恐ろしい国
ある旅人が旅の途中であまりにも恐ろしい国に訪れた。
町の中を歩いていると突如として町人が悲鳴をあげて死ぬのである。
それを見て周りの者は皆、不気味なほど心地良い笑顔で言うのである。
「あぁ、良かった。これで安心だ」
旅人からすれば、何故人が死んだのかも分からない。
そして、そんな光景はこの国に居る間、数え切れないほど目にしたのだ。
それこそ、こんなものあり触れた出来事であるかのように。
十数人目の死者を目撃した時、旅人は道行く人に尋ねてみた。
「なぜ、あの人は死んだのですか?」
すると尋ねられた者は微笑みながら答えた。
「あの人は罪人だったのです」
「罪人?」
旅人が問い返すと相手は頷いた。
「そう。この国は女神様の寵愛を受けているのです。女神様は常に人々を見守っていて、どれだけ小さな罪も見逃さずにいます。そして、罪を犯した者が居ればその人をすぐさま裁くのです」
それを聞いた旅人は思わず絶句していた。
なるほど。
では、今までに死んだ者は皆が罪人だったということか。
しかし、それは本当なのだろうか?
そして、真実であったとしても何も聞かずに裁かれるというのはあまりにも理不尽ではないだろうか。
そんなことを考えていると旅人の考えを察したらしい町人は言った。
「邪な考えに支配されていますね。女神様を疑うのは罪ですよ」
その言葉を聞いた旅人は即座に踵を返して町を後にした。
裁きが恐ろしかったからではない。
女神が恐ろしかったからでもない。
この国が恐ろしかったのだ。
何の疑問もなく日々を過ごしているこの国が。
逃げ去った旅人の背を見送りながら町人はぽつりと呟いた。
「悪人ほどここを恐ろしく思うものだな」
その無垢な考えを全く疑問に思わないことが何よりも幸せであるとこの国の住民は誰一人知らなかった。