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第64話 おふくろがイイって言ったらな


「領主様。連れてまいりました!」


 髪を乾かして客間で待っていると、やがて“使者”が連れられてきた。


 だが様子がおかしい。


「……」


 男は部屋に入って来ても何も言わないし、頭には頭巾(ずきん)、口元にはマスクをしていて顔がわからない。


 ようするにチョー怪しいってワケ。


「おい、お前!」


 これを見かねて、知性派の弟ヨルが声をあらげた。


「失礼じゃないか! 使者が顔も見せないなんて!!」


「よせ、ヨル」


 俺は甲高い声で怒る弟を抑えて様子をうかがう。


 すると、使者はおもむろに頭巾(ずきん)とマスクを外し、いよいよ相貌(そうぼう)(あら)わにした。


「あ、あんたは……」


「お久しぶりです。アルト・ドワイド殿」


 そう。


 ガゼット領の使者は、使者ッつーかガゼット領主の息子だったのである。


 いや、確かガゼット領の領主は落馬でお亡くなりになったらしいので、つまり今は彼が当主ってことになるのか。


 ケッパーとか言ったっけ。


「お名前はたしか、カッパーさんでしたか?」


「いえ……ケッパーです」


 反応を見るためにわざと名前を間違えてみたんだけど「いいんですよ。よく間違われますから」と答えるガゼット領の新領主。


 へえ、なんだか意外と寛容な人だな。


 (いくさ)の時はわかんなかったけど。


 こういう人にはむしろ礼儀正しく対応したいところ。


 相手の腰が低いからってナメて無礼を働いていると、逆にこっちにスキができるからな。


「本当に失礼しました、ケッパーさん。それで、ガゼット領の新領主殿がわざわざ何のご用でしょうか?」


「あ、はい。このような(よそお)いでおそれいりますが、しかしこれには理由がありまして……」


 ガゼット領の新領主のケッパーは話を続けた。


 話はいろいろと遠回りをし、紆余曲折を経たけれど、とどのつまり彼はガゼット領とダダリ領で『同盟』を結びたいらしい。


「同盟ですか。しかし、なぜウチのような弱小領と?」


「私たちは双方ともライオネに隣接しており、その脅威に晒されています。ライオネがダダリを攻めるかガゼット領を攻めるかはわかりませんが、どちらを攻めてくるにせよ『我らの二国でライオネに立ち向かう』という同盟を結んでおけばきっとこれに対抗できるでしょう」


「なるほど」


「しかし、お恥ずかしながら我がガゼット領は一枚岩ではなく、同盟に懐疑的な者もおります」


「まあ、そうでしょうね。ウチのような弱小と対等とは思われたくないでしょうし」


「あ、いえ……決してそのようなことは……」


 ケッパーは決まりが悪そうに口ごもりながら続ける。


「た……ただ、同盟懐疑派も『アルト殿を我が領にお連れして同盟の調印をするのであれば納得する』と言うのです。で、ですからぜひとも我が領にいらして……」


「それって兄さんが同盟を乞う形にして上下関係を示そうってコト?」


 すかさずヨルが鋭く指摘する。


 ケッパーは「うっ……」と言葉に詰まり、とうとう黙りこくってしまった。


 えー、そんなんで黙っちゃダメじゃん。


 こうして見ると人間ができていて寛容っていうより、マジでちょっと情けねえヤツなのかもしれない。


 しょーがないから助け舟を出してやるか。


「わかりました。そういったご事情で、せめてもの誠意としてケッパーさんご本人が使者としていらっしゃったということですよね?」


「あ、アルト殿……!」


 ケッパーはわかりやすく顔を明るくする。


「ご理解痛み入ります!」


「いえいえ、我々はメンツなど気にいたしません。同盟については家臣たちと協議致しまして、後日、ガゼット領へお返事にまいりますよ」


 そう答えてケッパーには帰ってもらった。


 ウチに泊めてもてなしてやるほどの男でもあるまい。


 それでも足取り軽くスキップをすらして帰っていったので、おめでたいヤツだ。


「ヨル。どう思う?」


「うーん……」


 その後、すぐに弟に聞いてみる。


 先日『魔道具師』に進化させたヨルはまだ14才だけど頭がキレるので、こうやって戦略や先読みとかも考えさせるようにしているんだよね。


「あの人。ウソついてるんじゃないかな」


 おお、さすがだ。


「どーしてそう思うんだ?」


「全部がウソじゃないと思うんだけど、ライオネは次にガゼット領を攻めると思う。ガゼットは領内がガタガタだし、侵攻して得るものも大きい。ライオネ視点で合理的に考えればやっぱりガゼット領攻めだね。ケッパーはどこかでそんな情報を得て、それであわててダダリと同盟を結ぼうと考えたんだ。『ライオネがダダリを攻めるかガゼット領を攻めるかはわかりませんが……』なんて言ってたけど、アイツはただただ僕たちに助けてもらいたいってだけだよ」


 なかなか緻密(ちみつ)な考察だな。


 前世もなく14年しか生きてないのに大したもんである。


「うん、兄さんもだいたいそう思うよ」


「だよね!」


「でもな、ウソっていうのは二つ以上掛け合わさると本当にもなるんだぜ」


 そう言うと、ヨルは首をかしげた。


 まあ、これはわかんなくて当然か。


「それにな。人間が合理的って前提で計算を伸ばすのはほどほどにした方がいい。ほとんどの人間って実はちっとも合理的じゃねーから」


「よくわからないけれど……けっきょく兄さんはガゼット領と同盟を結ぶつもりなの?」


「そうだなあ」


 ガゼット領と同盟を結んでメリットがあるかどうかを考えてみる。


 例えばウチとライオネが戦争になったとしよう。


 それで同盟があったとしてもケッパーはヒヨって援軍には来ないだろうな。


 仮に来たとしても前に戦った様子じゃ戦力になりそうもない。


 でも……


 逆に俺たちがガゼット領を守ってやる方にはウマ味があるかもしれない。


 同盟という言葉がどうであれ、実際に守ってもらう側はどうしても立場が下になっていく。


 つまり、ガゼット領を”従属状態”のステータスにできるかもしれないってワケだ。


「どっちにせよガゼット領へは行く。交渉したいこともあるしな」


「じゃあ僕も連れていってよ」


 と、ヨル。


「ダメだ。危ないって」


「それは兄さんだって一緒だろ? 僕だけだと不安ならラムも連れていけばいい」


 11才の弟なんてなおさら連れていけるワケねーだろ、と思った時だ。


「なあ、ラム。行きたいだろ?」


「うん! 行く行く~♪」


 誰もいなかったはずの燭台(しょくだい)のとなりにカワイイ末弟の姿があらわれた。


「ラム!? いつの間にそこに??」


「えー、ボクずっとここにいたよ? 兄ちゃん、気づかなかったのー?」


「ほら、ラムは強いから大丈夫だって」


 そんなふうに連れていけと盛んに詰め寄る弟たち。


 俺は「やれやれ」とため息をついて言った。


「……おふくろがイイって言ったらな」



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