表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪点稼ぎ  作者: さおん
1/22




「いつも誰かの悪口ばかり言って、まるで悪い攻撃の点数でも稼いでいるみたいだ。悪点ばかり貯めてご苦労なことだ」



婚約者のエミールのいつもと違う冷たい声に、セシルは固まって動けなくなった。

少し開けられた扉の向こう側、姿は見えないが、エミールの声を聞き間違える訳がない。

誰に話し掛けているのかは分からないが、セシルはエミールの言葉が自分に突き刺さるのが分かった。


(私の悪口を言われているの?)


セシルはエミールが自分の悪口を言っているのだと思った。セシルのいない所で、セシル以外の誰かに向かって。


陰口を言われていることよりも、セシルがショックを受けたのはその言葉だ。


(確かに私は最近悪口ばかりしか喋ってないわ)


セシルは身に覚えのある言葉に涙が溢れてくるのが分かった。

セシルはくるりと体を翻して、静かにその場から立ち去った。




セシルは急いで家に帰り、自分の部屋に急いだ。

セシルの帰宅に気付いた妹のリアが何か言っていたが、無視して部屋に駆け込んだ。


自室に入ると直ぐに鍵を掛けて誰も入ってこれないようにした。

これでやっと自分だけの場所になった、という安心感から、セシルはボタボタと涙を流し出した。



あんなに冷たいエミールの声は聞いたことがなかった。

エミールはいつでも誰に対しても穏やかに接していて、笑顔を絶やしたところなど見たことがない。


そんなエミールがセシルの悪口をまるで嫌悪するように誰かに喋っていた。


今までエミールにそこまで嫌われているなんて思ってもみなかった。

エミールはいつもにこやかで、しつこいセシルに対しても嫌な顔一つすることなく対応してくれていたのだ。


(エミール様は私のことをあんな風に思っていたのね)



これだけ悲しいのは、エミールが言っていたことが全て事実であることを分かっているからだ。




「でも、あんなこと言うなんて、酷い!」


セシルは事実を今は無視することにした。

まるで被害者みたいに泣くのは嫌だったけれど、今はただ泣きたかったのだ。


「悪かったわね、いつも悪口ばっかりで!」


確かに最近自分が口にする言葉の全てが誰かを批判したり責めたりする言葉ばかりだった自覚がある。

昨日も丁度そのことで妹のリアと言い合いになり、被害者になったリアが家族や使用人を味方に付けて責められたばっかりだった。



特に最近はずっとイライラしていて、何を見ても何を食べても否定的な事しか頭に浮かばない。

お茶会に参加すれば相手の弱点を探るようにそれこそ“悪点”を探し回った。


悪いところばかりを探そうとしている。まるで、それを楽しむように。それが趣味であるかのように。

それこそ、悪点を貯めることを稼いでいるかのように。


相手の身分が低ければそこを責めるし、成績が悪ければそこを責める。

服装の乱れも、センスが悪いことも、喋り方が下手なことも、体型が理想的ではないことでも何でも。

責められることは何でも責めてやろうという気持ちでしか人も物事も見ていなかった。


まるで呼吸をするのと同じくらい、責めの言葉が口から出るのである。



それを昨日は3才年下のくせに生意気な妹のリアに詰められて、口では反論しながらも、本当にそうだ、と納得してしまったのだ。


最近自分の口からは汚い言葉しか出ていない。

誰かを見たら敵と思えとばかりに相手を責めるところを探している。


なんて醜いのだろう、と自分で思ってしまった。



そんな時に婚約者のエミールの口からあんなことを聞いてしまったら。


まずは酷い!とエミールを責める言葉が頭にくる。

婚約者に対してそんなことを言うなんて、エミールはそんな男性だったのかと。


でも、エミールは、婚約者だからこそこんな悪口しか出ない醜い女と結婚しなければならないのだ。


そりゃあ陰口くらい言いたくなるわ、とセシルは妙に納得してしまった。


セシルは自室から出ることなく、部屋で泣き明かした。

家族は昨日リアと喧嘩したことで拗ねているのだろうと思ったらしく、放っておかれた。



朝になっても眠れず、泣いても苦しみは薄れることはなかった。

幸い今日は学園は休日だったのでそのまま部屋に籠り続ける。


誰でも人の悪口くらい言っているじゃないか、と思っても見るもの全てに悪感情しか浮かばない自分は異常ではないかとも思う。

皆も自分のように全てを否定的な目で見て、重箱の隅をつつくように悪点ばかりを探し回っているのだろうか?


直ぐに違うのだろうな、と自分の中から声がする。


皆がそんな状態ならば、誰もがむすっとして殺伐とした表情で笑顔なんて忘れてしまっていることだろう。

少なくとも、ドレスのデザインがどうとか新しいスイーツがどうとかどうでもいいことで盛り上がっている同学園生達が自分のように荒んだ心情でいるとは思えない。



でも、と思う。

それが自分の武器だったのだ。

武力で戦わない代わりの、闘い方なのだ。

相手に見くびられる前に、相手の隙をついて責め立てる。

そうやっていくことで闘っていたのだ。

そして、その闘いに、呑まれた。

その結果が今の醜い自分なのである。

自分は闘って勝利を収めているようで、結果負けていたのだ。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ