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卯月家

<ヤミコ>

 人気のない裏門に停まっていたのは、黒く大きな高級なリムジンだった。石川君とユリナちゃんは平然と乗り込むが、私は庶民との違いに思いっきり戸惑ってしまう。

 家も妹のおかげで高級住宅の一戸建てで普通よりは裕福な環境だが、こんな高級車はテレビの中でしか見たことがない。いわゆる住む世界が違うというやつだろう。


「安藤、どうした? 体調でも悪いのか?」

「ヤミコちゃん、遠慮せずに乗ってよ」


 別に遠慮してるわけでも体調も悪くもない。ただ庶民派として怖気づいているだけなのだ。家がお金持ちでも恩恵を受けてるのは主に自分以外の家族なので、私だけは至って普通の一般人なのである。

 しかしここで戸惑っていても始まらないので、意を決してリムジンに乗り込む。ウカウカしてると裏門に人が集まって来てしまうのだ。中学校内で噂になると、また面倒事が起きてしまう。


 意を決して車内に入ると、後部座席の中央に座るようにと指示されたので、そのまま腰を下ろすと同時に自動で扉が閉まる。

 自分の小柄な体が柔らかいソファーにゆっくりと沈んでいく。やはり普通の高級車よりも相当お金がかかっていることを全身で理解してしまう。


「んっ…柔らかい」

「ヤミコちゃんに気に入ってもらえて嬉しいです!」


 本当に嬉しそうな笑顔でユリナちゃんが口の前で両手を合わせて、まるで自分のことのように喜んでくれた。

 私がシートベルトを締めるのを確認すると、運転手さんが出発しますと告げて高級車はゆっくりと走り出す。さっきまで居た中学の裏門から一般道を通り、どんどん離れていく。


「これから何処に行く?」

「私の家ですよ。今頃は家族や職員の人も皆、揃っています」


 ユリナちゃんの家に行くのはいい。しかし家族や職員の人たちが勢揃いとは、やはり昨夜に魔法を使ったことで罰せられるのかと、思わずビクついてしまう。


「ええと、ヤミコちゃんを捕まえようとかそういうことではなくて、手続きを行うのに関係者がいたほうが便利だからです。

 それでも本当は、パパだけで十分なんですけどね」


 一人だけで十分なはずなのに人が大勢集まるとは、それは本当に大丈夫なのだろうか。もはや不安しかない。その後ユリナちゃんの家に到着するまで、私は話題もないので景色を眺めながら黙っていたら、自分の左右に取り囲むように座った二人から質問される。

 しかも高級リムジンは広いのでもっと離れて座ってもいいはずなのに、密着状態に近い感じでピッタリとくっついている。自分が知らないだけで最近の中学生ではこの距離感が普通なのかもと、取りあえず気にしないことにして、答えを返す。


「安藤は何か部活をやってるのか?」

「何もやってない。帰宅部」

「でもヤミコちゃんは魔法少女に登録してないよね。中学生活が少し勿体ないと思うんだけど」


 確かに私の毎日には途中で寄り道する時間も、家に帰ってゲームで遊ぶ時間もなく、魔法少女として不測の事態に対応することもない。


「毎日の炊事洗濯掃除、妹の命令に従うには帰宅部じゃないと無理」

「えっと…安藤の家は、両親が忙しいのか?」

「んー…それ程でもない?」


 日が暮れれば父母は普通に帰ってくるし朝出かけるのも遅い。休日もしょっちゅう妹を可愛がっている。それに国内トップクラスの魔法少女の両親として、給料や勤務時間が優遇されているのだろう。

 その結果、家事の全ては私が担当し、その分の浮いたお金と時間を妹のミツコに注ぎ込んでいる。なのでお手伝いさんが家に来ることもないのだ。


「何というか、安藤の家ってすごいな」

「うっ…うん、私もそんな家庭、聞いたことないよ」

「別に普通?」


 物心がついてからずっとその状態で毎日を過ごしてきたのだ。自分の家ではない一般的な家庭の風景は、テレビや書物の中だけのことであり、そのどれもが自分の現実とあまりにもかけ離れているため、何処か遠い世界のことだと思ってしまっていた。


 おかげで家事は一通りこなせるようになり、体力もついた。遊びにも行けないので勉強に集中せざるを得ず、将来の受験対策もバッチリである。

 そんなことを考えていると、やがて高い壁に囲まれた豪邸が見えてきた。


「アレが私の家です。いらっしゃい、ヤミコちゃん」

「んっ…いらっしゃった」


 左右に開いていく大きな門をくぐり、高級リムジンは広々とた洋風な庭をゆっくりと走っていく。私はユリナちゃんの歓迎に短く答える。元々人と話すのが苦手なので、気の利いた挨拶など不可能なのだ。しかし彼女はとても嬉しそうな表情を浮かべている。


「実はお友達を家に招待するのは、ヤミコさんが初めてなんです」

「石川君は?」

「昔から家同士の付き合いがあったので、友達とは少し違いますね」


 そう言えば今日の教室でも、同じようなことを大声で言っていたことを思い出した。豪邸の庭をゆっくりと走るリムジンの中で、何となく不満気な顔で石川君がこちらに話しかけてくる。


「安藤って、本当に俺に興味がないんだな」

「んー…赤の他人よりは興味があるほう?」


 元々自分以外の何かに興味を持っても全てが妹に奪われる生活のため、深く知ろうという行動自体を無意識に避けるようになってしまったのかもしれない。

 それでも全くの他人よりは、石川君とユリナちゃんのことは気になってはいる。そんなことを二人に拙い言葉で説明すると、何故かすごく喜んでくれた。

 やがてリムジンが広々とした庭の奥に建つ豪邸の前で停まり、自動で玄関の大扉が開いた。


「ここから少し歩きます。行きましょう。ヤミコちゃん」

「安藤、行こう。どっ…どうぞ」


 先に降りた二人のうちの一人、石川君が若干顔を赤らめながらこちらに手を差し伸べる。私はその手と彼の顔を交互に見ながら答えを出した。


「一人で降りられる」


 私の答えにショックを受けたのか驚愕する石川君と、クスクスと笑うユリナちゃん、そしていつの間にかリムジンの周りに集まっていた。男女混合の大人たちも今の光景を見て、何かがツボに入ったかのように面白そうに笑い合っていた。


 やがて高級そうなビシッとした服装で身を固めた大人たちの中から、男性と女性の妙齢の一組が私に向かって進み出て、優雅に一礼を行う。


「どうも。ユリナの父です。ヤミコちゃん、よく来たね」

「私がユリナの母よ。いつも娘がお世話になっています」

「えっと…こちらこそ、どうもご丁寧に。ちなみにユリナちゃんとは今日始めて会ったので、いつもではない」


 会ってからそれ程時間は立っていないし、むしろお世話になるのは私のほうである。ユリナちゃんの家族が目の前の二人なら、あとは関係者かお手伝いさんだろうか。

 私も慌てて会釈を行い簡単な挨拶を返す。そのまま両親の二人に家の中に案内されたので、黙って従うが、何故か他の大人たちもゾロゾロと付いて来る。

 ちなみに石川君とユリナちゃんは、相変わらず私の左右を固めている。護衛か何かのつもりだろうか。


「早速に悪いんだけど、ヤミコちゃん。今ここで変身してくれないかな」

「えっ…ここで?」


 扉を開けて広いわりには机も椅子も何もない部屋に案内されたと同時に、ユリナちゃんのお父さんは突然そんなことを言い出した。

 周囲には石川君とユリナちゃんだけでなく、その両親と多くの大人たちがいる。私の異常に強いメンタルも、羞恥心には働かないのだ。


「まずは、ヤミコちゃんが本当に魔法少女かどうかを確かめないことには、話が先に進まないんだ。

 本当は確認は自分だけでいいんだけど、後々資料だけで知るよりも直接見たいって、皆が聞かなくてね」

「ヤミコちゃん、大丈夫よ。今この場にいる人たちは信用出来るわ」


 ユリナちゃんの両親がそう言うのなら、きっとその通りなのだろう。魔法省の偉い人のようだし、ここは素直に従うことに決めて、私は目を閉じて魔法少女への変身を強く願う。

 するといつも通りに黒い輝きが自分の全身を瞬く間に包み込んだ。


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