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友達

<ヤミコ>

 午前中の授業が全て終わり昼休みになったときに、私にとっての平穏な日常は決して訪れないのだと思い知らされた。


「ヤミコちゃん、一緒にお弁当食べよう」

「私は一人で食べるから、ユリナちゃんは他のお友達と食べて」


 魔法少女は人気者である。お友達になりたい人は大勢いる。その魔法少女が一年一組には何故か二人もいる。ちなみに自分も含めれば三人になる。

 ともかく私のように地味系ぼっち根暗女子生徒に声をかけなくても、他に一緒にお弁当を食べたがる生徒は大勢いるのだ。

 私は人気者であるユリナちゃんの誘いを断り、自分の席を立って人気のない場所を探すために、弁当箱と水筒を持って廊下に出ようと歩き出す。


「あっ…! 待ってよ! ヤミコちゃん!」


 何故かは知らないが、今日のユリナちゃんはやたらとしつこく感じる。いつもはすぐに仲のいい友達に囲まれて、ニコニコ笑顔でお弁当を食べ始めるはずなのだ。

 おまけに後ろの席に座っている石川君の様子もおかしかった。


「タツヤ! 一緒に弁当食べようぜ!」

「石川君! 私たちとお弁当を食べましょう!」

「悪い! 今日はちょっと用事あるから、俺抜きで食べてくれ!」


 爽やか少年の石川君も人気者で、いつもは和やかな雰囲気で多くの生徒たちと、そして妹のミツコと一緒にお弁当を食べているはずだった。

 それが何で二人揃って教室から廊下に出て、校舎の裏庭に向かう私の後を何も喋らずに黙って付いてくるのか。

 二人共、顔立ちやスタイル、そして性格や成績や家柄でもあらゆる分野で他人を惹きつけるので、やたらと目立つ。あちこちの生徒から注目を受ける今、ここで私が付いて来ないでと突き放しても、余計に悪目立ちしてしまうだろう。

 そのために無言で下駄箱で上履きから運動靴に履き替え、校舎から少し離れた裏庭のベンチに向かってトコトコと歩いて行く。


「何で付いて来た? 何もしないでって言った」

「わっ…私は、ヤミコちゃんとお友達になりたくて」

「俺もだ。ここまで知ってしまったのに、今さら引っ込めるかよ」


 木造のベンチにたどり着いた私は、ハンカチをポケットから出して自分が腰かける少し右側にそっと敷きながら、二人からの追求に呆れ果てていた。

 普通ならここは友情に感動して涙するシーンだろうが、過去に何度もその後に裏切られてきた私には、嬉しくはあるが到底そんな気持ちにはなれなかった。


「ありがとう。二人の気持ちは嬉しい。けど、私から距離を取ったほうがいい。自分と同じように標的にされるだけ」

「そんなこと出来ません! たとえ魔法少女じゃなくても、ヤミコちゃんを見捨てるなんて!」

「安藤! 少しぐらい頼ってくれよ! そりゃ俺はまだ子供だから、頼りに見えないかもしれないけどさ!」


 私は二人のためを思って言ってるのだが、こちらの話を聞く気はないようだ。しかしそれもいいだろう。最初は味方だと言った者も、皆すぐに離れていくのだから。そう割り切って考えれば、そこまで心は傷まなかった。

 取りあえずハンカチを敷いたベンチに腰かけて、昨日の残り物を詰め込んできた小さなお弁当を広げる。


「なら、もういい。とにかく今は、お昼が終わる前にお弁当を食べる」

「うんっ! ありがとう! うわぁ…ヤミコちゃんのお弁当美味しそうだね!」

「本当だな! やっぱり母親が作ったのか?」


 軽く手を合わせていただきますをして、会話を聞きながらお弁当の具材を箸で掴んで、小さな口に放り込む。

 横の二人は何故か端に腰かけている私を中心に、左右にわかれて取り囲んで座っている。ベンチの中央が空いているにも関わらず、この配置は明らかにおかしく思える。


「んっ…私が作った。でも殆どが昨夜の残り物」

「えっ? ヤミコちゃんが? これを全部?」

「あー…今思い出したが、安藤の妹も自分で弁当を作ってるって、自慢してたな」


 妹の自慢話にわざわざツッコミを入れることはないので、私はスルーして小さな弁当箱から口の中にオカズを順番に飲み込む。

 こちらが何も喋らなかったので、石川君とユリナちゃんは何となく事情を察したようで、無言で自分たちのお弁当を食べ始めた。


「石川君、ユリナちゃん」

「えっ?」

「何だ?」


 先程の質問の続きになるけど、私は食事を続けながらもう少し詳しく聞くことにする。


「私のことは置いといて、一緒にお弁当を食べる友達は?」

「癒やしの聖女が目当てで集まってきますので、正直に言うと気疲れするんです。別に皆からちやほやされたくて、魔法少女をやっているのではありませんし」


 家の妹は完全に他人からよく見られたくて魔法少女をしているので、ユリナちゃんの意見は意外に思った。むしろミツコのように欲望むき出しでやっている者のほうが、圧倒的な多数のはずだ。

 表向きは隠している者もいるが、魔法少女の九割以上は俗っぽい理由で活動していると断言してもいいだろう。


「たまたま魔法の力があったので仕方なく続けているだけです。そうしたらいつの間にか癒やしの聖女と呼ばれることになって。

 パパとママの娘なので、権力やお金目当てで寄ってくる人たちは見飽きてますしね」


 どうやら権力目当てですり寄って来る人たちはノーセンキューらしい。ユリナちゃんは義務的に魔法少女を続けているのだろうか。それでも二つ名持ちになってしまうのだから、きっと相当な魔法の才能があったのだろう。


「おまけに二つ名持ちが相手だと、普通の魔法少女も距離を置くか突っかかってくるかの二通りで。

 一般の人だとなおさら…だから私、ヤミコちゃんのように気軽に話せる同い年の女友達に、ずっと憧れてたんです」


 唐揚げを箸で掴んだまま硬直している私に、すごく眩しい笑顔で言い切ってくれた。あまりの事態に思わず目を白黒させてしまう。そして唐揚げが箸の隙間から元の弁当箱へポトリと落ちる。


「私も本当は権力やお金が目当て」

「それは違います! だってヤミコちゃんは何度も私たち二人に、苛めの標的になるから近寄らないようにと教えてくれました! 普通なら黙っていますよ!」


 何だかすごい勘違いしているようだけど、私は別にいい人ではない。ただ面倒事が嫌いなだけだ。

 二人に忠告したのも放課後になる前に決裂してしまっては、法律違反を回避することが困難になってしまうという下心があってのことだ。誰が好き好んで雲の上の人たちとお友達になりたいものか。ただの地味子である私には明らかに荷が重い。


 ともかく地味系根暗女子生徒の私は、純粋な好意を向けられるのには慣れていないので、どうしたものかと助けを求めるように隣の石川君を見つめると、彼は驚き戸惑うように若干顔を赤らめながらも、こちらの意図を理解して話題を変えてくれた。


「おっ…俺の場合は、安藤と友達になりたかっただけだ!」

「それだけ?」

「それだけだ!」


 それからしばらく待っても、石川君からは次の言葉が出てこなかったので、本当に友達になりたい以外の理由がないらしい。しかしこんな地味系根暗ぼっちと友達になりたいなんて、二人共随分と変わった人のようだ。

 そしていつの間にか石川君は自分の弁当を食べ終えて、こちらの小さなお弁当箱を物欲しそうに眺めていることがわかった。


「食べる?」

「いっ…いいのか?」

「二人で他のクラスメイトを引きつけてくれたお礼」

「それはあまり嬉しくはないけどな。でもまあ、ごちそうになるよ」


 もう殆ど食べ終わっていたが一割ぐらいはおかずが残っていたので、お弁当箱ごと石川君に渡すと、彼が嬉しそうに自分の箸を使って食べ始めた。


「これは美味いな!」

「そう? 殆どが昨日の残り物」


 唐揚げの他の何品かは朝方に用意したものだが、それ以外は殆どが昨日の残り物だ。他人に食べてもらうにはかなり恥ずかしいけど、もし喜んでもらえたのなら言いようのない嬉しさを感じてしまい、照れ隠しで言い訳じみた言葉を返す。


「ごちそうさま! とても美味しかったよ!」

「んっ…お粗末さま」


 いつの間にか石川君だけでなく、ユリナちゃんもお弁当を食べ終わっていたようで、私たち二人のやり取りを微笑ましそうに眺めていた。私は彼に渡していたお弁当箱を返してもらい、ベンチから立ち上がる。

 校舎から少し離れているせいで昼休みに人は殆ど来ないが、移動に時間を取られるので、ゆっくりし過ぎると午後の授業が始まってしまうのだ。


「それじゃ、私は先に戻る。二人は後から来て、それとも先に教室に行く?」

「えっ? 一緒に戻ればいいんじゃないか?」

「そうですよ。私もヤミコちゃんと一緒がいいです」


 相変わらずグイグイ来る二人に戸惑うものの、私はため息を吐きながら説明を行う。


「私と関わると…」

「俺たちも標的になるんだろ? それがどうかしたのか?」

「大丈夫ですよ。私は今までの人たちとは違いますから!」


 それがわかっていながら石川君とユリナちゃんは一緒に教室に戻ろうと言う。今まで一時的に味方になり、すぐに敵に変わった人たちと何処が違うのか、私には見分けがつかなかった。しかし、これ以上の説得は時間の無駄だということは理解した。


「わかった。…一緒に戻る」

「そう来なくっちゃな!」

「はいっ! ヤミコちゃんと一緒で嬉しいです!」


 数日後には二人も一緒に私を責めているだろうけど、こちらの反応が薄ければそのうち沈静化するのだ。私は諦めにも似た境地で空になったお弁当箱と水筒を持って、校舎の裏庭から三人で教室に歩いて向かう。

 こちらからは別に喋ることはないが、石川君とユリナちゃんは何が嬉しいのか歩きながらも積極的に話しかけてくる。


「そう言えば安藤は、この間のテストどうだったんだ?」

「どうもこうもない。いつも通り全教科平均以下」

「ええっ! あっ…平均以下ですか!? もしかしてヤミコちゃんは勉強が苦手なんですか?」


 私は帰宅部でも運動はそれなりに出来て、勉強の予習復習は毎日きちんと行っているので、平均点を上回るぐらいなら余裕なのだが、これには理由があった。


「確かに俺ももう少しで平均以下になりそうなのが、一つか二つはあったな」

「テストで思い出しましたけど、ミツコちゃんが赤点ギリギリの答案用紙を持って、嘲笑しながらクラス中に見せびらかしていたのは…」

「んっ…それは私の答案用紙」


 姉よりも高い点数を取って皆に自慢するのが習慣化しているので、昔からテストが終わるたびにそうやって晒し者にされているのだ。


「えっと…安藤、もしよかったら俺が勉強を教えてやろうか?」

「そうですよ。ヤミコちゃん。このままじゃ絶対にいけませんよ」

「必要ない」


 二人は徐々に距離を詰めて、何とか私に勉強を教えようと説得を重ねるが、本当に必要ないのだ。いつの間にか壁際まで追い詰められて身動きが取れなくなった私は、さっさと話題を切り上げて教室に向かうべく、小声で真相を告げることにした。


「アレは妹よりも高い点数を取ると怒られるから、わざと空欄にして提出しただけ」

「はぁっ? それって、本当はもっと高得点が取れるってことか?」

「多分」


 実際に試したことはないが、宿題では普通に解答欄を埋めて提出しているので、三年後に一般の高校を受けるぐらいなら辛うじて合格出来るはずだ。

 呆然としている石川君に続いて、ユリナちゃんが追撃を加えてくる。


「あの…ヤミコちゃん、もしかして運動もですか?」

「そう」


 毎日の家族全員分の炊事洗濯掃除と、妹やその他取り巻きたちにより長距離移動の使いっ走りにより、帰宅部でも体力はそれなりにあるはずだ。

 ただし中学校では目立って標的にならないように、妹の影に隠れて大人しくしているのだが。

 私は完全に動きが止まった二人の包囲からスルリと抜け出して、無言で教室へと向かう。三年間はとにかく目立たないようにやり過ごすことが目標である。廊下に居る間に石川君とユリナちゃんの美人コンビと離れられるのは僥倖であった。


「それじゃ私は先に行く」


 そのまま身軽な動きで一年一組を目指して早足で歩く。私は他の生徒から注目を浴びることなく教室の扉を開いて自分の席に向かうが、着席した途端に教室内に居た妹とその取り巻きがこちらに歩いて来た。


「ちょっと姉さん、昼休みに石川君と卯月と一緒に居たようだけど、アレは何!?」

「何で地味子と一緒にいるのよ! おかしいでしょう!」

「そうよ! こんな根暗にサッカー部のエースの石川君が!」

「癒やしの聖女は光の聖女に並ぶ中学のアイドルなのに! ボサ髪メガネ女が出しゃばるんじゃねえよ!」


 我ながら散々な言われようだけど、毎度のことなのでいい加減に慣れてくる。何より私のメンタルは異常に頑丈に出来ているらしく、過去何年もそういった標的にされ続けてもこれっぽっちも堪えないのだ。何となく面倒だなとは思うが、辛い、苦しいとは一切感じていない。

 むしろ言うことに素直に従っていれば、それ以上の面倒事には巻き込まれないと、変な意味で学習してしまっているのかもしれない。


「たまたま向かう先が同じだっただけ。二人とは何もなかったし、詳しいことは何も知らない」


 まさか事情を洗いざらい話すわけにはいかないので、適当に誤魔化そうとするが、これで済むなら何年もの間、苛めの標的にされていない。今は早く午後の授業が始まってくれるのを祈るだけだ。案の定、妹からの追求が厳しくなる。


「二人共姉さんを追ってたように見えたけど? 何か隠してるんじゃないでしょうね」

「何も隠してない。本当にたまたま目的地が同じだっただけ」

「確かに冷静に考えれば、地味で根暗で勉強も運動も駄目な姉さんに付きまとう理由は、何もないわね。それに昨日の下校は一緒じゃなかったようだし」


 口元に手を当てて考え込む妹の様子に、周囲の取り巻きも落ち着いてきたのか。こちらに喋りかけるのを止める。このまま追求が終わってくれればいいのだけど。

 やがて授業開始のチャイムが鳴ると同時に、石川君とユリナちゃんが慌てて駆け込んで来て、ミツコと取り巻きたちもそれぞれの席に向かう。どうやら無事に乗り切ったようで私はホッと息を吐き出した。











 本日全ての授業が終わって放課後になったため、茜色の空の下で皆はそれぞれの部活に行き、当番の人だけが残って教室の掃除を行う。そこに石川君とユリナちゃんが約束通りに誘いに来た。


「今日の部活を欠席することは伝えてきたし、放課後になったから早く行こうぜ」

「ヤミコちゃん、目立たないように裏門に停めて来たからね。…そろそろ」

「教室の掃除が終わったら行く」


 そう言って私は大きな箒を用具入れから取り出して、教室中の掃き掃除を開始する。その様子に二人が驚いたように、慌てて声をかける。


「安藤一人だけでか? 他の掃除当番の奴は?」

「えっ? ヤミコちゃんの当番の日、ずっと先だよね?」

「私に変わって欲しいと言われた。そして掃除当番の人たちは皆帰った」


 石川君とユリナちゃんは真面目で人当たりもよく、自然に人が集まってくるので掃除当番もスムーズに進められるのだろう。逆に地味で根暗で口下手な自分には、当番の押しつけ先としてちょうどいいということだ。

 絶句している二人を無視して、私は掃き掃除を始める。


「終わるまで待ってて」

「ごめん。俺…こんなことになってるなんて、知らなくて」

「私もです。ヤミコちゃんを手伝いたいのですが、どうすればいいでしょうか?」

「んー…石川君は黒板消しを綺麗にして。ユリナちゃんは一緒に掃き掃除をお願い」


 手伝ってくれるのなら別に断る理由もないので、遠慮なく指示を出す。

 そのまましばらくの間、三人で教室掃除で行うと、当たり前だが自分一人よりも遥かに早く終えることが出来た。


「私がゴミ捨てて来る。二人は先に裏門に行ってて」

「安藤、それなら俺が捨てて来るから」

「わっ…私が行ってきます」


 最後のゴミ捨ては私が済ませるのが習慣化していたので、いつものように塵取りで集めたゴミをひとまとめにして、裏のゴミ捨て場に持っていこうとしたら、二人が指定のゴミ袋を奪い合うように手で掴んできた。しかしこのままだといつまでも先に進まないので困ってしまう。


「わかった。学生鞄とゴミ袋を持って、捨てたらそのまま裏門に行く」

「よっしゃ! それじゃゴミ袋は俺が持つぜ!」

「ずるいよ! タツヤじゃなくて私が!」


 そんなに掃除がしたかったのだろうか。私が持たなくてもいいなら楽だしそれでいいが、一つのゴミ袋を仲良く取り合う石川君とユリナちゃんを、茜色の夕日が差し込む教室で微笑ましく眺めていたのだった。


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