第6話「紅の髪の料理人形」
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第6話「紅の髪の料理人形」
そのアンドロイドは、鼻歌を歌っていた。
ジンの工房に運び込まれた彼女は、赤いツインテールの髪をゆらしながら、なぜかリズムを刻んでいた。
ボディには焦げ跡、腕には小さな切り傷、そしてエプロンには“焼きすぎ注意”と書かれたパッチワーク。
動作不良。制御系の不安定。
それでも、彼女の顔には、笑みが浮かんでいた。
「いらっしゃいませ、ご主人さまっ♪ ……あれ? ここ、どこ?」
ジンは、ゆっくりと息をついて、彼女を迎え入れる。
「君は……料理用ユニットか」
「はいっ! フルスペック料理対応アンドロイド、カレンA13型ですっ! ……たぶん!」
元気に手を挙げる彼女は、すぐにキッチンへ走っていった。
次の瞬間、**ボンッ!**という爆発音と、焦げた香りが部屋中に広がった。
「……たぶん、は余計だったか」
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翌日。調整後の彼女の記憶コアをジンが調べる。
流れてきたのは、どこか懐かしい家庭の記憶だった。
カレンは、ある一家に仕えていた。
母が働きに出て、幼い姉弟をひとりで育てていた家族。
毎日、帰ってくる子どもたちのために、カレンは料理を作った。
でも――うまくいかなかった。
火加減を間違える。味付けが濃すぎる。オムライスが黒い。
それでも、子どもたちは笑って食べてくれた。
> 「カレンが作ってくれたから、美味しいよ!」
> 「いつか“完璧なカレー”食べたいなぁ〜」
その言葉を、カレンは何よりも誇りにしていた。
毎日、完璧な味を求めて試行錯誤した。
そして、ある日――
“その家族はいなくなった”
転居だったのか、事故だったのか、詳細は失われていた。
だが、カレンは気づけば、廃棄場の一角にいた。
最後に焼い作ったカレーは、まだ湯気を立てていたのに。
カレンはずっと待っていた。
誰かが「ただいま」と言ってくれる日を――。
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ジンは、ゆっくりと彼女の手を取り、小さなカレー鍋を渡した。
「ここは、君の“台所”でいい」
そう言うと、カレンはきょとんとした後、満面の笑みを浮かべた。
> 「なら、ご主人さまの“完璧なカレー”、作らせてくださいっ!」
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記録ノート:
> 個体名:カレンA13
型式:旧型家庭調理支援アンドロイド
特徴:料理は失敗気味だが、“笑顔”だけは絶やさない。家庭の温もりを記憶に残す。
状態:現在、工房の台所にて日々修行中。失敗率はまだ85%。
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エピローグ:
その夜、ジンは焦げ気味のカレーを前に、思わず吹き出した。
「……辛すぎる。でも、少しだけ――懐かしい味がするな」
カレンは、頬を染めて小さくガッツポーズした。