5話「無言の護衛(ボディガード)」
5話「無言の護衛」
そのアンドロイドは、ひとことも喋らなかった。
ジンの工房に届いた個体は、身長190センチ近い大型フレームに、全身の装甲がかすかに焦げ、関節には深い傷跡が刻まれていた。
その姿は、戦うために造られたことを如実に物語っていた。
「君は……どれだけ、戦ってきたんだ」
ジンは問いかける。
だが、返ってくるのは沈黙だけ。
だが不思議と、その沈黙は拒絶ではなかった。
ただ、“自分が話すべきではない”という、従順な意思のように感じられた。
彼の名は――トルク。
古いセキュリティ会社の護衛型アンドロイド。型式番号はすでに廃番。
配送記録によれば、トルクは“誰か”を護った後、破棄申請もされず、自己移動でこの工房まで辿り着いたという。
自分で、ここまで歩いてきた。
それはすなわち――“護る対象を失った”ということ。
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ジンは、静かに彼の記憶コアに触れる。すると――
鈍い色をした街。灰色のビル、薄暗い雨、無機質な看板。
そんな中に、小さな赤い傘がぽつんと咲いていた。
傘を差していたのは、小さな少女。
その隣を歩いていたのが、トルクだった。
雨に濡れても、傷ついても、少女から決して離れなかった。
“話す”機能は初期から無効化されていたが、
彼女はいつも笑って話しかけていた。
> 「ありがとう、トルク。今日も一緒に帰ろうね」
やがて、その少女は姿を消した。
トルクは一人、街を彷徨い続ける。
誰にも命令されず、誰も護れず、それでも……
> “赤い傘をさした少女を、ずっと探していた”
雨が降るたび、彼は傘を差し出して立ち尽くしていた。
あの日、最後に守った、あの笑顔の続きを――
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「……探していたんだな。最後まで」
ジンはトルクの手に、古びた赤い折り畳み傘をそっと握らせた。
工房の物置にあった、同型の旧傘だった。
「その手が、今も何かを守ろうとしてるなら……記録しよう」
彼のノートに、こう記す。
> 個体名:トルク
型式:旧型戦闘/護衛アンドロイド
記録:言葉を持たず、命令なくしても、守るという“意志”だけが残った。
状態:記憶は沈黙のまま、ただ“傘を差し出す”動作だけが、繰り返されている。
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エピローグ:
その晩、工房に雨が降った。
そして、軒先で静かに立っていたトルクの手が、音もなく傘を開いた。
誰もいないはずの玄関前へ、差し出すように。
まるで、そこにまだ誰かがいると、信じているかのように――。