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「セシル、全然食べていないじゃない。具合が悪いの?」
「そういえば顔色が悪いね。午後の授業は休んだらどうだい?」
ポリーヌとロバートに心配されたセシルは大丈夫だというように顔を横に振ったのだが。
「ご飯が食べられないなんてとても辛いに決まってるわ」
「そうだね。ご飯が食べられないなんて余程辛いに違いない。ポリーヌ、付いていてあげたらどうだい?」
「そうね、そうするわ」
どうやらこの2人は食事が取れないことはとても重大事件だとでも思っているらしい。
そしてセシルの話を聞く気もなく勝手に話を進めていく。
ロバートは紳士科に戻らないといけないからとポリーヌを残して行ってしまった。
セシルはポリーヌに対する罪悪感から2人きりになるのは気まずかったのだが、ポリーヌの優しさに甘える自分が何よりも嫌だった。
ポリーヌに、謝らなければ。
友達だったのに、本人がいない所で悪口を言ったことを謝らなければと思うのに、セシルの口は開きすらしなかった。
「優しいでしょう?」
ポリーヌは笑顔でロバートが歩いて行った方を見ながら言った。
「いつも荷物は持ってくれるし、気遣ってくれるし、本当にロバートと婚約して良かったわ」
それがポリーヌの惚気であるとセシルが気付く前にポリーヌは言葉を続けた。
「何よりどれだけ食べても怒らないし。それどころかもっと太ってもいいって言ってくれているのよ。他のお嬢様達は細すぎて丈夫に跡継ぎを生めるのか心配だって。彼のお父様もお母様ももっと食べろ、って凄くって。お陰で私更に太ってしまったのよ」
ポリーヌの婚約者のロバートの家は一族全員が体が大きいことで有名だった。その中で見たらポリーヌなどまだ細い方なのだろう。
ポリーヌとロバートはお互い体が大きいことで学園の中では嘲笑の対象ではあったけれど、2人はとても仲が良く、幸せそうだった。
学園の中でも恋人同士としての仲の良さなら皆が羨む程だ。
ポリーヌが幸せそうなことはセシルも嬉しいことだ。
これが他の令嬢だったならば妬みの対象として見ていたかもしれないが、ポリーヌはセシルにとって特別だった。
でも、セシルがポリーヌのことを悪く言った事実は覆しようがない。
そう思うセシルはポリーヌの顔を見ることが出来なかった。
「私はとっても幸せなんだけれどね。貴女は知らないようだけれど、私達、だいたいどこでも悪く言われているのよ」
ポリーヌが放った言葉にセシルは怪訝な表情をして顔を上げた。
知らないも何も、セシルもそれを言った内の一人だ。
「心無いことを言ってくる人はたくさんいるけれど、でも私はいいのよ。だって、優しい婚約者がいて幸せだもの」
それは、婚約者と上手くいっていないセシルに対しての嫌味だとでもいうのか。
(違う。ポリーヌは、もしかして気にしていないと言ってくれてるの?)
セシルは悪く捉えてしまいそうな思考を振り払った。
ポリーヌはもしかしてセシルが言ったことを気にしてないと言ってくれているのか。
「ポリーヌ、あの、私………」
セシルはそれでも謝らなければと思うのに、どうしても謝罪の言葉を言うことは出来なかった。
「だから、ロバートと一緒にいる方が楽しくて、ちょっと友達といる時間が減ってしまったことは悪いと思っているのよ」
それはポリーヌの惚気でありながら、セシルとの友情が崩れたのは自分が悪いのだと言っているようで。
(許して、くれるの?)
ポリーヌは昔からとても優しい。
それこそ怒ったところなど見たことがない。
だからポリーヌはわざとセシルの言ったことは気にしていないと言ってくれる。
自分の悪口を言っているのはセシルだけではない。誰もが言っている。だから気にするなと。
(甘えたらダメなのだわ)
だからこそセシルは謝らない決心をした。
ポリーヌが簡単に許してくれたとしても、セシルは自分の言ったことが許せない。
ポリーヌはこう言ってはいるが、ほんの少しでも傷付いてはいたはずなのだ。
しかも体格が少し皆と違うだけで当たり前のように嘲笑の対象にされている。
ポリーヌがとても寛容なだけで、誰かを傷付ける言葉が許される訳ではない。
(それなら私は、絶対に謝らないわ)
謝ることで簡単に許されるのだと自分に勘違いさせることが許せなかった。
自分が許されることを自分に勘違いさせない為に、謝らない。
今まで傷付けてしまった人に謝って回らなければならないのかと迷っていたセシルは謝らない決心をしたのだ。
(簡単に人を傷付けてきた自分が許せない。だから謝ってはダメなのよ)
きっと謝ればポリーヌから許しの言葉は貰えるだろう。
だからこそ、セシルは謝ってはいけないのだ。
謝ればセシルのこの晴れない心も少しは紛れるだろう。
それでも、ここで簡単に許されるのだと思ってしまうと、きっとまた悪点稼ぎをする過ちの道へと戻ってしまいそうで。
(簡単に許されると自分を勘違いさせない為にも、謝らないわ )