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プロローグ

 「勇者様、頑張ってくださいね!」

 「どうか人の世に平和をもたらしてください!」

 「世界の平和は、あなたの手にかかっています!」


 俺に向けられる歓声を思い出す度に――――吐き気がしてくる。

王国の魔術師が俺を勇者に選定してからというもの、俺を取り巻く環境は一変した。

周囲から向けられる眼差しに込められた期待、国からの多額の支援。多くの人々が求める名誉も富も得た。選ばれればそうなることは、剣士学校に入学した時からわかっていたことだ。


 わかっていなかったのは、それを手にしたとき、自分がどうなるか、だ。

期待は重圧の裏返しであり、使命は不自由の裏返しでもある。そして俺の双肩には、常人では御しえない数の生命や運命が乗せられてしまったのだということに、勇者になってからようやく自覚した。



 この重さを自覚していたとしても、俺は勇者を志していただろうか。そうでないなら、俺は勇者ごっこがしたかっただけなのか。世界の運命を背負う覚悟が、俺にはあったのか。

その答えは、俺の現状を見ればすぐに導き出すことができる。

勇者の旅の現実に直面し、もがいた末に、俺は――



 その使命から、逃げ出した。



***


 今日もそんなことを考えながら、今日も旅を続けている。その旅程は、かつて俺が歩んでいた栄光と屍のの道ではない。責任から解き放たれた……いや、逃げ出した男の、孤独な旅だ。


 そしてこの旅の終着点は、魔王城ではなく――――死だ。

つまり、死に場所を探す旅。現実からの逃避行を始めてからというもの、俺は文字通り死に急いでいる。

理由は、もう全てを辞めたくなってしまったからだ。幼い頃からの夢を叶えたうえでその希望を打ち砕かれ、投げ出した責任の重さと自身の知名度からもう一度人々の輪に戻ることも難しい。元パーティーメンバーをはじめ、王国は俺をまた現実に引き戻すべく今も捜索を続けているし、民たちは勇者が匙を投げた事実に怒っていることだろう。俺は使命を全うできる器でもなければ、この罪悪感と煩わしさに耐えられるほど図太くもない。現世に逃げ道を失った俺の逃避行の行く末は、地獄しかないだろう。


 だが、それでも必死に燃やしてきたこの命。簡単にこの人生に幕を閉じることを、俺はどうにも受け入れられなかった。何か生きた軌跡を残して死にたいだとか、美しい景色の中で死にたいだとか、そういったものを俺は最後に求めている。死という一大イベントだからこそ、ふさわしい舞台で迎えなければ、今までの人生が報われないというか、納得できないというか、そういうロマンチシズムを捨てられずにいるわけだ。だから俺は、死に場所を探している。


 そんな俺の旅は大きな森に突入している。この森を抜けてその先の平原を踏み越えれば、魔術師の聖地と呼ばれる都市、『リンドエルム』に到着する。王都には及ばないものの、有数の規模を誇る巨大都市だ。俺の求める死に場所、あるいはその手掛かりに、出会えるかもしれない。そんな淡い希望を抱き、俺はここ数日、リンドエルムに向けて足を進めてきた。極力人の通る場所は避け、一般には危険地帯と呼ばれるところを通ってきた。しかし俺にとっては大したものではない。仮にも勇者に選ばれた身だ。我ながら戦闘の実力は一線級といっていいと思う。まぁこの森は魔物も少ないし、しばらくは刺激のない道のりが続いているが。


「そろそろ……か。」


 森の出口らしき明かりを捉え、独り言をもらした。平原に出れば、リンドエルムはもうすぐだ。こんな状況でも心は高揚するものだ。歩調も軽くなる。

ここから先は人に会うことも増えるだろう。俺が勇者——いや、()勇者であったことは、気づかれないようにしないといけない。当然隠匿魔法をはじめ対策は施していくつもりだが、リンドエルムは第一線の魔術師の多くがその居を構える魔術都市だ。注意していかないといけない。そんなことを考えながら、光の方へ向かう――。


 ―—そこで俺は腰の剣に手をかけた。

魔物の気配だ。しばらく遭遇していなかったから、油断しかかっていた。警戒を高める。緊張感が、周囲に張り詰める。


 しばらくの静寂の後、そいつは不意に草むらから飛び出してきた。

剣を抜き、すぐにそいつに斬りかかる――直前で、俺は我が耳を疑った。


「やめて!!!!!」


 そいつは、スライムだった。見た目はなんてことないスライムのそれだが、俺の勘違いでなければ、こいつ今、人の言葉を話したか……?

しかしスライムほどの低級な魔物は、言語を理解できるほどの知性はもたないはずだ。では、俺の聞き間違いか……?

そんな俺の疑念は、目の前のスライムの次の一言で、さらに深まることとなった。


「コロさないで! コロさないで! ぼくは……ぼくはわるいスライムじゃないよ!!」


 間違いない。こいつは、人の言葉を話している。

一体どうなっているんだ。スライムに化けた別の魔物……? 何かの魔術で錯覚させられているのか……?


「お前は、何者だ?」

俺は警戒を緩めずにそう聞いた。


「ぼくは、わるいスライムじゃないよ!」

 スライムはさっきと同じ言葉を繰り返す。俺の言葉に反応したということは、聞き取りもできるのか。完全な意思疎通が可能ということだ。様々な可能性を模索しているが、観察すればするほど、魔力探知を働かせれば働かせるほど、目の前のこいつはただのスライムにしか見えない。

本当にただのスライム……? 突然変異か何かで人の言葉を話せるようになったとでも言うのか。


「どうして人の言葉を理解できるんだ?」


「わからない! わからない! でも、タスケテほしい!」


スライムは助けてほしいと繰り返す。こちらを見つめるその眼差しは、悪意をもった存在のものとは思えない。


「助けてほしいとは、見逃してほしいということか? ならとっとと消えてくれ。」

俺がそう答えると、

「ちがう! そうじゃない! そうじゃない!」

スライムはそう返した。

人の言葉を話すスライムなんて怪しさ満点だが、その異質さに、俺は興味が湧いていた。


「ならどういうことだ?」

俺が問う。スライムは少し口をつぐんだ後、答えた。




「ぼく、もうすぐ死ぬって言われてる。でもまだ死にたくない! ぼくのいのちを、タスケテほしい! ぼくは、まだ生きたい!」


***


 人語を理解するスライムなんて聞いたことがない。しかし、目の前のこいつは、確かに今俺と意思疎通を可能にしている。


「ぼく、もうすぐ死ぬって言われてる。でもまだ死にたくない! ぼくのいのちを、タスケテほしい! ぼくは、まだ生きたい!」

 スライムは必死な様子でそう繰り返す。俺は人間だから、スライムの感情の機微には疎いかもしれないが、彼のジェスチャーはそんな俺にもわかるほどに一生懸命さを演出している。


「もうすぐ死ぬ……ってなんだよ。」

俺は質問してみる。


「ぼく、のろいかけられてる! 死ののろい! ぼく、七十日後には死ぬことになってる!」


「死の呪い……?」


 死の呪いは、王国でも禁断とされている魔術の一つだ。しかも相当な技量がなければ扱うことはできないだろう。そんな大層なものを、なぜこんな一端のスライムが受けているんだ。いや、人語を話す時点で一端といえるかは怪しいが……。


「死の呪い? 一体どういう経緯でそんなものを受けたんだ。」


「わからない! わからない! おぼえてない!」


「覚えていない? そんな馬鹿げた話を信じると思っているのか。」


俺は溜息をつきながらそう答えた。


「ほんと! いいスライムはうそつかない!」


「いいスライム、ね……。」


 俺はスライムを見ながら考える。このいかにも怪しいスライムを信じていいものか? 何かの罠かもしれない。

しかし、どうせ死にゆく身だ。少し試してみるか……。


「わかった。それなら、ちょっとその体に触らせてくれ。それで確かめるからじっとしてろよ。」


「なんだ!? なんだ!? やさしくしてー!!」


 相手の体を通して状態の看破する術。俺のはそこまで精度が高いわけではないが、死の呪いほどの魔術なら、俺でもわかるかもしれない。

俺はそっとスライムの体に触れてみる。ひんやりとした感覚が手に伝わる。本当に、ただのスライムのようだ――


 途端、俺の体に激しい悪寒が走る。全身の毛が逆立つ感覚、心臓を撫でられるような感覚。

やばい。理性以上に、本能がそう警告してくる。これが、死の呪い……なのか?

思わずスライムの体から手を放す。不思議そうな顔で俺の顔を見るこいつは、本当に死の呪いを受けているというのか……。


「お前、本当にもうすぐ死ぬんだな?」


「だからさっきからそういってる! わるいスライムじゃないからうそつかない!」


しばらく考える。やはり、嘘をついているようには思えなかった。


「わかった。とりあえず信じるとして、俺に何をしてほしいんだ。どうすれば死の呪いを解くことができる?」


「わからない!」


「わからないのかよ……。」


ならまず方法を探すところからスタートか? まったく、こんなスライムにそこまでの労力をかけて構っていいのか……?


「たのむ! ぼくは、どうしても、どうしても生きたい!」

スライムは強く、そう言った。


「……どうして、そこまで生きたいんだ。その呪いがどれだけ強力か、いくらスライムだったとしても、実際その身に受けてみればわかるだろ。諦めはしないのか。」

俺は、そう聞いてみた。いや、気づけば口からそんな言葉が漏れていた。


スライムは呆気にとられたような顔を見せたが、しばらくして口を開いた。

「生きたいとおもうのに、りゆういるか? 生きるのは、サイコーじゃないか!」


 次は、俺が呆気にとられた。なんというか、言葉が出なかった。

生きるのに理由がいるか……? そりゃあ、何かはほしいだろ……何の意味もない人生なんて、生きてるといえるのか。わからない。ただ生きたいだけ……? そのためだけに、こいつは俺の前に飛び出してきたのか。俺に殺されて終わっていたかもしれないのに。普通の冒険者はスライムが飛び出して来たら切り捨てて終わりだ。そんな危険なことをするくらいなら、死の瞬間までせめて穏やかに過ごせばいい……。死の呪いなんて理不尽そのものだ。それなのに、なぜ……なぜ抗おうとするんだ。お前は。


「……。」


 沈黙が続く。自ら生を放棄し、死へ向かおうとする俺には、こいつの感覚が理解できなかった。そして幾何か……興味が湧いていた。しゃべるスライムという未知に接触したこともあるし、何より、こいつの生への執着は、俺の気を強く引いた。どうせ具体的な目的なく死に場所を探す身だ。ちょっとくらい付き合ってやってもいい。




「そうか。なら、俺が手を貸そう。少なくともお前よりは魔術の知識もあるだろうし、力もある。そして、今は時間もある。その呪いを解く方法を探すのを手伝ってやる。」


「ほんとうか! うそじゃないだろうな!」


「ああ。俺は悪いニンゲンじゃないからな。嘘はつかない。」




 偶然の出会い、いや、運命の出会い。


人生を大きく動かすのは、そんな想定外の変数だったりする。


何百万もの命を背負う使命から逃げ出した男が、か弱い一つの命を救うための旅。


そんな旅は、ここから始まった。


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