第6話 強くなる為に。
朝の光が、薄く障子越しに差し込んでいた。
陽翔はゆっくりと目を開く。
昨夜の赫月の赤い光と、振るった感触が、まだ身体の奥に残っていた。
「……朝か」
体を起こすと、筋肉にわずかな張りを感じる。
だが、不思議と嫌な痛みではなかった。
昨夜、確かに前に進めた、そう実感できる痛みだった。
赫月は鞘に収められ、壁際に静かに立てかけられている。
赤い光は今は眠っているように、微動だにしない。
「……行こう」
短く息を吐き、身支度を整えると、陽翔は家を出た。
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朝の空気は澄んでいて、街はまだ静かだった。
暴黒の獅子のビルが見えてくるにつれ、胸の奥に溜まっていた不安が、じわじわと顔を出す。
────千景さん……。
ビルに入り、いつものフロアへ向かうと、廊下の先に見慣れた後ろ姿があった。
「……澪さん」
振り向いた守谷 澪は、陽翔の顔を見た瞬間、ほっとしたように微笑む。
「おはよう、陽翔」
「おはようございます……千景さんは……?」
問いかける声に、澪は一歩近づき、安心させるように優しく言った。
「大丈夫よ。もう峠は越えたわ」
「……!」
陽翔の肩から、力が抜ける。
「安心して。あとは安静にしてれば、何日か後には元通りよ」
「……よかった……本当に……」
思わず俯く陽翔に、澪はくすりと笑う。
「無茶しすぎ。あの子も、あなたも」
「……すみません」
「ふふ。でも、生きて帰ってきた。それが一番よ」
澪はそう言って、治療室の方へ視線を向けた。
「今は眠ってるわ、起きたらきっとあの子、怒るわよ……弱みを見せるのが苦手な子だから……」
「……それでも、顔だけでも見ていいですか」
「ええ。静かにね」
陽翔は小さく頷き、胸の奥に溜まっていた重石が、少しだけ軽くなったのを感じていた。
医務室の扉を、陽翔は音を立てないよう静かに開けた。
中は白く清潔で、朝の光がカーテン越しに柔らかく差し込んでいる。
ベッドの上で、千景はぐっすりと眠っていた。
包帯に覆われた身体とは裏腹に、その寝顔は驚くほど穏やかで、戦場に立っていた姿が嘘のようだ。
短い灰髪が枕に広がり、規則正しい呼吸に合わせて小さな胸が静かに上下している。
────綺麗、というより……可愛いな。
そんな言葉が、ふと胸に浮かんで、陽翔は思わず視線を逸らした。
ツンとした態度も、きつい言葉も、今は影も形もない。
そこにいるのは、ただ静かに眠る、可憐な少女だった。
ベッドの傍まで歩み寄り、陽翔は拳をそっと握る。
(……こんなに、小さな体で)
自分よりも細く、軽いはずのその身体が、あの時は迷いなく前に出た。
恐怖も痛みも承知の上で、それでも守るために。
「……俺を、守ってくれたんだよな……」
言葉にした途端、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
もし一歩間違っていたら。
もし澪が来るのが遅れていたら。
考えるだけで、背筋が冷えた。
陽翔はそっと頭を下げる。
「……ありがとうございます、千景さん」
眠る少女は、当然答えない。
ただ、穏やかな寝息だけが返ってくる。
その静けさが、彼に確かな現実を教えていた。
────助かった。生きている。
陽翔はゆっくりと背を伸ばし、もう一度千景の顔を見てから、静かに医務室を後にした。
胸の奥に、新たな誓いを抱きながら。




