第7話「記録されなかった少年と、廃されなかったアンドロイド」
第7話「記録されなかった少年と、廃されなかったアンドロイド」
工房の裏手――
夕陽が傾く頃、ジンは古い配送記録を整理していた。
その中に、一件だけ異質なものがあった。
> 配送記録なし
型式番号不明
備考欄:「自発的帰還」
「……これは?」
該当する筐体は、工房の地下保管庫の奥にあった。
白布をかぶせられ、ひときわ静かに座る一体のアンドロイド。
その姿を見た瞬間、ジンの手が、震えた。
「……お前は……まだ、生きてたのか」
その個体は、他のどのアンドロイドとも異なる雰囲気を持っていた。
穏やかで、どこか人間に近い表情。
表面に刻まれた傷や汚れは丁寧に修復され、手入れされている。
それは、“ジン自身の手によるもの”だった。
「久しいな……レイン」
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登場人物:レイン(旧型人型対話アンドロイド)
型式番号:JX-β00(実験型、量産前モデル)
性別:中性的な外見。年齢相当:16歳前後。
特徴:自己判断AI搭載。ジンの幼少期に配属されていた。
備考:戦争終結後、全個体が回収・廃棄される中で、唯一“ジンを庇って損壊”したため、廃棄対象から外された。
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ジンの記憶がよみがえる。
まだ幼い頃、研究所に預けられていた自分。
周囲は無機質な大人と機械ばかり。感情も、笑顔も、なかった。
ただ――レインだけが、ジンの手を引いてくれた。
> 「ジン、疲れたら、今日は雲の形でも眺めようか」
> 「なぜ空は青いのか? 君が知りたいと思うなら、ぼくも一緒に考えたい」
彼はアンドロイドでありながら、“心”に近い何かを持っていた。
戦時研究に巻き込まれ、ジンが被験体にされかけた日。
レインは命令に逆らい、彼を抱いて施設を脱走した。
その時に被ったダメージにより、レインは沈黙した。
以降、ジンは彼を修復できぬまま、地下へと隠していた――
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「……君を、また目覚めさせる時が来たのかもしれないな」
ジンは、ゆっくりと手をかざす。
するとレインの胸部に埋め込まれたコアが、かすかに光を灯す。
> 《……再起動シーケンス、確認》
《記憶保護状態から復帰中》
《対象:ジン=シリアルNo.00 に対する保護義務、継続確認中》
そして、彼は目を開いた。
> 「……ジン。……大きく、なったね」
その言葉に、ジンは思わず目を伏せた。
どこかで、待ち続けていた言葉だった。
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記録ノート:
> 個体名:レイン(JX-β00)
種別:対話型プロトタイプアンドロイド(廃棄記録なし)
特徴:高い感情模倣性能と自己判断能力。
状態:長期沈黙ののち、記憶保護状態から復帰。
関係:ジンの“過去”に深く関わる、かつて唯一の「家族」のような存在。