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カサブランカとかざり羽根


「ルリちゃん、最近キレイになったなぁ? もしかして恋――」

「店長のために言うんですけど、そういうのいまはセクハラでアウトですからね」


 ピシャリというのに、わざとらしく片目を閉じたうちの店長は十中八九懲りてない。意趣返しに一年以上恋してるのに鈍くないですか? なんて答えたらさぞかし慌てたことだろう。

 瑠璃色の羽根の入った小箱は私のお守りになった。

 木箱に敷かれた白い綿に、輝いた青がよく映える。鞄の中に忍ばせて持ち歩く。眺めるたびに、先生を思い出す。

 青い鳥の羽は私にとってちいさな幸せに思えた。


 それからしばらくして、私は日曜日の休みを申請した。

 誰かと休日が重なるのが、こんなにうれしいなんて思わなかった。

 指折り数えた数週間後の日曜日。能天気な若者の仮面をつけ鳥類観察(バードウォッチング)の約束をとりつけていた私は、先生宅を訪ねた。

 早朝からひとしきり鳥を見て、テラスで先生の淹れてくれた紅茶を飲む。

 素晴らしいごほうびに思えた。デートみたいだと内心はしゃいだ。


「キツツキ、見られなくて残念です」

「鳥の機嫌次第だからしかたがない。しかし、本当に来るとは思わなかった」

「どうしてですか?」

「一人暮らし男性宅訪問についての君の見解はどうなんだ」

「え、あ、もちろんっ。先生じゃなかったらっ、訪ねたりしないです」

「わかった。結構だ。警戒の範囲外だと刻もう」

「ああっ、そういうわけじゃないんです。先生はかっこいいですっ! 物知りだし、そりゃ奥様だってベタぼれだったろうなって、そう……そう」


 私の持参したお菓子を口に運びかけていた先生は驚いた顔をした。口ごもる私がうつむいて言葉を続けられないのを悟ると、声を立てて笑い、また鳥の話をしてくれた。私も花の話を少しした。鷹觜先生は意外なぐらい花にも詳しくて驚いた。奥様は庭仕事が好きで、付き合っていたら覚えてしまったそうだ。


「このあいだ、鳥の本を買ったんですよ。羽だけの載った図鑑で、見てると花束のインスピレーションも湧きそうで面白いんです」

「新しい学生を歓迎する。図鑑なら出版社からの献本が幾分かある。あとで見てみると良い。欲しい物があれば持っていって構わないから」


 ご厚意にひとしきり喜んでいると、先生と眼が合う。伏せる。ふと会話が途切れる。紅茶を口に運ぶ。私はそっと先生の横顔を盗み見た。

 木を見ているのか、もっと遠くの空を見ているのか。

 誰かを想っているのだろうか。

 告白する勇気は――、胸に沈めたままでいる。 

 私はきっと、このままでいい。そう、そうなんだから。



 ◇◇◇



 あの日、出逢えなかったコゲラを動画で眺めつつ、またいつか機会があればと願っていると、広告が目について手を止めた。

 検索した覚えもないのに雑貨材料としてフェザーが紹介されている。

 近頃は鳥の羽をあしらったブーケもトレンドだ。鐘ヶ江店長の作品でも見たことがある。思い立って検索すると、目移りするほどたくさんの花束がタブレットの画面いっぱいにあふれた。

 尖った山鳥の尾や、枕の中身みたいな白い羽根。流し見のスクロールを止める。大きな羽を使ったアレンジメントに釘付けになる。

 ふわふわの白ダチョウの羽。貴婦人の帽子についていそうなボリュームと存在感が面白い。

 そろそろ純白の花束を作る時期。

 店長に提案するつもりで、ネット通販を頼んだ翌日のことだった。


「悪いね。急な訃報で……。店、閉められればよかったけど」

「いいえ、大変ですよね。お店は心配しないでください」

「必要な分は馴染みに頼んでおいたから、花は定時に届けてもらえると思う。アレンジメントの注文、今入ってる分はもう裁けるやつだと思うから頑張ってほしい。追加は断っていいから。ただ……これ、悪いけどルリちゃん、タカハシの花束作ってくれるか、白一色で。仕様は任せるけどいい?」


 願ってもないチャンスだった。

 痛いくらいに早鐘の、心臓の音が漏れ聞こえないか不安になるほど。

 いつも清廉な雰囲気で作ってあるから、そのラインを外さないよう丁寧に。この間はラナンキュラスが中心だったっけ。今回は――。

 買ったあの羽を添えてみよう。亡くなった方に捧げる花、寄り添うような、でもそっと背を押すような強さもほしい。あたたかい白。先生に似合う花。

 頭の中がたちまち設計図でいっぱいになる。

 気もそぞろなまま、けれど手は耳に刺さっては流れてゆく店長の注意事項を必死にメモに書き留める。


「ルリちゃん、カサブランカ――――。タカハシに念押しされているから。――あっちの鉢は水切れに敏感だから気をつけて」

「はい、わかりました」

「大丈夫か? 傷つくなあ、ひとりじゃ不安ですって言ってみ?」

「いえ、大丈夫です。いってらっしゃい」


 ところどころ音声が飛んでいることにも気づかないような舞い上がり具合だった。

 店長を見送り、忙しない毎日は充実していた。トラブルもなんとか乗り越えた。

 カサブランカとだけ記載されたメモを見ながら、私は追加注文したカサブランカを集めて花束を作り上げた。一重のふっくらと厚い花びらがまだつぼみがちなものと堂々と開いたものと、どれも特別元気そうな茎を選んでたばねる。おしべの処理をして、ワイヤーを足したあの白ダチョウの羽を合わせる。力強いシルエットが生まれた。欲しかったエネルギーが宿った。

 白い花は少しぐらい先生を慰めるだろうか。

 いつも純白の花束を求める人は、喜んでくれるだろうか。


 私の期待は――、打ち砕かれた。

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