16話 不死身の澪
澪は血縛の鎖で動きが制限されながらも、
拳を握り直す。
痛みはあるが、活性を使って
自分の体を回復させ、冷静さを保つ。
(動きが制限されている……でも焦らない……!)
狂歌は楽しげに笑いながら、
血吸いでさらに剣を輝かせる。
赤紫の刀身から、禍々しい力が滲み出し
見るだけで圧が伝わる。
「ふふっ、お姉さん、逃げられないよぉ」
血縛の鎖に捕らわれた範囲内で、
狂歌は斬撃を繰り出す。
澪は全力で踏み込み、
体術と武術で攻撃をかわす。
だが血吸いで強化された剣は、
重く硬く、避けるのも一苦労だ。
だが。
「活性属性付与、────自動回復」
受けた傷が瞬時に膜のように塞がり、
痛みも徐々に和らぐ。
文字通り、自動で傷を修復していく感覚。
魔力の消費は受けた傷の量によるが、
首さえつながっていれば、どんな傷も修復可能。
だが、完全ではない。
もし欠損してしまった部位を修復しようとすれば、
とてつもない痛みが走り、魔力の消費も大きい。
魔力が足りなければ死ぬことは有り得る。
それでも澪は顔色を変えず、冷静さを保った
澪は自動回復で傷を塞ぎながら、
冷静に狂歌を見据える。
体術の腕には自信がある。
「……あんた、私との相性最悪よ」
狂歌は笑いながら剣を振るうが、
澪は巧みに避け、踏み込み、拳を叩き込む。
次の瞬間には腕、胴体、脚へと連続攻撃。
「私は斬られるくらいじゃ引かない」
赤紫の刀の振りを観察しつつ、
澪は体の軸を意識して動く。
攻撃は正確で、狂歌の顔や胴を打ち、
衝撃で少しよろめかせる。
血吸いで強化された剣の攻撃も、
自動回復で傷を癒しつつ、
澪の拳が狂歌に的確に入り、次第に動きを封じる。
狂歌は笑い声を上げるものの、
顔に少しずつ焦りが浮かぶ。
「……いいよぉ!お姉ぇさん
……ゾクゾクしちゃう♡」
澪は腕を構え直し、次の攻撃の体勢に入る。
体術で圧倒し、
血吸いで強化された剣に対しても、
冷静に戦い続ける。
澪は連続攻撃を浴びせながら、
手に魔力を集中させる。
身体強化魔法、部分強化Lv3。
腕や肩に魔力が流れ込み、
目に見えるほど青白い光を纏う。
「ぶっ飛びなさい!」
強化された拳でぶん殴る。
一撃の衝撃は凄まじく、狂歌の体を吹き飛ばす。
鎖の制限で不自然な位置で止まるが、
赤紫の瞳に驚きが走る。
狂歌は息を吐きながら、呻く。
「がはっ!!!!」
路地に響く衝撃音、空気の揺れ。
澪の拳は魔力でさらに重く、硬くなり、
ただの体術ではない威力を伴っている。
澪はそのまま間合いを詰め、
連続攻撃を再び繰り出す。
血縛の鎖に捕らわれた狂歌も、逃げ場はない。
狂歌の目が赤紫に光り、笑みを崩さず叫ぶ。
「はは、ははははははははは────ぶっ殺す!」
剣を振り上げ、一気に斬りかかる。
怒涛の連撃。
完璧には避けれないが問題ない。
活性で受けた傷を癒やしながら反撃を試みる。
しかし、狂歌の手元で血が濃く濁り、
もやのように立ち上がる。
「あはっ、もう充分溜まったよね?
いくよぉ────血界殲滅!!」
霧状に変化した血が、夜の路地を覆い尽くす。
澪は咄嗟に身を翻し、思わず息を呑む。
「……ただの霧、じゃないわよね……」
気をつけて避けたはずだったが、
霧の一部が腕に触れる。
瞬間、冷たい感触と共に
無数の細かい斬撃が肌を走り、痛みが走る。
「ぐっ……!」
刹那、澪は体を構え直し、
体を硬くして回避と反撃の態勢を整える。
霧に触れれば、刻まれる。
狂歌は薄く笑みを浮かべ、言い放つ。
「霧がある以上、近づけないよねぇ!!」
血が濃く濁った霧の中から、
赤紫の斬撃が縦横に飛び出す。
「ほら!ほら!ほら!」
澪は体をひねりつつ活性で受けた傷を癒やすが、
霧の斬撃は絶え間なく襲いかかる。
一方的に攻撃を受け、反撃の余地はない。
「………ふぅ」
ここで覚悟を決める。
澪は息を整え、走り込む。
霧に触れるたび、
体は刃で細かく刻まれるような
鋭い痛みに襲われる。
傷は瞬時に自動回復するが、
その度に拷問のような感覚が走る。
痛みは絶え間なく、
まさに秒単位で襲いかかってくる。
それでも澪は止まらない。
「痛みで私が引くと思ったら大間違いよ!!」
その瞳には、覚悟と闘志が揺るぎなく宿っていた。
守谷澪は痛みでは止まらない。
霧の中から、狂歌の気配が鋭く跳ねる。
次の瞬間、血の刃が一直線に走った。
──ズン、と鈍い感触。
澪の腕が、肩口から断ち切られる。
血が霧の中に散り、地面に落ちた腕が転がった。
「……あはっ」
狂歌の口元が歪む。
勝利を確信したように、心底楽しそうな声が弾んだ。
「やったぁ……♪
ねぇねぇ、今の、痛かったでしょ?
もう立てないよねぇ?」
だが。
霧の奥で、影が動く。
澪は、倒れなかった。
膝をつきながらも、ゆっくりと立ち上がる。
切断面が蠢き、赤く光る魔力が集中する。
無言のまま、澪は歩き出した。
一直線に、狂歌へ向かって。
「……え?」
狂歌の笑みが、わずかに引きつる。
「なぁに……?もしかして……
もう一本もくれるのぉ?きゃはっ!」
澪は足を止めない。
「えぇ、くれてやるわ」
低く、腹の底から響く声。
「──どぎついのをね」
狂歌は笑顔で残った腕を振り抜く。
血の刃が走り、澪のもう一方の腕を斬り飛ばした。
だが。
次の瞬間、狂歌の目が見開かれる。
斬ったはずの腕が、もうそこにあった。
完全に、元通りに。
「……は?」
澪は一歩踏み込み、拳を握る。
魔力が収束し、腕全体を覆うように膨れ上がる。
「歯ぁ……食いしばれや」
「えっ、なんで!? 切ったの──」
最後まで言葉は続かなかった。
澪の拳が、狂歌の視界を埋め尽くす。
──強烈な一撃。
空気が爆ぜ、霧が吹き飛び、
狂歌の身体は路地の壁へと叩きつけられた。
壁に叩きつけられ、狂歌の身体がずり落ちる。
衝撃で息が詰まり、喉から引きつった音が漏れた。
「……っ、は……?」
視界が揺れる。
さっきまで自分が見下ろしていたはずの相手が、目の前に立っている。
霧はまだ残っている。
血界殲滅は解除されていない。
──それなのに。
澪は、霧の中を平然と歩いていた。
切り刻まれているはずの身体。
血が噴き出し、肉が裂けているはずなのに、
次の瞬間には塞がっている。
「……ちょ、ちょっと待ってよぉ……」
狂歌の声が、初めて上ずる。
「おかしいでしょ……?
それ、痛いはずだよねぇ?
怖くなるとこだよねぇ……?
なんで死なないのぉ……?」
澪は答えない。
ただ、静かに距離を詰める。
一歩。
また一歩。
狂歌は、後ずさる。
「あ、あは……はは……」
乾いた笑い。
無理やり作った、いつもの調子。
「だ、だってさぁ……
そんなの、反則じゃん……」
視線が、澪の腕に吸い寄せられる。
さっき切り落としたはずの腕。
完全に再生し、
力を込めるたびに魔力が脈打っている。
斬っても、意味がない。
血を流させても、止まらない。
その理解が、狂歌の中で形になる。
「……あ」
喉が鳴る。
「……もしかして、お姉さん……」
言葉が続かない。
初めて、自分より狂ってるものを前にしている。
澪が、淡々と告げる。
「さっき言ったでしょ」
霧の中で、その声だけがはっきりと響く。
「私は斬られるくらいじゃ、引かない」
狂歌の指先が、わずかに震えた。
「……や、やだなぁ……」
後退る足が、壁に当たる。
逃げ場がないことに、ようやく気づく。
「ね、ねぇ……
ちょっと待とう?
さっきのは冗談で──」
澪は拳を構え直す。
目に見えるほど、魔力が集束する。
その瞬間。
狂歌の胸に、はっきりとした恐怖が落ちた。
──こいつはイカれてる。
初めて、心からそう思った。
狂歌は後ずさりながら、ふと自分の足元を見る。
……あれ?
赤紫の鎖。
あれほどはっきりと存在していたはずの血縛の鎖が、いつの間にか色を失い、輪郭が揺らいでいる。
「……っ」
鎖が、軋む。
引き千切られるような音でも、
解かれる感覚でもない。
ただ、保てなくなっている。
澪が、何も言わずに近づいてくる。
その一歩ごとに、鎖は細く、脆くなっていく。
「ち、ちょっと……待って……」
狂歌は剣を握り直そうとするが、
指先が震えて力が入らない。
赤紫の鎖が、ぱきり、と音を立てて砕けた。
血が霧のように散り、地面に落ちる前に霧散する。
「……あ」
理解する。
拘束が、解けたんじゃない。
自分が維持できなくなっただけだ。
血縛の鎖は、狂歌の支配の象徴だった。
それが壊れたという事実が、
何よりも雄弁に現状を語っている。
「……やだ……」
声が、喉から零れる。
「ぼく……死にたくない……」
その瞬間、狂歌は血界殲滅を乱暴に拡散させた。
霧が路地を覆い、視界を強引に奪う。
逃げるためだけの展開。
もう、攻撃じゃない。
狂歌は振り返らずに走り出した。
生きるために。




