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「パスタの感想は?」


「すっごくおいしいです。この店、パスタもあるなんて知らなかったです」


私たちは何故か焼肉屋でパスタを食べています。

トマトソースにガッツリ肉が入ってるのに、細切りにしてあるから食べやすい。上に乗せられた巨大な茄子がジューシーで箸休めにもなる。


「だろ? 焼肉屋を侮るなよ」


そう言って山代主任は、


「笑った……」


はっ!思わず心の声が出てしまった。

優しい顔で笑う山代さんを初めてみた。

ふと森田が家族に向ける幸せそうな笑顔と重なった。

つまり、山代さんは私と食事するのがそれぐらい幸せで嬉しいってこと?


そう考えに辿り着くと、すごく自分が恥ずかしくなって来た。


「私の食べてるところ見てそんなに楽しいんですか? 山代さんも早く食べて下さい」


恥ずかし紛れに言葉を放ってはみたが、私は自分自身の耳が熱を帯びていくのが分かった。


さて、私たち二人は何故今、パスタを食べているのかといいますと……。





山代主任に抱きしめられ、そのままの状態で数分後……

彼の涙が出て止まっても、私から沈黙を破ることができず、彼自身が私を解放してくれるのを待っていた。


しかし、突然、私の体がフッと浮いた。


「ひゃっ」


私は驚いて思わず声が出てしまう。

そして、私はベッドに寝かされたことに遅れて気付いた。

そうかと思うと、山代主任は馬乗りになり私の両手首を両手で固定した。


無言の山代主任は相変わらず、怖い形相をしている。しかも息が荒い。

やばい、やばい。

この状況に私の心臓の音も大きくなるばりだ。

このままだと襲われてしまう。


私は首を右に捻るだけ捻って、きつく目をつぶった。


「やめて下さい。山代さんとそういう関係は無理だって言いましたよね」


山代主任の荒く吐く息の音が私を益々緊張させた。


「昨日の貸しがあるぞ」


山代主任は言葉を発したかと思うと私の首筋にゆっくり唇を寄せた。

私の体全体がビクっと反射を起こしてしまう。


「お願いです。やめて下さい。昨日のことは謝ります」


私は震える声で懇願する。

さらに固く目を閉じると私の目から涙が一筋流れた。


山代主任とは無理だ。


「分かってる。これ以上したら、犯罪になりかねない」


「すまなかった」そう言うと、山代主任は腕を解放してくれた。


「食事にしよう」


山代主任は私から目を逸らし朝食に誘った。

そして、私に背を向けるとベッド近くの低いテーブルの前にあぐらをかいて座った。

少し頭が下に傾いた山代主任の後ろ姿から少し寂しさを感じた。


私もベッドの上で体を起こす。

その状態でなんとなくベッドの上から彼の寝室を見渡してみた。


家具は白と黒で統一されていて清潔感がある。

すっきり片付いてはいるが、不自然なほど物が少ないと感じた。


その後、私たちは少し遅めの朝食をとった。

自ら志願し朝食の洗い物を終えると、私はダイニングから繋がるベランダで干された自分の服の乾きを確認した。


「まだ乾きませんね」


ジーンズが全く乾いていない。

干された自分の下着や服を見渡してみる。


ってか、ブラとかも洗って干してもらったのか……。 


「山代さん、何から何まで昨日は本当にすみませんでした」


私はベランダからダイニングのソファで新聞を読んでいる山代主任に改めてしっかり頭を下げた。


それを聞いた山代主任は新聞をたたみ、傍に置くとこちらを向いた。


「迷惑を掛けたと思うのであれば、せめて神崎の服が乾くまでうちに居てくれないか」


「……そうですね。残念ながら、私も流石に服がないと帰れないんで、申し訳ないんですが服が乾くまでこちらに居させて頂けると助かります」


私はわざ上から目線かと思わせるほどに後半は特に強気で、大袈裟に返事をした。喋り終えてから私は何様のつもりなのだ? と少し後悔した。


それは、返事をした途端、山代主任の怖い顔のパーツが一気に緩み、「ぷっっ」と吹き出したかと思うと、大きな声を上げて笑い出したからだ。


「面白くないですよ。笑われると恥ずかしくなるので、やめて下さい」


私はあまりにも恥ずかしくて山代主任に背を向けた。


「ハハッハハハッッ。すまないっ。その…ぷっ、神崎があまりにも可愛いから」


「か、可愛いってッ。30代のおばちゃんですよ。もう、本当に勘弁してください!」


山代さんに告白されてから、私は山代さんにすごく想われてるんだな、って感じる。でも、こんな風に男性に愛を示されるのが久々のひさびさ過ぎてどうにも戸惑ってしまう。

しかも、私は彼を受け入れてないのに、だ。




2時間後……

9月の太陽も頂点を過ぎ、乾きにくいジーンズも大分乾いて来た頃、山代主任がトランプに誘って来た。

トランプ。これまた久々のひさびさである。


「勝った方の願いを一つ聞く、と言うのはどうだ? その方が盛り上がるだろ?」


そう言って始めたのがババ抜き、次に神経衰弱、大富豪……。


「何でなんですか……」


トランプを始めて2時間。

全く勝てない。ひとつも勝てない。

私は山代主任に負け続けてしまい、闘争心を喪失した。

バタっと上向きで床に寝転がり、天井を仰いだ。


「参りました。山代さんのお願いとは何ですか?」


寝転がったまま私は投げやりに問う。


「やっと、負けを認めたな」


寝転んだ横で山代主任が散らばったトランプをかき集める音を床越しに聞いた。


私は仕方なく彼の願い事を聞くべく「はーっ」とため息をつき、起きあがろうとした。

が、次の瞬間、息が止まるかと思った。


また、山代主任に馬乗りに跨がれたからだ。


「俺の願い事は、こういうことになるが?」


山代主任はすぐに私の両手首を片手で掴み床に固定した。


「山代さんっ、本気ですかッ」


見つめられた瞳を強く見つめ返すが、彼は眉間に皺を寄せ、思い詰めた表情をするばかりだ。


しかし、彼はそれには応えず、空いた方の手を私の腰から服の下へと滑らせた。

私の体が一気に強張る。

山代主任の鼻から吐き出される息も震えている。


「神崎……」


優しくゆっくり私の体の上へと登ってくる掌が胸に触れた。


「んっ……」


「山代さん、……嫌です……」


やらしい声も出てしまったが……。

やはり、嫌だった。


私は森田の事が好きなのだ。

やはりそれだけは変わらない。

悲しくなり瞳に涙が溜まる。


山代主任はそれに反応し、すぐに私から体を離し、立ち上がって後ろを向いた。


「すまない……冗談だ。……我慢できなかった。お前が寝転ぶから悪い。少しは警戒しろっ」


顔を片手で覆っているであろう山代主任の後ろ姿を見上げると、耳が赤くなり、息する肩が震えていた。


私はというと、彼に触れられた上半身にじんわり熱さを感じ、それを隠すために膝を抱えた。


さっき、私はなぜあそこまで山代さんに体を許してしまったのだろう。

恐らく、甘えなんだろうと思う。


「夕飯……」


「え?」


彼の言葉がよく聞きとれず、顔を上げてもう一度、と促す。


「夕飯を二人で食べに行きたい……んだが、どうだ?」


後ろを向いたまま山代主任は、彼の願いを告げた。


「もし行ってくれるなら、明日以降、もう二度と神崎へのアプローチをやめる。約束する」


こんなに私の事を好きでいてくれる人が居る。それなら、もう山代主任に自分の身を委ねてしまおうか、と考えてしまう自分もいる。

それは、否定できない。

しかし、それは山代さんに対して失礼な考え方だ。

今日一日、彼と二人で過ごしたせいで、彼に対して情が湧いたために違いない。

決して彼に惹かれ始めた訳ではないのだ。


「分かりました」


私は、それでも返事をした後、何か寂しさを感じてしまう。


もう、神崎の事はきっぱり諦める。

そういう意味なのだろう。


「勝負は勝負ですし、約束ですから。食べに行きましょう」


「よかった」山代主任はつぶやくと、こちらに振り返り続けて言った。


「パスタが……好きなのだろう?」


なぜ知っている?

いや、そりゃそうか。私も森田がラーメン好きなのを知っているぐらいなのだから。



そうして、私たち二人は焼肉屋のパスタを食べているという訳である。



「神崎の家まで送らせてくれないか? ……それで、ちょっと玄関先でいいから、中に入れて欲しい。聞いてほしい話がある」


山代主任は、暗い店先で帰り際にそう提案して来た。


「もう、襲わない約束ですよ」


「その約束は守る。話だけだ」


「少しだけなら、許しましょう」


愛されていると分かっているからか、許してしまう。

本当に今日の彼に対して自分が甘く、警戒心が薄れている、と感じる。




「ここでいいから聞いてほしい」


山下主任は私の部屋の戸が閉まると、狭い玄関で告げた。

私は靴だけ脱いで部屋に上がり、振り向いて彼と向き合った。


しかし、彼は私と瞳を合わせるばかりで口を開かない。

何か思い詰めた様子が窺えた。

顔は怖いがどこか悲しげでもある。


何を言い出そうとしているのだろう。


聞く側の私の方も緊張してくる。

重たい雰囲気の中、私から口を開くのも憚られる。


「やっぱり……」


どのくらいの間、彼の言葉を待っていたのか分からないが、彼はすぐ言葉に詰まった。


「何ですか?」


私も恐る恐る聞いた。


「やっぱり、いい。もう、いい」


山代主任は、首を左右に軽く振りながら告げた。そして、彼自身に言い聞かすように何度も「もう、いいんだ」と繰り返した。


それから彼は、私を全身で抱き寄せた。


「山代さん、ちょっと……」


「どうしたんです?」と私は最後まで言えなかった。彼の次の言葉に遮られたからだ。


「今日は楽しかった。ありがとう。神崎」


山代主任は私の耳元で囁くように優しく言葉を紡いだ。


「私も楽しかったです」


「そうか……」というと、山代主任は更に腕に力を込めた。


「もう、これで最後だ。神崎の事は……諦める」


震えた声で必死に吐き出された言葉だった。




最後まで読んで頂きありがとうございます。


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宜しくお願い致します。

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