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セシルは昼頃になってもぐだぐだと考え続けていた。
昼頃になると流石に心配した母親と、実家に遊びに来たらしい姉のアナイスが部屋の前まで来て何か煩く言っていた。
けれど、セシルは無視を決め込んだ。
2人と共に妹のリアまで文句を言ってきた時はいつものように言い返しそうになったけれど、それも無視した。
無視をされたリアが被害者面して母親と姉の同情をかう茶番を扉の外に聞きながら、セシルは文句の向け所を母親と姉に向けた。
自分がこんな風になってしまったのは母と姉のせいではないのかと。
母親と姉も充分文句の多い人達だ。
子供の頃から母親と姉の放つ悪口を散々聞かされてきたのだ。
この2人のせいでセシルも文句の多い人間になってしまったのだ。
自分だけのせいではない。この2人のせいでもあるのだ。
そうだ、この2人から毒を注がれ続けられたせいで自分はこんなにも醜い人間になってしまったのだ。
それはとても納得出来る理由な気がした。
責任の有り所が見付かって少しは安心出来るかと思ったのだが、心は全く軽くはならず、セシルは部屋の中をうろうろと歩き回った。
しばらくそうしていると、窓の外から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
外を見ると、リアとエミールが庭を歩いている。
(今日、エミール様の来る日だったの!?)
エミールは2週に1度くらいのペースで来るのだが、第2王子の幼馴染みであるエミールは王子の予定によって来る日が変わるので、いつも大抵突然来るのだ。
セシルはエミールがいつ来てもいいようにと休日にはあまり予定を入れないようにしていた。
(エミール様が来たなんて聞いてないわよ!?)
どうして婚約者の自分にエミールの来訪が告げられていないのか。
どう考えても会えるような状態ではないにしても、一言報告くらいしてくれるべきではないのか。
それに、エミールは自分に会わずにどうしてリアと楽しそうに庭を歩いているというのか。
エミールはリアの事を実の妹のようだととても可愛がっているが、年頃の2人が仲良さげに歩く姿はまるで恋人にしか見えない。
リアがエミールの腕に親しげに触れた。エミールはそれを拒むことなく受け入れている。
(私とは手を握ったこともないのに!)
セシルとエミールの仲は悪くはない、はずだった。
親しくないまでもそれなりに友好な関係を築けていると思っていた。
甘い雰囲気になったことはなく、どこか淡々とした関係ではあったけれど。
2人を見て嫉妬の炎を燃やすセシルだったが、一晩眠れず疲れた脳はすぐ残酷な事実を思い出させる。
自分はエミールに嫌われているのだった、と。
(私は、エミール様の為に頑張ってきたというのに!)
その時、セシルは自分がこんな風になってしまった本当の理由に気付いた気がした。
(エミール様の為だったのよ!)
そう強く思うのに。
エミールの為に、尽くしてやったのに、と強く思う。
思うのに、セシルはエミールにそんなことを頼まれた訳ではない事に気付いた。
エミールの為だという気持ちの押し付けではないのか。
エミールがセシルを嫌っているのなら「貴方の為にやったのに」という行動理由はただの押し付けでしかないのではないか。
(エミール様の為だと思うのに、エミール様にそんなこと頼まれた覚えなんてない)
だからなのか。
エミールとの関係はセシルが気持ちを押し付けてしまっていたからダメなのだろうか。
(じゃあ私が今までやってきた事って何?エミール様と上手くいっていないイライラを他の人にぶつけていただけ?それって“八つ当たり”だったってこと?)
セシルの頭の中に“八つ当たり”という言葉が浮かんだ時、ショックと共に、納得が出来るような気もした。
(ただの八つ当たりで他の人に攻撃していたの?)
八つ当たり、という言葉で、今までの自分がしてきたことがとてもくだらない事のように思えてきた。
(私、とんでもない愚か者だわ)
セシルが攻撃してきた人はどれくらいになるだろうか。
攻撃し過ぎて、忘れていたのだ。
攻撃されると『痛い』ということを。
エミールの言葉はセシルにとんでもない攻撃力を持っていた。
それがセシルにとって特別な相手のエミールからの言葉であるからこその攻撃力だとしても、セシルは攻撃することが当たり前の日常で、攻撃されると痛みがある、ということを久し振りに思い出した。
こんな抉り取られるような痛みを人に与えていたのか?
攻撃には、こんなにも痛みを伴うこともあるのか。
セシルは自分のしてきたことが怖くなった。
セシルの根本は人が痛がるところを見て喜びを得るような悪人ではなかった。
エミールの為や闘う手段だったのだ、と思うとそれなりの理由があるように思えるのに、その攻撃の理由は『ただの八つ当たり』だったのだと思うと途端に低俗な愚かな理由にしか聞こえないな、とセシルは思った。
(私は、本物のバカなんだわ………)