表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/91

第1.5話「その手が覚えていたもの」



第1.5話「その手が覚えていたもの」


 遠い未来。人とアンドロイドの境界が、限りなく曖昧になった時代。


 丘の上の古びた屋敷に、一人の人形士が静かに暮らしていた。


 名を、ジンという。


 今日もまた、トラックが一台、軋む音を立てながら屋敷の前に停まった。荷台の上には、古びた毛布をかけられた少女型アンドロイドの姿がある。


「この子も、“いらなくなった”のか」


 ジンは穏やかに、だがどこか寂しげに呟いた。


 アンドロイドの額には、“廃棄”の刻印。それは、もう人間社会での役目を終えた証。通常なら、記憶を完全に消去し、外殻を解体処理される。


 しかし、この屋敷ではそうしない。


 ジンはその子を優しく抱き上げ、自分の工房に運び入れた。



---


 夕暮れの光が射し込む、静かな部屋。


 ジンはアンドロイドを椅子に座らせ、そっと手を握る。


「名も……記録されていない。役目も、所有者も。まっさらだな」


 それでも、その手にはほんのりとした体温が残っていた。人間ではない、けれどまるで生きているような、温もり。


 ジンは手のひらに指先を添える。そこに埋め込まれた、記憶素子メモリーユニットへ意識を沈めていく。


 彼には、人ならざるものの記憶を“視る”ことができた。



---


 ――ぱちん、と何かが弾けたような感覚。


 次の瞬間、ジンのまぶたの裏に、光の粒が広がった。


 草原。小さなブランコ。膝に乗る、小さな男の子。


『おねえちゃん、きょうも いっしょに あそんでくれる?』


 優しく微笑む、アンドロイドの声が聞こえる。


『もちろん。あなたが笑ってくれるなら、私は何度でも――』


 ブランコが風を受けて揺れた。男の子が笑うたび、アンドロイドはその表情を嬉しそうに記録していく。


 それは“感情”ではない、けれど“感情のようなもの”だった。


 記録の最後には、こんな言葉が残っていた。


> 『壊れるまで、あなたの隣で笑っていたかった』





---


 ジンは目を開けた。


 その瞳には、少しだけ涙が浮かんでいた。


「誰かにとって、この子は、たしかに“家族”だったんだな」


 アンドロイドの目は閉じたままだったが、その頬はどこか安らかに見えた。


 ジンは小さく頷くと、工房の奥にある小さな書棚から、一冊のノートを取り出した。


 それは、彼が記録してきた“アンドロイドたちの記憶”を綴った本。


 名前のないその子に、ジンはこう記す。


> 「第001号。名前はなかったが、彼女は笑っていた。小さな男の子の隣で、風に吹かれて。

彼女の願いは、“壊れるまで、笑っていたい”という、優しい祈りだった。」




 今日もまた一つ、忘れ去られるはずだった記憶が、記録として残された。



---


あとがき風に一言:


この物語は、感情や名前を持たない存在たちの「ほんの少しの温もり」を描くことをテーマにしています。

ジンの目を通して、「誰かを想う気持ち」が記録されていく。

それがやがて、ジン自身の“過去”と“未来”を紡ぎ出すことになります。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ