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次の日、たった1日エミールに会いに行かなかっただけで、既にセシルとエミールは婚約解消したのでは、という噂が流れていた。
セシルが落ち込み気味に俯いていたのもそう噂させる原因ではあった。
その噂を積極的に広めているのは今までセシルと一緒にロゼッタの取り巻きとして悪点稼ぎをしていた者達らしい。
セシルに確認しには来ないくせに、2人は婚約解消したのではないかと嬉々として言い回っているのだ。
ロゼッタの取り巻きをしている者達を仲間と思ったことはなかったが、少し離れただけで悪い噂を立てようとするその性根にセシルは腹が立った。
少しのことを責め立て、攻撃する権利を得たとばかりに攻め立てるその意地の悪さが苛立たせる。
今まで一応は仲間内にいたはずのセシルを気遣う素振りすらなかった。
そういうことに腹を立ててみても、それは今までセシルがしてきたことでもあるのだ。
自分にその人達を責め立てる権利などない。
それでも苛立つ心はどうしようもなくて。
セシルはその気持ちを振り払うようにエミールのことを考えた。
エミールがその噂をどう思っているのかが気になって仕方がない。
セシルが昨日会いに行かなかったことには気付いていたのだろうか。
少しはセシルのことを気にしてくれていただろうか。
それともセシルが会いに行かなかったことに気付いてすらいない可能性もあるのか。
それとも、会いに来なかったことを喜んでいたなんてこともあるのだろうか。
エミールを諦めると決心しても、少しは気に掛けてくれないものかと願ってしまうのだ。
昨日と同じようにただ俯いて気配を消すセシルは、気落ちしていた昨日と違って苛立つ自分の心を持て余していた。
エミールに嫌われていると知って気弱になっていたが、セシルの根本はそう簡単に直りそうにない。
それでも今までのように人に振り撒くような悪点稼ぎをしない為に、セシルは喋らないという選択肢を取った。
誰かと関わるからつい悪口が出るなら、喋らないことでそれが防げるのではないかと思ったのだ。
胸の内に燻るものはあれど、昼の休憩までにセシルは悪点稼ぎをしないことには成功した。
こんな気持ちになってまで学園に来る意味などあるのか、と思っても、母親は学園を休むことを許してはくれないだろう。
高い学費がかかっているのだ。母親が学園を休ませてくれる訳がない。
セシルがお弁当を持って人がいない所を探していると、人とぶつかってお弁当を落とした。
わざとぶつかってきたのだろう。その令嬢は謝ることもなく、仲間の令嬢とセシルをバカにしたように笑った。
セシルは腹を立てつつも、自分が他の令嬢にしたことのある行動だと気付いた。
セシルはぶつかってきた令嬢に対して腹を立てるというよりも、こんな奴等と同じような行動を取っていた以前の自分に腹を立てた。
(こんなバカと今まで同じことをしていたなんて)
セシルは悔しく思いながら、自分がそこからまだ脱していないことも感じていた。
(今までやってきたことがこの身に返ってきているだけなのよね)
そう思うと虚しさが心を占めた。
どうしてわざと人とぶつかって、相手をバカにする自分がいたのだろうか。
その相手に本当に苛立っていたのかというと、違うな、と冷静な自分が言う。
ぶつかった相手や悪口を言った相手に本気で苛立っていたことはそれほどなかったように思う。
それよりもエミールと上手くいっていない苛立ちを他人にぶつけて気を紛らわしていただけだった。
本当にただの八つ当たりだ。
本当の原因に気付かず、悪循環しか生まない八つ当たりをずっと続けてきていたのだ。
(なんて、愚かな)
今更気付くことすら愚かしい。
ちょっと下を向いただけで当たり前のように攻撃の的になる程悪点稼ぎをしてきたのか。
セシルは自分には泣く権利すらないのだと思いながらも、弱い自分は直ぐに泣く。