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第一話 素晴らしき開発品

 人間はなんのために生を受けたのだろうか。

 これは永遠の謎である。


 科学が進歩したところで、答えは見つからない。

 なら、諦めるのか……?

 知りたくないのか……?


 人間という生命体は命を紡ぎ、人から人へとバトンを繋いできた。

 俺たちはその歯車のちっぽけなパーツの一部分。


 欠けたところですぐに代替品が見つかるんだ。

 笑えてくるよなぁ。


 さて、君たちは人間の三大欲求を知ってるかい?

 食欲・睡眠欲・性欲

 欲求というのはつまり、種としての本能。


 これによると、人類は種の繁栄を目的としている。

 じゃあ、子供ができなかったら人生に意味ってないの?

 子供ができたら人生に意味があるの?


 それってさ、ただの自己満足だろ?

 人生っていうのは結局、個人の自己満足でしかないんだ。


 なら好き勝手に生きる。

 自分の欲望に逆らわず、のびのびと自由に人生を謳歌しようじゃないか!

 さあ、楽しい人生の始まりだ——


✴︎


「最近、インターネットで『生まれ変われるなら()()()()になりたい……!』と目にしたんだ」

 俺は目の前の女に向けて熱弁する。

「俺はそんな人たちの願いを叶えてやりたいんだっ!」


 女は茶々を入れるようにボソッと、

「……あなたがなりたいだけでしょ」

「ぎくっ……」

 この鋭い女は俺の助手を務めている荒井秘従(あらいひづき)だ。


「それで……あなたのことだからもう作ったんでしょ……?」

「当然だ!」

 俺は胸に手を当て鼻息を漏らすが、秘従は呆れているようだ。

 今回はかなりの自信作なのに……。ノーベル平和賞を受賞できちゃうレベルだよこれ。


「これが今回開発した『疑似体験!?ちゅーちゅーストロー~あの子の味はあんな味~」だ!」

 見かけはただのストローと遜色ないソレを女に見せつけるように突き出す。


「……相変わらず、ネーミングセンス皆無ね」

 さっきからボソボソと文句ばかり垂れやがって……!

「なにか文句があるのかなぁ?」

 若干イラつきながらも笑顔で対応する。

「いーえ、ありません」

 いい歳して思春期の娘みたいな反応するの辞めてくれません?


 それは、とりあえず置いといて。

「このストローは感触、匂い、温度を感知し、本体である『疑似人間ストロー』と連動させることにより、疑似体験が可能になるという装置だ!」

 本体は被り物であり、こだわりはなんといっても、ストローを模したフォルム!

 まさにストローづくし。ストロー!ストロー!

 語呂が某寿司チェーン店に似てるのもこだわってるんだぞ。


「さらに!商品として売りに出した場合、世界中が『疑似体験!?:(以下 略)』に夢中になり、色々な人のあんな味を味わうために戦争を辞めて、みんなハッピーになると思わんかね!」

 秘従が嘲笑い半分、呆れ半分で、

「人類みんなあなたみたいなおバカさんばかりではないのよ……」

 ムッときた俺は行動に移そうと考案する。


「早速だけど、スター×××スの店舗に置いてくるとしよう!」

「あなた、セクハラで訴えられるわよ」

 俺は鼻で笑いながら、

「バレなきゃ犯罪じゃないという素晴らしき言葉を知らんのか?」


「バレなきゃ……でしょ?」

 ニヤニヤしながら、俺を見てくる。

 この女……!俺を脅しているのか!?


「……じゃあ、実験体を用意できるのか?」

 くそっ!大学で陰から犯罪者予備軍と呼ばれた俺でも脅しには勝てぬというのか……。

「じゃあ、私がしてあげよっか……?」

「——いや、大丈夫です」

「へぶぅふっ!」


 即答した俺に平手打ちが飛んできた。

 強烈な一撃に俺は一発KO。


「助手だから少しは手伝ってあげようと思ったのに……!」

「秘従……別にお前に魅力がないとかそういう話しじゃないんだ。」

 秘従は学内で噂の立つ美人さんだったから、確かに綺麗な造形をしていると思うよ……。

 所謂、クールビューティー系って感じで良いと思うよ……!

 でもさ———


「お前……今年で二十四だろ……!お、俺は……女子高校生に吸われたいんだぁーー!!」


 俺の素直で穢れのない気持ちを秘従にぶつける。

「…………」

 秘従が音も立てず、一瞬のうちに俺の前へと移動し、

「このロリコンがっ……!」


 正拳突きを腹に食らった……。

 拳が腹をえぐり、衝撃で壁に飛ばされた俺は頭を打った。

「カハッッ……!」

 瞬間移動からの攻撃とかド×ゴンボールかよ…………。


✴︎


 再起不能となった俺は研究室のソファーで寝転がっていた。

「秘従……お前、お父さんになんて言われてたか覚えてないのか……!?」

 空手家の父を持つ秘従の平手打ちは、か弱い俺に向けるものじゃないと思う……。


「覚えてるわよ?『空手は人を守るためにあるんだ』でしょ?」

「そうだよね!?使い道おかしくない!?」

 守るどころか俺を再起不能にまで追い込んだよ!この人。


「おかしくないわよ。頭のおかしい科学者から被害者予定の人を守ったわ」

「くそっ!教授が監視役として秘従をよこしたせいでエゴが満たされない……!」

 教授とは大学で知り合ったのだが……余計なことばかりするのは辞めてほしい。


「…………」

 秘従が無言で俺の開発品である『誰でも簡単にM字エクササイズ!』で拘束し始めた。

 えっ!?急にシリアス展開かよ……!?

 抵抗虚しく、非力な自分はされるがままとなる。


「おっ、おい!これは女性専用だぞっ!男のM字開脚なんて誰得だよ……?」

 異性になんて格好を見られてるんだ……!もう男のプライドがズタボロですよ…………。


「あなたにはこれから実験体になってもらうわ」

「実験体……?」

「そうよ。『疑似体験……なんちゃら』を自分で咥えなさい!」

「なんちゃらじゃない!『疑似体験ちゅーちゅーストロー~あの子の味はあんな味~』だ!ちゃんと覚えとけ!」


 科学者として開発品は我が子のようなものなのだ。

  例え、秘従でも『なんちゃら』発言は撤回させる。

「そう。頑張ってみるわ……」

 秘従も科学者の端くれ。俺の気持ちを分かってくれるらしい……。


「で、どうして俺を拘束する必要があるんだ?」

「あなたはストローなのだから、動けたら実験にならないでしょ」

 秘従は不敵な笑みを浮かべ、これから起こる出来事に胸を弾ませているようだ。


 逃げ道を完全に断たれた俺は自分の口臭、感触、温度を味わなければならないのか……!?

 そんなの嫌だ!!今日は朝の歯磨きをしてないんだぞ!?


「実験は中止だ。重大な欠陥を発見したんだ。」


 俺はマジトーンで虚偽報告をする。

 秘従は肩を大きく震わせて、

「M字開脚してる男にそんなこと言われても——ぷぷっ!」

 秘従は最後まで耐えきれずに大声で笑い始めた。

 は、腹立つなぁこいつ……。


「研究室には多くの拘束器具が転がっているというのに、よりにもよってコレを選ぶとは……」

 ハッとした俺は言葉を紡ぐ。

「やってくれたなぁ。日頃の恨みをここで晴らそうとするとはな……」


 完全に意気消沈した俺。

 秘従は、はぁはぁと息を切らし、残り少ない酸素で言い放った——


「滑稽なり」


 ピースサインを浮かべた秘従は満足そうに研究室を後にした——俺を置いて。


「…………放置プレイ……?」

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