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第55話 ワシ、何か悪いことしたかなあ……


 ここは王都。


 ライオネ伯爵の領事館である。


「うぬぬ、あのトルティの息子なんぞが勲一等など……」


 ライオネの伯爵は貧乏ゆすりをしながら歯ぎしりをしていた。


 そう。


 ただでさえ弱小のダダリは領主トルティが死に、16歳の息子が領主に就いたばかり。


 ダダリ領を攻め奪うのであれば今がチャンスだ。


 だからこそ、これまでガゼット領をけしかけたり、ベネ領と塩の包囲網を敷いたり、ダダリの悪いウワサを流布したりなどして、どうにか侵攻する大儀をしつらえようとしてきたのだけれど……


 どうにもうまくいかない。


 せっかく流した悪い風評も、先の市街戦でダダリの新領主が『勲一等』を授与されたことで台無しだ。


 いや、それどころか『ダダリの新領主は命がけで女王をお助けした忠臣やー』と評すものさえいる。


 今ダダリを攻めれば、こちらが悪者になりかねない。


「このまま指をくわえている他ないのか……」


「領主様」


 そこでそばに仕えていた家来が尋ねる。


「領主様はなぜそこまでダダリにこだわるのですか?」


「なにイ?」


「い……いえ、ダダリのようなちっぽけな土地よりも、北のガゼット領を攻めた方がよほど利益になります。ガゼット領も落馬によって領主が亡くなっているのですから同様に好機ではありませんか」


「黙れッ!」


 家来の進言は合理的に聞こえるが……いや、合理的であるからいっそう伯爵の逆鱗に触れたらしい。


「いいか! そのような理屈を言うヒマがあるなら、どのようにしてダダリを攻略するかを考えろ!」


「は、はあ……申し訳ございませんでした」


 家来は半ば呆れた様子で部屋を退出した。


 で、それとほぼ同時に、今度は別の家来がやって来る。


「領主様。一大事です!」


「なんだ、申せ」


「ガイル侯爵が領主様をお呼びです。領事館に参るようおっしゃっております」


「なっ、なんだと?」


 ガイル侯爵がライオネ伯爵を個別に呼び出すなんて、これまでにないことであった。


 同じ貴族とはいえ格が違うし、別に仲良くもなかったからである。


 そう言えばガイル侯爵は一部の警察権を持ち大目付の役も担っているから何か領主級に不正が発覚すると呼び出しを喰らうことがあるらしいが……


(ワシ、何か悪いことしたかなあ……)


 と、頭を巡らすけれど思い当たる節が多すぎてよくわからない。


 恐ろしくはあるが、侯爵がお呼びというのならば参るしかなかった。


 出かける準備をし、馬車に乗って、ガイル侯爵の下へ向かう。


「おお、伯爵。よくぞいらっしゃった」


 領事館へ着くと、ガイル侯爵はワイングラスを片手に笑顔で歓迎ムードを作っていた。


「お、おそれいります……」


 が、油断はならない。


 高級貴族の余裕ほど圧のあるものはないから。


「わははは、そう怯えることもあるまい。我々は同じ貴族、スレン王国を支える同志であろう?」


「それは、もう……」


 一体なんの思惑があるのだろうか。


 そう頭を巡らしながらこうべを垂れていると、ガイル侯爵は思わぬ話題を切り出した。


「ところで伯爵。伯爵はダダリの新領主のことをどうお思いか?」


「は? どういう意味でございましょう」


「いいや、少し気になったのだ。なにせ我が隠密から『ライオネはダダリ領への侵攻を狙っているのではないか』と報告を受けたものでな」


 ドッキーン!!☆


「そ、そのようなこと……め、め、めっそうもございませぬ」


「わはははは! わかっておる。わかっておる。しかし……仮にそのような侵攻を行えば、今の世論では伯爵が悪者になってしまうな」


「ですから、そのようなことは決して致しませぬぞ!」


「仮に、と申しておるではないか。……その上で伯爵。もし仮に貴殿がダダリを攻めたならば、我らガイル領はライオネの後ろ立てになってもよいと思っておってな」


「後ろ立て、ですと?」


 話の風向きが変わってきた。


「うむ。スレン王国内での領地侵攻は大義名分というものが重要になろう。そこについてはガイル領、それからエルドワール卿もライオネ支持に回るつもりである。なあに、大義などというものはどうとでもしつらえられるもの。仮に女王陛下が異を唱えられても、御三家の意向を突っぱねるだけの力を今の王家はお持ちではない」


「うっ……」


 ライオネの領主は言葉に詰まった。


 要するに、『ダダリ領を攻めよ』と発破をかけられているのだ。


 確かにガイル侯爵の後ろ立てがあればありがたいが……


「しかし、どうしてそのようなことを?」


「ふんッ……すべては王国のためだ。スレン王国は王家と御三家のパワーバランスによって成り立っている。ダダリの新領主はたしかに先の市街戦で功を上げたが、独断専行がすぎるでな。それだけに不穏分子になりかねない。あのような者は早めに潰されてしまった方がよいのだ」


「こ、侯爵……」


「おっと。まあ、これも仮定の話だがね。クククク」


 ガイル侯爵はそう笑ってワイングラスに口を付けた。


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