第6話 強くなる為に③
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雨夜は一度、軽く息を整えた。
「補足しておくね」
陽翔の目を見て、はっきりと言う。
「身体強化魔法は、いくら鍛えてもLv3が上限だ」
「……え?」
「それ以上は、身体が持たない」
雨夜は自分の腕を軽く叩く。
「Lv4以上になるとね、
筋肉も骨も、魔力に耐えきれずに壊れる」
「だから」
一歩前に出る。
「身体強化において、
Lv2は“中級編”」
「戦闘に立つなら、ここに届いていないと話にならない」
その言葉の重みが、陽翔の胸に沈む。
今の自分は、そのラインにすら立てていない。
その事実が、胸に静かに刺さった。
「今の君はLv1。
だからまずは──Lv2を目指そう」
雨夜はそう言って、少し距離を取った。
「百聞は一見に如かず、だね」
そう言って、静かに目を閉じる。
次の瞬間。
空気が、変わった。
雨夜の体から、目に見えない圧が滲み出る。
床を踏む足音が、さっきとは比べ物にならないほど重く響いた。
「……これが、身体強化Lv2」
陽翔は思わず息を呑む。
派手な光も爆発もない。
なのに、そこに“確かな違い”がある。
「コツはね」
雨夜は拳を握り、胸の前で止める。
「最初は魔力を全開にする」
「そこから」
ぐっと、何かを押し潰すように指を握り込む。
「ギュッと潰すイメージで、
体全体に魔力を広げる」
「外に漏らさない。
内側に、均等に」
雨夜は軽くその場で踏み込む。
床が、ミシリと鳴った。
「Lv1は“流す”」
「Lv2は、“圧縮して満たす”」
その一言で、違いがはっきりした。
「やってみようか、陽翔くん」
雨夜は構えを解き、微笑む。
「失敗してもいい。
今日は、その感覚を掴む日だから」
陽翔は深く息を吸い、拳を握る。
――Lv2。
身体強化の中級編難易度。
そこに届くかどうかは、自分次第だ。
「じゃあ、やってみようか」
雨夜の言葉に、陽翔は深く息を吸った。
(魔力を……全開に……)
目を閉じ、体の奥に意識を沈める。
胸の奥、腹の底、手足の先へと魔力を巡らせる。
一気に、解放した。
瞬間。
「──っ!?」
体の内側で、何かが弾けた。
熱い。
重い。
魔力が、制御を待たずに溢れ出す。
「くっ……!」
床を踏みしめると、バンッ、と乾いた音が響いた。
だが、体が軽くなる感覚はない。
むしろ逆だ。
魔力は体の外へ漏れ、
筋肉の隙間をすり抜けて、空気に散っていく。
「……今のは、Lv1だね」
雨夜の声は落ち着いていた。
「魔力を“流した”だけだ。
全開にはなってるけど、圧縮できてない」
陽翔は息を荒くしながら、拳を見つめる。
「……もう一回、いいですか」
「うん。いいよ」
もう一度、深く息を吸う。
(今度こそ……潰す……!)
魔力を限界まで引き上げ、
体の中心で、ぎゅっと押し固めるイメージ。
次の瞬間──
バチッ、と空気が震えた。
床に細かな亀裂が走り、
壁際の器具がカタカタと揺れる。
「……っ、待って」
雨夜が、思わず一歩踏み出した。
「……陽翔くん」
驚いたように、陽翔を見る。
「君……」
「え……?」
「今の出力……Lv1の身体強化にしては、明らかに多すぎる」
雨夜は、苦笑気味に息を吐いた。
「質はLv1。
でも、量だけ見れば……下手なLv2より多い」
陽翔は言葉を失う。
「魔力の量が多すぎて、上手く圧縮できないのか……」
雨夜は顎に手を当て、真剣な目で続けた。
「なるほど……だからこそ、Lv2が遠い」
陽翔の胸が、どくんと鳴った。
雨夜は微笑んだ。
「でも逆に言えば」
「圧縮さえできるようになれば、
君の身体強化は──相当なものになる」
嬉しい、というよりも。
安心とも違う。
ただ──
(……強くなれる)
昨日感じた無力さ。
千景が倒れ、何もできなかった自分。
あの時の悔しさが、頭の奥でじっと疼く。
(絶対ものにしてやる……!)
拳を握ると、まだ微かに震えていた。
「…………よし!」
陽翔は、顔を上げて雨夜を見る。
雨夜は、その小さな変化を見逃さず、静かに笑った。
「うん。いい目だ」
「じゃあ本格的に行こうか」




