえ、人の言葉を話せる魔物のようには見えなかった。


「タス……ケテ……タス……ケテ……。」


間違いない。目の前の魔物が話している。まさかこの短期間で二体も話せる魔物と出会うとは。しかし……モルンとは少し雰囲気が……。


「助けて……ほしいのか?」

目の前の魔物に聞いてみる。


「タス……ケテ……タス……ケテ……」


ただそれだけを繰り返しながら、俺の方ににじり寄ってくる。

助けて……と言われても、どうすればいいんだ。

魔物との距離が近づく。


「タス……ケテ!!!」


魔物が俺にとびかかってきた。

後退して交わしたものの、こいつには明確な敵意があるとみえる。


「タス……ケテ! タス、ケテ!」


再び俺に迫る。後ろにはテント。口で助けてと言われても、こうなってはやむをえない。


「タス……ケテ!!」


再び魔物がとびかかってくる。俺は腰の剣を抜き、一閃した。

魔物の体は真っ二つに両断され、うめき声を上げながら地面に伏した。


「……。」


灰になって消滅していく。その刹那、俺はまた耳を疑った。


「……アリ……ガトウ……。」


空耳かもしれない。しかし、俺の耳には確かにそんな言葉が残っていた。

魔物は、完全に消滅し、星空の下、俺一人だけが残された。


***


 「いいあさだ! いいあさだ!」

昇る太陽を見ながら、モルンが大きな声でそう言い続けている。よく眠れたようでなによりだ。

「クレイさん、なんだか元気のないように見えますが……。もしかしてあまり眠れませんでしたか?」

「……いや、大丈夫ですよ。


そしてテントを片付けると、俺たちは出発した。

そこからヘンドリアに到着するまで、あまり時間はかからなかった。しばらく街道を歩いていると、やがて人の気配と、高さ二メートル程度の壁で囲まれた町が見えてきた。

「クレイさん、あれがヘンドリアです! 無事についてよかったですね。」

「ヘンドリアきた! きた!」

モルンも興奮気味だ。俺としても、久しぶりに人間の集落に入ることになる。


昨夜のことは少し引っ掛かりながらも、俺はヘンドリアの門をくぐった。


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