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妖魔の旅路  作者: 来星馬玲


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チャプター8 ヨモキの項4

 ゆらゆらと揺れる温かな囲炉裏火。小さな火花が生まれては消えていき、パチパチと小気味よい音を立てていた。


 家屋の内側を照らすものはこの囲炉裏しかなかったけど、それでも、暗闇と寒気の渦巻く外側を隔てる空間の拠り所となっていた。


 寒さでかじかむ手を炎の上にあて、仄かな熱を感じる。焚き木は昼間の内に集めていたので、数日の間はこの熱を頼りとするのに支障はないだろう。


 外ではミミズクが鳴き声をあげている。人の静まっている夜にそれを遮るものはなく、暗い空を羽ばたく翼の音が、ひときわ大きく聞こえてきた。


 土間の上を流れてくる外の風が、少し強まった。冷たい空気に押されて、炎が弱々しくなびく。


 人影をくっきりとかたどった影絵の上を、そろそろと動く生き物の姿が見える。ゲジかムカデの類かもしれない。ムカデなどの毒虫であれば、特に赤子が刺されば命にかかわるという話は聞いていたので、わたしは身構えた。


 息をのむわたしの気配を察したのだろう。判別できない生き物はさっと走りだし、隅の柱の陰へと消えていった。


 わたしはたまらず、母を頼る。


「お母さん、そっちに何か行ったよ」


 母は竹に糊を塗っていた手を止め、わたしの視線の先をちらりと見やった。小さなため息をもらし、わたしが抱き寄せている赤子の方を向いた。


「もう、寝付けた?」


 母の声は、とてもやつれているように思えた。


「……うん」


 周りのことに気を取られ過ぎていて、母に尋ねられるまで、赤子が消え入りそうなくらいに小さな寝息を立てているのに気づけなかった。


 茶色い毛に覆われた赤子の表情は暗い屋根の下ではよく見えず、それがどんな顔をしていたのかと、昼間の記憶を呼び起こす。


「疲れたでしょう。もう、先に寝てもいいよ」


 決して弱音を吐かない母は、まるでその埋め合わせのようにわたしのことばかり気にかけてくれる。


「うん」


 わたしは気の利いた言葉を返すこともできない自分自身がもどかしかった。


 赤子の小さな身体を、敷いてあるむしろの上に横たえる。また泣きだしたりしないよう、慎重に……。


 赤子は……すーすーと、微かな呼吸を繰り返している。表情の判別こそできないが、とても穏やかなものであると思う。 


「ヨモキ」


 母の声。赤子を起こさないように気を使っている母の声はか細かったけど、わたしの耳にはそれが奇妙なほどにはっきりと響いた。


「そろそろ……あなたに任せても、大丈夫かもね」


 わたしの心が冷たい寂しさで凍えた。そんな言葉、聞きたくなんてなかったけど、ちゃんと胸の内に焼きつけておかなければいけない。


「また、誰かに見つかるようなことがあっても、お母さんはもう、あなたたちの力になってあげられないかもしれない。わかるの、あの力を使った瞬間から……自分の命の残り火が……」


「……でも、お父さんは?」


 母の口調が少し暗くなる。


「お父さんはね、悪い人じゃないの。敢えて言うなら、あれが人のあるべき反応というのかな。それでも、秘密は守ってくれているから、彼なりに私たちを気遣ってくれている……でも」 


 母は赤子の方を見つめた。囲炉裏火の明かりに照らされて、母の瞳が真っ赤に輝いて見えた。


「あの人は、シャモギを愛していない」


 その刹那、己の心臓が凍りついたかと思った。


 母は今までずっとひた隠しにしていた憤りを吐露している。父へのものか、この世のあらゆる人間に対するものか、それはわからない。


 わたしは辛かったけど、自分の為すべきこと……母から受け継いでいかねばならないものを、ひしひしと感じていた。


(でも……わたしは? わたしはシャモギを愛しているの?)


 わたしは眠りについている赤子――シャモギの顔を見つめた。


 わたしも……シャモギを愛したい。現に今でも、掛け替えのない家族と思っている。でも……でも、まるで家族の領域の中に入り込んできた異物に対するような目で弟を見ている自分に気づき、自らの感情にゾッとする時があるんだ。


 母も、わたしの心情を読み取っているはずだ。あの恐ろしくも奇妙な能力があってもなくても、それは変わらないと思う。だから、母は敢えてわたしにこのような感情を吐き出している。


 そう、母が頼れるのはもうわたししかいない。わたしは、母の期待に応えなければいけないんだ。


「ヨモキ、重荷だとは思わないでね。もしどうしても嫌だと思ったら、背負っているものを手放しても、お母さんは責めたりしない。……ただ、あなた自身が後悔しないように、ね」


「お母さん……」


「さ、明日も早いから、あなたも眠りなさい。お母さんも、もうすぐでこれを終わらせるから」


「……はい」


 わたしはまだ心残りがあったけど、これ以上母に気を遣わせるわけにもいかなかった。


 イグサを編んだむしろに包まり、シャモギのすぐ隣で横になる。目の前の木目には、シャモギの影が虚ろに伸び上がっていた。


 部屋を照らす囲炉裏火はもう消えそうだったけど、母が新たな薪をくべる様子もない。恐らくだけど、今の母にとっては、炎の明かりは必要のないものなのだろう。


 わたしの耳元で、微かな風のうねりが生じた。そちらへ向くと、寝返りをうったシャモギがわたしと顔を合わせる。


(シャモギ……)


 弟の吐息は仄かな湿り気を帯びていた。わたしにはそれが心地よいものなのかどうか……答えは出せない。


 火はわたしたちを待たずに、不意にその明かりを失う。暗闇に沈んでいく中で、わたしは母より先に目を閉じた。


 やがて……わたしの意識は、深い眠りに落ちていた。

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