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第41話 根も葉もない


「ボク……見かけによらず男らしいのね」


 朝の陽ざしの中で、女冒険者は俺の裸の胸へそっとひたいをつけながら言った。


「もう子供じゃないからね」


「わかっているわ。うふふふ……♡」


 女は、俺がちょっとでも少年っぽいセリフを吐くとたまらないらしい。


「そろそろ起きないと。今日クエストなんだろ?」


「ええ。そうよ」


 女冒険者はベッドから降りて、白パンティのような戦闘着を片脚づつ穿いた。


 その様を少しぼんやりと眺める。


 それから俺もベッドから這い出てそばに寄ると、彼女は上半身にぴっちりとしたアンダーウェアを着始めてバンザイの姿勢をしていたから、その下で無防備にぷりっとしていた尻をやさしくなでてやる。


「もう……出かけるんだから」


 さわっていて気づいたけど、白パンティにはよく見ると魔力のこめられた銀糸で刺繍がしてあり、戦闘のために鍛えた真面目な尻が女らしくよじれるとその幾何学的な紋様が筋肉の動きに応じて張り詰めた。


「結局、おねえさんの部屋はちっとも使わなかったね」


「ええ。でもちゃんとおカネは返さなきゃ」


「いいのに、そんなの」


「ダメよ。それとこれとは別だもの」


 そしてアンダーウェアの上に革の胸当てを装着すると、やさしかった乳房が腕利きの女冒険者の姿へと変わる。


 体つきや身のこなしなど並ではないから、かなり上級の冒険者なのかもしれない。


「さて、そろそろ行こうか」


「そうね」


 こうして装備が済むと部屋を出た。


 宿屋のオヤジにキーを預け、「夕方くらいに戻ると思う」と伝えておく。


「お客さま」


「ん?」


「ゆうべはおたのしみでしたね」


 ……るせーよ。



 ◇



 女冒険者と別れると、リッキーと待ち合わせしている時計塔へ向かった。


「若ーッ! 遅いでやんすよー! 何してたでやんすかー?」


「悪い悪い。ちょっとな」


「急ぐでやんす。軍議は正午からでやんす」


 見上げると大時計の針は正午の少し前だった。


「わかったよ。案内してくれ」


 こうして時計塔からガイル侯爵の領事館へ向かう。


 場所は近かったが着いたのは正午の鐘が鳴って少ししてから。


「ヤバイでやんすー! 遅刻でやんすよー」


「まあ、落ち着けって」


 ガイル侯爵の領事館はライオネの領主の本邸をもしのぐ大豪邸だった。


 広大な庭には緑の芝生が整然と敷き詰められて普段はさぞ綺麗なんだろうかと思うが、今日は冒険者らしき連中が大勢詰めておりむさっくるしさが勝っている。


 が、俺が参加するのはそっちじゃない。


「辺境爵アルト・ドワイド様ですね。こちらへどうぞ」


 こうして領事館の者らしき男に屋敷の中へ案内された。


 大理石に赤い絨毯、重なるアーチ。


 やがて、重厚な木の扉の部屋に行きあたり、扉が開くと、中にはエライ人たちが20~30名ほど席について葉巻を吸ったり咳払いをしたりなどしていた。


「コホン……というわけで結論を申すと、決行は今夜。市民に占拠されている城とダンカン塔へ同時攻撃をかける」


 とおっしゃるのはガイル侯爵。


 どうやら軍議はもう始まっているらしい。


 俺は講義に遅刻してきた大学生のように身を屈めて、そっとはじっこの席へ着いた。


「ひいては策のある者がいればうかがおう。我ら御三家以外の者でもよろしい。王国の安定を思えば爵位の高低など些細なことだ」


 ガイル侯爵はそう続けるが、伯爵以下の貴族たちは黙ったままである。


 向こうの席にはライオネ領主の顔も見えたが、彼とて難しそうにヒゲをなでるのみだ。


「策というのではないのだがね、ガイル君」


 結局、口を開いたのは御三家筆頭のエルドワード公爵であった。


「攻撃は確実に成功するのか? 失敗は許されんぞ」


「もちろんですともエルドワード公爵。この日のためにそれだけの兵を集めてきたのですからな。外をごらんになったでしょう? 我らの兵に加えて普段はモンスターを狩っている冒険者どもも相当数集めておるのですぞ」


「その件ですが……」


 ガイル侯爵とエルドワール公爵という二大巨頭の横から、ふいに口をはさむ女があった。


 この女は先の戦争でも見たことがない。


 高校のブレザー型の制服のような法衣を来ていて、乳房の上にはみずいろのリボン、ポニーテールにまとめあげられた銀髪が怜悧れいりな印象を放っている。


 誰だコイツ?


「今日の作戦に関するレジュメを作りました。こちらをご覧ください……」


 女は物静かな様子で立ち上がり、ちょっぴり大きめの尻にプリーツ・スカートをひらひらさせながら、羊皮紙に書かれた計画書のようなものを二人にだけ配った。


「……このように攻撃は冒険者たちのみで行います」


「むう、なるほど」


「さすがセシリア君だ。ルビス公爵もキミのようなすばらしいご令嬢を持ってさぞご自慢だろうな」


 へえ、そういうことか。


 ルビス家は女系相続の家系。(※女系相続:()()女親の血統を辿って相続して来ていること)


 必然的に女の当主が多く現当主も女性であった。


 今日はその代理として、いずれ当主となる娘を寄こしたのだろう。


「ルビス公爵はご療養とのことだが、快方に向かわれているのかい?」


「……ええ。もうだいぶ」


「あの少女が大きくなったものだ。もう婿むこを取らねばならん頃だろう。いくつになったのだ」


「16です……」


 親戚のおじさんのような質問にセシリア嬢がそっけなく答えている一方。


 中小の貴族の方にもレジュメが回ってきて、ようやく最後に俺の手元にも渡った。


 内容としては、『城とダンカン塔の奪還作戦は冒険者のみで構成された部隊によって行われるべき』というものであり、その理由としているのは二つ。


―――――――――――――

1、市街戦であり、せまい場所で多数すぎる兵を用いても混乱を招いてしまう。とりわけダンカン塔の入口はせまい。

2、敵は反乱者とは言え市民である。貴族の兵によって彼らを傷つければ炎上はまぬがれない。一方、国境を越えた存在であるギルドに登録する冒険者たちならば第三者の立場でこれを討てる。

―――――――――――――


 なるほど、もっともだ。


 これを16の若い女が考えたとは舌を巻くなぁ。


 だが……


 これでは塔の中にいるナディアたちが危険すぎるぞ。


「それではセシリア君の提言通り、冒険者で編成された部隊で攻撃する。決行は今夜10時。皆の者、異論はないな!」


 そんなふうに思っているとガイル侯爵が会議を締めようとしていた。


 いけない。


「待ってくれ!」


 俺が思わず立ち上がると、場はしーんと静まり返る。


「ぁあ? なんだキサマ?」


「え、ええと。ダンカン塔を攻撃するって話だけど、そもそもあそこにはニーナ女王が幽閉されているんだろ?」


 ぷっ、何を今さら……


 という声があちこちで聞かれる。


「つまり人質だ。このままダンカン塔を攻撃してしまったら、敵はやけになって女王を殺してしまうかもしれないぞ」


 ここまで言うとさすがに笑う者はなくなり、また静寂が満ちた。


「まずは幽閉された女王と側近を救出し、安全を確保してから攻撃すべきだと思うけど?」


 俺がそう言うと、ガイル侯爵とエルドワード公爵は顔を見合わせ、さらには二人とも助けを求めるようにルビス家のご令嬢の方を見た。


「……ダンカン塔は要人の幽閉に最適な形状をしています。女王陛下の救出は現実的ではありません」


「でも、人質の安全が最優先だろ?」


「いいえ。最も大事なのはテロに屈しないことです」


 セシリア嬢は姿勢を正しながら無表情に言った。


「このまま人質が危険だからと言って攻撃ができないでいれば市民団体は図に乗ります。『人質さえ取れば何をしても大丈夫だ』と思うでしょう」


「し、しかし、女王にもしものことがあったら……」


「女王陛下にもしものことがあれば弟殿下のスレン17世に王位を継承していただきます」


 銀髪のポニーテールが冷たく揺れる。


 これにはさすがのガイル侯爵やエルドワード公爵も苦笑していたが、暗黙のうちに前提されていたことなのだろう。


「そもそもアルト辺境爵。あなたにはよいウワサを聞きません」


「え? 俺のこと?」


「はい。御前試合で醜態を晒したかと思えば、奇襲によって近隣の領地を奪い、巷では反乱を考えているのではとすらささやかれています」


 うわぁー、ライオネ領主の悪口作戦がこんなところにまで響いてくるとは。


「反乱なんて考えてないよ。根も葉もないウワサさ。そもそも、そのウワサと俺が言った事とどう関係があるんだよ」


「私には、あなたが市民団体と通じていて人質を根拠に攻撃を中止させようとしているように見えます」


 そっか、あっちからするとそういうふうに見えるかもしれん。


 疑いを晴らそうと考えるが、こうなると人狼だと疑われた占い師である。


「……作戦は決行します。あなたはおとなしく領地へお帰りください」


 セシリア嬢は銀髪のポニーテールをパッと跳ね上げるとその冷たい目線を切り、もう俺のことは一切見なかった。



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