第4話 初任務 ②
ナイフの切っ先が、再び迫る。
速い。
いや、速すぎる。
(……っ)
身を引いた瞬間、背中が壁に当たった。
逃げ場が、ない。
男は距離を詰めながら、淡々と刃を振るう。
大振りじゃない。
殺すために必要な、最小限の動き。
「……はっ」
息を吐く音すら、無駄がない。
(この人……戦い慣れてる)
陽翔は歯を食いしばり、反射だけで身体を動かした。
避ける。
かわす。
ただ、それだけ。
反撃なんて考えられない。
ナイフが肩口を掠め、布が裂ける。
熱い感覚が遅れて走った。
「くっ……!」
足がもつれる。
次の瞬間、男の拳が腹に突き刺さった。
「――ぐっ!」
息が、一気に吐き出される。
身体が宙に浮き、壁に叩きつけられた。
視界が揺れる。
(立て……!)
膝に力を込めるが、思うように動かない。
男は、少し首を傾げた。
「……弱いな」
感想みたいに、そう言った。
でも、その目は油断していない。
「だが――」
男の手元で、何かが光った。
「……死んでもらおう」
小さな金属片。
それが、空中に放られる。
(────マズイ!!)
本能が叫ぶ。
次の瞬間、金属片が――曲がった。
ありえない角度で軌道を変え、陽翔へと迫ってくる。
「っ!?」
身を捻る。
頬をかすめ、壁に突き刺さる。
終わらない。
二つ、三つ。
避けても、避けても、追ってくる。
(追尾……!?)
必死に路地を転がり、ゴミ箱を蹴り倒し、視界を遮る。
それでも、刃は執拗に軌道を変え続けた。
「……面白い反応だ」
男の声に、僅かな愉悦が混じる。
素早く追尾してくるナイフを完璧には避けきれず生傷ができ血が滴っていく。
(このままじゃ……)
魔法は使えない。
人に向けられない。
なら────
陽翔は、地面を蹴り、無理やり距離を詰めた。
「…………っ!」
男の懐に飛び込む。
完全な賭け。
一瞬、男の動きが止まった。
その隙に、体当たりするようにぶつかり、横をすり抜ける。
「……チッ」
舌打ち。
陽翔は、走った。
ただ、走った。
肺が焼ける。
足が悲鳴を上げる。
背後で、何かが壁に当たる音がした。
(……まだ、追ってきてる)
限界だった。
そのとき――
ポケットの中で、スマホが指に触れた。
(……千景さん)
震える指で、画面を押す。
――緊急事態アプリ、起動。
────────────
「……全然いないじゃないのよ」
千景は、苛立ちを隠そうともせず呟いた。
猫の影もない。
烈や陽翔からも連絡はなし。
(ほかの2人は何か手がかりを見つけただろうか…)
スマホを取り出し、烈に電話をかける。
「もしもし?」
『おー千景? こっちも全然みつかんねーぞ』
「はぁ? あんた本当に使えないわね」
『は!? お前はどうなん────』
烈が何か言いかけるが、
千景はそのまま通話を切った。
次。
陽翔。
コール音────1回。
……出ない。
眉が、きつく寄る。
「……?」
もう一度。
2回、3回。
出ない。
(ワンコールで出なさいって言ったでしょ)
そのとき────────
スマホが、短く震えた。
胸の奥に、嫌なものが広がっていく。
「……っ」
反射的に画面を見る。
表示された通知。
〈緊急事態 信号受信〉
地図が開き、赤い点が示される。
路地裏。
人通りの少ない、奥まった場所。
「……冗談じゃないわよ」
千景は、踵を返した。
走り出しながら、スマホを耳に当てる。
「烈、緊急事態!すぐ来なさい!」
『え? なに?何かあっ────』
「いいから!」
通話を切る。
(……無事でいなさいよ)
ツンとした表情の奥で、
焦りが、確かに燃えていた。




