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黒猫バス

<タツヤ>

 安藤は他の大人も付いて来なくていいと言っても、はっきりと拒絶する態度ではなく、ただ面倒そうに口に出しただけだ。やはり口数の少なく不器用な魔法少女は、優しい心を持っているのだと、俺を含めた全ての人たちは、はっきりとそう感じ取っていた。

 そのままユリナの母が屋敷の裏口から出て、林の遊歩道をしばらく歩き、やがて木や草が何も植わっていない直径五十メートル程の円状に開けた場所で足を止め、俺たちのほうに向き直る。


「ここは家庭菜園にして何かを植えようと思っているのだけど、なかなかいいアイデアが出なくて困ってたのよ。

 この広場はヤミコちゃんが自由に使ってちょうだい」

「んー…それは助かる。けど、本当に都会の真ん中?」

「ええそうよ。それがどうかしたの?」


 俺も小中学校に通わせるために、親が高級マンションを丸ごと貸し切っているが、実家はユリナの家と同じぐらい広い。しかし安藤が明らかに驚いていることから、きっと彼女の家の敷地はそれ程広くないのだろう。


「何でもない。じゃあ、使わせてもらう。少し離れて」


 安藤は俺たちが円状の広場の端に寄ったのを確認すると、おもむろに手をかざす。すると彼女の前方に黒くて丸い塊が現われて、それはみるみる大きくなり、やがてあちこちが膨らんだり縮んだりを繰り返しながら、一つの形に近づいていく。


「んっ…大きさはこれで十分?」


 満足そうに安藤は呟き、広場の殆どを占領している真っ黒いそれをそっと撫でる。皆同じように疑問に思っているのか、ユリナの父親が代表として口を開いた。


「やっヤミコちゃん、これは何だい?」

「ん…黒猫バス」


 薄々気づいていはいたものの、やはり想像通りだったようだ。しかし、俺以外に皆も知っている例のアニメと違って、全身が真っ黒いモコモコの猫毛に包まれているこれに、そんな高い位置を飛べるのだろうか。


「大丈夫。黒猫バスは地上も空も海中も宇宙も問題なく走れる」


 何か今さらっととんでもないことを聞いた気がするが、多分気のせいだろう。そうであって欲しい。しかし、ヤミコちゃんと出会ってから彼女は一度だけバレバレな嘘をついただけで、それ以降は俺やユリナの前で嘘をついたことはない。いつも正直に事実を喋っている。つまりは今回もそういうことなのだろう。


「これにユリナちゃんを乗せて、空から現場に行く。さっき見せてもらった場所なら、五分もかからない。乗って」

「うっ…うん」


 安藤は説明が終わるとユリナに同乗するようにと伝えて、一足先に黒猫バスに乗ろうとすると、突然彼女が目の前の黒い猫毛が長方形に開き、そのまま短い毛で覆われた階段が広場の地面までスッと伸びる。


 それを見て俺は居ても立ってもいられなくなり、ハンドルとアクセルとブレーキがある黒猫バスの運転席に座りかけている安藤に、入り口の穴の外から身を乗り出して、思わず声をかけてしまう。


「あっ…安藤! 俺も! 俺も乗せてもらっていいか?」

「んー…邪魔しないならいい」

「ありがとう! おっ…おおっ! 例のアニメのようにフワフワだ!」


 俺も慌てて乗り込もうと、地面に降りた階段に足をかけて、黒猫バスの壁面に手で触れると、何とも柔らかな綿のようによく沈み、サラサラな毛並みだった。触り心地がとてもよく、いつまでも撫でていたくなってしまう。

 バス中は左右に二列ずつの座席が用意してあり、中央の通路も二人がすれ違えるほど広々と取られていた。荷物台まで上に作られており、しかも車内にはエアコンが効いているかのように、快適な気温に保たれていた。

 そんな嬉しそうにはしゃぐ様子に我慢できなくなったのか、ユリナの両親も声をかける。


「ヤミコちゃん、直接現場でサポートしたいんだけど、一緒に行っていいかな?」

「私も娘のことが心配で、近くで見ていたいのだけどいいかしら?」

「いいけど早く乗って。そろそろ出発したい」


 何だかんだあってバスの乗客が増えたので、その分時間がかかっている。安藤は運転席に座って溜息を吐き、三角帽子の端を指で触れて退屈そうにしている。

 続いてユリナの両親がバスの外側のトランクルームに荷物を入れて、乗車するのを待つ。娘のユリナのほうはとっくに黒猫バスに乗り込んでおり、安藤のすぐ後ろの席で窓から外を眺めたり、モコモコの座席を撫でたり、無口な安藤に一方的に話しかけたりしながら、楽しそうにはしゃいでいる。


「ヤミコちゃん! 私も魔法少女をサポートするという役目が!」

「ズルいぞお前! 俺も現場の民間人の避難誘導が!」

「ちょっと待ちなさいよ! 私だって現場担当なのに!」


 俺たちの感極まった様子に残った大人たちも、恥も外聞もなく言い争いを始めてしまう。これには安藤も困ってしまい、ユリナの両親のほうをチラリと眺めるが、その二人はいい大人にも関わらず、初めて乗車するアニメそっくりの黒猫バスをアレコレ調べているようで、外のことなど気にも止めていない。


「もう乗りたい人は全員早く乗って。いい加減出発させて欲しい。荷物は中でも外でもどちらに乗せてもでもいい」


 その一言で黒猫バスを興味深そうに取り囲んでいた残りの職員たちは全員、急いで乗り込んだ。何しろ直径五十メートルの円の殆どを占めている黒猫バスなのだ。

 数十人が乗った程度で満席になるはずがない。そして案の定バス内には興奮の嵐が吹き荒れていた。大人たちが子供の頃に夢見たものの、生涯果たせなかったことが、ようやく実現したのだから。


「ドアを閉める。皆も念のためにシートベルト締めて。発車する」


 安藤の言葉で入り口に開いていた長方形のがみるみる消えてただのモコフワの壁に代わり、外に出ていた階段もあっという間に内部に収納される。そして何となく小さく揺れたような感じがして、気づけば黒猫バスの目に光が灯り、縦方向にゆっくりと浮かび上がっているのが窓から見えた。


「これより、現場に向かう」


 そのまま黒猫バスは安藤が目指すゲート発生地点に向けて走り出した。最初の浮かび上がる瞬間以外は全く揺れないにも関わらず、窓の外の夜景だけは物凄い勢いで後ろに流れていく。

 その疑問にユリナの父親が質問を行う。


「ヤミコちゃん、かなりの速度で走ってるけど全然揺れてないのは何故だい?」

「黒猫バス自体も相当頑丈。周囲にも見えない壁があって内外の干渉を無効化。

 さらに内部に人工的な重力場を作っているせい。万一落っこちても、障壁内で確実に止まるから安心設計」

「なるほどね。でも魔法だから詳しい仕組みが不明なのが残念だよ。この原理を解明出来れば、宇宙や深海の探索が何百年分も一気に進むんだけどね」


 運転しながら肩をすくめているユリナの父親の質問に、丁寧に答える安藤の前面のフロントガラスには、全く動かない青い三角の点を中心に、少し離れた上部に黄色く丸い点の二つが映し出されていた。


「これは、青い点が黒猫バスかヤミコちゃん、黄色がゲート反応かな? しかも予想ではなく、こんなにはっきりとした位置がわかるなんてね」

「多分そう。もうすぐ着くから、何処か広くて降りられる場所を探す」


 相変わらず仕事熱心なユリナの父親は、積極的に安藤に質問しているが、感覚的に魔法を使用しているために、彼女自身もあまり良くわかっていないように感じる。

 そして俺は邪魔をしてはいけないという約束を守るために、大人しく座っている。


 魔法少女としての安藤の活躍を目の前で見られればいいのだが、ユリナの父親と同じように本当はもっと積極的に話しかけたかったのだ。

 そう一人で悶々としていると、フロントガラスに表示された点に変化が起こった。先程までは一つだけだった黄色く丸い点が消えたかと思ったら、周囲に突然十も現われたのだ。その全ての色は赤く丸い点に変わっていた。

 それと同時に多数の白い点が出現し、それぞれが赤い点から離れるように別々の方向に移動はじめた。


「これは不味いね。予想だけど黄色の点のゲートから赤い点の魔物が十も現われて、近くの白い点の民間人がパニックになっているようだ。急いで安全な降下場所を…」

「降りられる場所を探す時間はない。強引に着陸する」

「しかし、皆の前にヤミコちゃんのその姿を堂々と晒すことになる。さらには確かに民間人は助かるかもしれないが危険だよ? 本当にそれでいいのかい?」


 元々魔法少女として活動するのは恥ずかしいからと嫌がり、さらに正体がバレたら絶対に羞恥心で死ぬと言って、今まで拒否してきたのだ。強引に着陸するということは、きっと民間人と魔物との間に割り込む気なんだろう。それは彼女の命が失われる危険性がもっとも高くなることを意味する。


「今は私の羞恥心や危険性よりも、民間人を助けることを優先するべきだと判断した。

 私が無理すれば助けられる位置にいるのに、保身で見捨てるのは嫌」

「そうか。それがヤミコちゃんの意思なんだね。わかったよ。魔法省の職員は魔法少女をサポートするのが役目だからね。思う存分力を振るうといい」


 俺には目の前の大人と違って出来ることはないけど、せめて安藤の足を引っ張らないようにしないとと、どれだけ揺れてもいいようにと座席をぎゅっと掴んで身構える。

 そして彼女は次に、自分のすぐ後ろの席にいるユリナに視線を送る。


「えっと…変身完了です。大丈夫です。私の準備は出来てます」


 ユリナはシートベルトを締めながらも先程までの楽しげな雰囲気ではなく、真面目でキリッとした表情に変わっていた。

 しかもたった今変身を終わらせたようで、青くヒラヒラとしたバレエの衣装を身にまとい、聖女のように清らかで凛々しい顔立ちと水色でサラサラの髪。胸やお尻も程よく育っており、安藤のように少女の中に大人を匂わせる妖艶な色香こそないものの、十四、五の年相応にバランスよく整った女性的な自然な体型であった。

 他の大人たちも皆真面目な顔で防弾ベストを着込み、ノートパソコンやインカムを操作して、一部には魔物相手には豆鉄砲程度の効果しかないものの、怯ませるための銃を構えて安全装置や弾数を確認する者もいる。皆気合十分なようだ。


「戦闘に参加しない人や民間人に危機が迫った時は、黒猫バスの中に避難して。

 見えない壁は魔物も弾くから大丈夫。…多分」

「ヤミコちゃん、ぜっ…絶対じゃないんだ。多分なんだね」

「今まで魔物を相手に一度も試したことがない。なので、これから試す」


 オズオズと聞いたユリナに、安藤がきっぱりと答える。こういう時は嘘でも自信満々に肯定するべきなのだが、彼女は自信満々だが否定でも肯定でもない微妙な答えを出した。

 それに対して黒猫バス内の皆は、乾いた笑いを浮かべる。しかし不思議と不安感は全くなかった。


「このまま突っ込む。何処でもいいから掴まって」


 シートベルトを締めて手近な座席の手すりを掴みながら、俺は何となくだけど彼女の性格がわかったような気がする。

 安藤は嘘をつくのは苦手でおまけに口下手である。自分が傷つくのは許せても、他人が傷つくのは許せずに、そのために時には、自分の身を犠牲にする過激な行動を取る。一言で言い表すと不器用だが、とても優しい女の子なのである。

 この美しく不器用な魔法少女の本質を知ることが出来て、俺だけではなく黒猫バス内の人たち全員は、出会った時よりもずっと安藤のことが好きになってしまっていた。


 俺はこれ以上目の前の優しい魔女のことを誰にも知られたくないという考えと、もっと彼女のいい所を皆に教えて見返してやりたいという相反する考えが生まれてしまう。

 前者は俺の独占欲なのだが、安藤自身も別に他人に自己アピールする気は全くないので、上手く行けばこのまま世間に関わることなくひっそりと暮らせそうだが、この場にいる全員がそれは絶対に無理だと確信していたのだった。


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