第5話 決意 ③
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自宅に着くと、陽翔は疲れ切った体をソファに沈めるように横たわった。
戦闘で受けた打撲や擦過傷の痛みがまだ残っている。深く息をつきながら、そのまましばらく眠りに落ちた。
夕方を過ぎ、夜になったころ──
家の玄関の扉が開く音が聞こえる。
「「ただいまー!!」」
その声に、陽翔はぼんやりと目を開ける。
そこには、義母の赤月 琴音の姿があった。
ウェーブのかかった黒髪のボブ。
40代とは思えない若々しい美貌に赤月家特有の真っ黒い瞳が、陽翔の怪我を見てぎょっと光った。
「……陽翔、あなた!どうしたの、その傷は!」
義妹の赤月 雫もすぐに駆け寄る。
ストレートの黒髪ボブで母譲りの体型。思春期特有のツンとした表情で、陽翔の顔を見ると少し口を尖らせた。
「……また無茶したの?……お兄ちゃん……」
琴音は眉をひそめ、鋭い目で陽翔を見つめる。
「なにがあったの?説明しなさい!」
陽翔は少し息をつき、痛む体を押さえながら経緯を話し始めた。
謎の男が現れたこと、先輩が助けてくれたこと、自分は何もできなかったこと……。
言葉を選びながらも、正直に一つずつ説明する。
雫も横でじっと聞き入り、母親も静かに頷きながら聞いていた。
話が一通り終わると、陽翔は拳を握りしめ、決意を込めて言った。
「……だから、俺は強くなりたい…………!」
琴音はその言葉を聞き、少し驚いた表情を見せる。
「……そう。強くなる、ね……」
そしてしばらく陽翔の顔をじっと見つめ、静かに頷くと、琴音は軽く「ちょっと待ってて」と言い、席を立った。
数分後──
琴音が戻ってくると、手に持っていたのは一振の刀だった。
その姿に、陽翔の目が一瞬見開かれる。
──それは、赤月家の家宝、名刀赫月。(あかつき)
赤月家の当主が手にしてきた刀であり、当主になる時に前当主から新当主に送られるもの。
最後は生前の父が使っていた刀。
「……それは……」
琴音は刀を静かに陽翔の前に差し出す。
「陽翔……あなたが本当に強くなりたいなら、この刀を使いなさい」
陽翔は、赤く淡く光る刀身から目を離せずにいた。
琴音は一歩近づき、そっと声をかけた。
「……陽翔」
その声音には、厳しさよりも、隠しきれない不安が滲んでいた。
「強くなりたいって言葉……その覚悟が本物なのは分かるわ。でもね……」
琴音は一度視線を伏せ、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「貴方に何かあったら……私は、天国の兄さん達に顔向けできない……」
陽翔の胸が、きゅっと締めつけられる。
「……わかってる」
思わずそう漏らすと、琴音は首を振った。
「ただ……無茶だけはしないで。お願いよ、陽翔」
心配そうにする琴音だが、瞳には温かさを感じる。
「本来なら、当主になるときに前当主から受け取るもの。でも……貴方には、受け継ぐ資格がある」
その言葉に、陽翔の脳裏に過去のトラウマが蘇る。
人を殺す可能性のある力。
かつて、それを恐れ、握ることすら拒んだ自分。
もし刀を振るえば、守れるかもしれない。
だが人を殺めてしまうかもしれない。
「……俺、〝あの時〟から……刀を使えませんでした」
陽翔は正直に告げる。
「人を殺すかもしれない力を……持つのが、怖くて……」
琴音は驚いた表情を見せるが、すぐに優しく微笑んだ。
「それは……貴方が、優しい証よ」
陽翔は赫月を、両手で受け取る。
赤い光が、まるで呼応するように脈打った。
「……もう逃げない」
声は震えていたが、視線は真っ直ぐだった。
「今日の痛みも、悔しさも……全部背負って、俺は強くなります」
琴音は静かに頷く。
「ええ……。赫月は貴方を拒まない」
少し離れた場所で雫が腕を組み、ぷいっと顔を背けながら呟く。
「……ほんと、無茶ばっかしないでよ。バカ兄……」
陽翔は小さく笑い、赫月の重みを胸に刻む。
それは、力の象徴であり、
同時に“守る覚悟”そのものだった。




