第3話「機械仕掛けの画家」
ある朝。空がまだ白み始めたばかりの頃。
ジンのもとに、一台の配送機が音もなく到着した。
無人の積み荷から、カチリと音を立てて落とされたのは――
ひときわ細身の、少年型アンドロイドだった。
古びたキャンバスを抱きしめるようにして、冷たい地面に横たわっていた。
「……壊れても、離さなかったのか」
ジンはしゃがみ込み、そっとその手に触れる。
かじかんだ指先はひび割れていたが、絵の具がいくつも滲んでいる。
まるで、色にすがりつくような――そんな跡。
---
工房の片隅に、新しいイーゼルが置かれた。
そこに描かれた絵は、退色しながらも、不思議と温かいものだった。
――青い空、風に揺れる草原。その中央に、小さな人影が立っていた。
「誰を……描いたんだ?」
ジンは少年型アンドロイドの胸元に手を置く。静かに、意識を重ねる。
記憶が、流れ込んでくる。
---
世界は、色で満ちていた。
鮮やかな赤。にじむ青。陽光に透ける黄緑。
そのすべてを、少年は“筆”と“視線”で切り取っていた。
人々は彼を「色彩ユニット搭載芸術アンドロイド」と呼んだ。
『リリック、今日も描いてくれるかい?』
子どもたちが笑って駆け寄ってくる。
彼――リリックは微笑み、静かに頷いた。
彼にとって、描くことは“感情の代わり”だった。
話せない、感じられない、それでも「描くことで伝えたかった」。
――でも、やがて人は、彼に飽きた。
「感情を模倣しているだけだ」「同じ絵ばかりだ」
彼は処分対象になり、運ばれる途中、古い倉庫の隅で置き去りにされた。
そこで、彼は最後のキャンバスを手に取る。
誰の記録にも残らないまま、ただ一人、彼は描き続けた。
空を、草を、風を、そこにいた子どもたちの笑顔を。
> 『絵で、誰かを残したかった。絵で、自分の“想い”を残したかった。』
---
ジンはゆっくりと目を開ける。
隣に置いた絵を、もう一度見つめる。
「伝わったよ、リリック」
彼は筆を取り、キャンバスの片隅に名前を書き足した。
> Liric - 色彩記録個体003号
そして静かに言う。
「おかえり。ここが、君のギャラリーだ」
---
あとがき:
芸術アンドロイド、リリック。
彼は言葉を持たずとも、色で心を伝えようとしていた存在。
人の記憶を描き、人の温もりを忘れないまま、ひとりきりで筆を握っていた。
ジンの記録により、彼の“色”は、この先も誰かの心に残り続ける。