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第72話 まどろんで


 ライオネの領主の下に諜報員が帰ってきた。


「領主様!! ダダリはガゼット領と同盟を結んだようです!」


「そうか! で、トルティの息子は?」


「ガゼット領とライオネ領の(さかい)に砦を築いているようです。ヤツら、我々が北から攻めると思い込んでいるのでしょう」


「ようし……」


 伯爵はうなずくと、いつもの宝石のどっさりついたマントを付けて立ち上がる。


「帰るぞ。ライオネへ!」


「はッ!」


 その日の未明に王都を出発した。


 動きを悟られたくなかったので馬車も黒塗りの車両を用いる。


 ヒヒーン……


「少し眠る。ライオネに着いたら教えてくれ」


「かしこまりました」


 ここしばらく不眠不休で王都での情報操作を行ってきた。


 少しでも眠っておかなければ戦いで十分な力を発揮できない。


 ガタン、ゴトン、ガタン……


 伯爵はそんな馬車の揺れにまどろんでいく。


 揺れはやがて彼を夢へと(いざな)っていった。



 ◇ ◆ ◇



「ゲゼラ! おい、ゲゼラ!!」


 む、誰じゃ……?


 ワシの真名を呼び捨てするなんぞ無礼なヤツめ。


「お昼寝とはずいぶんと余裕だな。これからこのオレ様と決闘だというのに」


「……ト、トルティ!」


 あまりのことに言葉が詰まる。


「トルティ……キサマ飲んだくれて死んだはずでは?」


「ぁあ??」


 トルティは凛々しげな眉を上げながら首をかしげる。


「カッカッカ! オマエまだ寝ぼけてんのか? そんなんじゃネネは俺のもんだぜ?」


 トルティの姿は若々しく、たくましい肢体はエネルギーにみなぎっていた。


 意志のある(まなこ)に、ハリのある頬。


 なるほど……


 どうやらワシは昔の夢を見ているようだ。


「やれやれ、それにしてもオレとオマエで同じ女を好きになっちまうとは因果なもんだな。ガキのころ王都の道場で同じ釜のメシを食ってきたオレとオマエが……」


 トルティはため息をつくと、静かに続けた。


「……ただし、ゲゼラ。絶対に勝ちを(ゆず)ろうだなんて思うなよ。これは男と男の決闘。手を抜いたりしたら承知しねえからな!」


「ふん、案ずるな。ネネを嫁に貰うためならワシはキサマを殺す覚悟すらあるのだ」


「だったらイイけどよ……」


「それよりトルティ、キサマこそ手を抜くんじゃないぞ。戦場でどれだけ強くなったか知らんが……ワシらは親友であると同時にライバルでもあったのだからな。今日こそ決着をつけるのだ!」


「ふっ、のぞむところだ!」


 たしかそんなことを言い合った覚えがある。


 ワシらがまだ二十歳の頃だった。


 決闘は王城の闘技場、まだご存命であらせられたスレン14世の御前にて取り行われた。


「はじめ!」


 戦いの銅鑼(ドラ)がシャラランと鳴る。


「ごあああああ!」


「うおおおおお!」


 ワシの剣とトルティの剣が交差する。


「うッ……」


「ぐぬぬぬ!」


 大歓声の下、ニ、三度刃を交わすが戦う身としてはすぐにわかった。


 その差は歴然だと。


 たしか道場で修業をしていた頃はお互いに大した差はなかったはず。


 しかし、トルティは弱小のダダリで唯一の武力であり、それゆえ常に(いくさ)の最前線で戦ってきた。


 対してワシはライオネの騎馬隊をいかに指揮するかの日々であり、剣を持っての前線の戦いの経験に乏しい。


 その実践値の差はあまりにも大きかったのである。


「ぐ、ぐふッ……!」


 それでも勝負は互角の様相を呈していたが、とうとうワシは膝をつき倒れてしまった。


「そこまで! 勝者トルティ・ダダリ・ドワイド!」


 わあああ……!!


 こうしてワシはトルティに敗北したのである。


 我が青春を賭けて求婚したネネが、トルティの嫁となることが決まった瞬間だった。


 ツラく、悲しく、悔しい……


 もちろんそれは決闘の定めであり仕方のないこと。


 でも、ワシにはどうしても許せないことがひとつだけあった。


「トルティ!」


「ぁあ? なんだよゲゼラ」


「キサマ! 手加減をしたな!」


「……」


 トルティは決まりが悪そうに左の耳をわざわざ右の手でポリポリとかいて言う。


「……手加減なんてしてねえよ」


「ウソをつけ!」


 左の耳を右手でかくのは、ヤツがウソをつくときのクセだった。


「今のキサマが本気で立ち合えばワシは生きていなかったはず。力の差を感じて、接戦を演じるためにわざと力を抜いたのであろう!」


「ええと、その……」


 言いよどむトルティ。


 そんな時だ。


「まったく、しょうがないねえ!」


 観客席からネネが飛び降りて来るので、会場はどよめきに包まれる。


 無骨な闘技場にひらりと舞う一輪のドレス。


 ネネはまだ15才であり、可憐で、花のようで、それでいて気の強いところが魅力の女だった。


「ねえ、トルティ……じゃなくてアナタ♡」


「ね、ネネ……♡」


 ネネはトルティの太い腕に抱きつきながら続ける。


「アタシはアンタの強さと『友達を殺したくない』っていう甘っちょろさに惚れたよ! それでも……今のはアンタが悪い。そうだろ?」


「う、うん。そうかも」


「なら勇気を出して謝っておくんだね。キンタマついてんだろ?」


「……わかった。やっぱオマエいい女だワ」


 トルティがそう言ってネネを持ち上げるようにして抱くと、会場からヒューヒュー!という歓声が起こる。


 最後にヤツはこちらを向いて言った。


「なあ、ゲゼラ。手加減とかして悪かったよ。ごめんな」


「……!!」


 頭の中で何かがプツンと切れるのを感じた。



 ◇ ◆ ◇



「ぐぬぬ、トルティめ……」


「領主様! 領主様! お目覚めください」


 ライオネ伯爵が目を覚ますと、そこは馬車の中だった。


「大丈夫ですか? だいぶうなされていましたが」


「う、うむ。少し昔の夢を見ていたのだ。それより今はどのあたりだ」


「ライオネです。到着いたしました」


 馬丁がそう言うので馬車から出ると、そこは自宅の庭。


「傘をお差しします」


「うむ」


 昨日降っていた雨がまだ降っているらしい。


 悪天候は兵の少ない敵側に有利だ。


 奇襲や混戦の余地を与えてしまうから。


「……この雨が上がったらすぐに開戦だ」


 伯爵はそうつぶやきながら館の扉を開いた。



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