覚醒
<ヤミコ>
急いでいたので石川君に伝えてなかったことが二つある。
一つ目は告白の返答だ。地味子の私と御曹司の石川君では、とてもではないが釣り合いが取れない。
私としては本気で思ってくれる男の子が目の前に現われて、とても嬉しい。
だがきっと石川君のお父さんとお母さんは、二人の交際を絶対に許さないだろう。安藤家のことはいいのだ。どうせ高校入学と共に疎遠になるか、私の存在が重荷だと感じれば、不利益になる前にすぐに捨てるだろう。
自分から逃げ出すつもりはないが、そうなれば自由が手に入る。もっとも、名家が家なき子である私と彼の恋人関係を認めてくれはしないだろうが。
とにかく返しとしては、安藤家の事情と私の本心を上手に伝え、なるべく失恋のショックが少なくなるように丁寧にお断りさせてもらうしかない。
そして二つ目は魔法少女の体がやけに軽いことだ。何かが変わったのは、レッドドラゴンを討伐して本体に戻ってからだろう。妙に体が火照っていたのはてっきり暑さのせいかと思っていたが、あの時に微かに魔力の流れを感じた。
何故そうなったかという原因は不明で解明する時間もないが、今はありがたかった。
少なくともカテゴリー4のエンシェントドラゴンと戦う時には、平均以下の魔法少女よりも、平均に近い魔法少女のほうが勝率が上がるのだ。その差はほんの僅かかもしれないが、ないよりはあったほうがいい。
そんなことを全世界の魔法少女とそれ以外の人々が見守る中、エンシェントドラゴンと空中で相対しながら考えていたのだった。
こうなった原因は、私の魔法少女としてのパワーアップがあまり桁違いだったために、まだ上手く力を制御出来なかったせいだ。
石川君の実家からハワイ沖に向かうべく、自分としては普通に飛行魔法を使ったつもりなのに、現実には亜光速で移動したため、瞬時に目的地に到着した。
なので思考を整理する暇がまるでなかったのだ。確かに急いではいたが一秒もかからずにたどり着いては、決戦前の余韻も心構えもあったものではない。色々な意味で台無しである。
その証拠に魔法少女たちだけではなくエンシェントドラゴンまでも、お呼びでない私の出現に思いっきり驚愕している。先程から攻撃の手が完全に止まり、両者に全く動きがないのもそれが原因だろう。
しかし今回のパワーアップで私の飛行魔法だけは、他の一般的な魔法少女よりも少しだけ上になった気がする。ならばその利点を活かして魔物を撹乱するのが、正しい戦い方のはずだ。
カテゴリー4の魔法障壁はレッドドラゴンを遥かに越えているため貫けるか心配だが、ものは試しである。相手が混乱から立ち直る前に攻撃を仕掛けるのだ。
私は漆黒の翼に少しだけ魔力を送り、身体強化した自分でも対応できるだけの低速になりますようにと強く願う。
「これで多分、殺れる」
エンシェントドラゴンを目視で捕らえたことを確認し、私は翼をはためかせて急上昇して魔物の視界から逃れる。魔法で全身を強化しているため生身の人間よりも体感速度とか色々な意味でおかしくなっているが、真下の金色トカゲが目の前の私を見失ったことで驚いていることはわかる。
そのままいつもの黒光のロッドを呼び出し、先端に魔力を込めて黒い輝きを槍の形に固定し、隙だらけの魔物の背中に向けて今度は急降下攻撃を行う。
「んー…魔法障壁は貫ける?」
急降下した私によって、見事にエンシェントドラゴンの背中に黒光の槍が突き刺さった。いとも簡単に魔法障壁ごと金色の鱗を貫けてしまったのだ。
障壁も鱗も薄紙程の抵抗すら感じずにあっさり串刺しに出来たので、やっぱり魔法の武器は凄い。このロッドがなければ私の戦闘力など底辺以下なのだから。
そして今の攻撃が痛かったのか、金色の魔物は空中で身じろぎする。しかし簡単に振り落とされるようなやわな身体強化魔法を使ってはいない。物凄く痛そうにのたうち回っているように見えるのは、相手があまりにも巨大なためにそう感じるだけである。
このまま爪楊枝のようにチクチク刺し続けてもいいが、それでは致命傷を与えるのは難しそうなので、一旦背中から離れて距離を取ることにする。
再び空中で少し離れて対峙する私と金色トカゲに、もはや観客同然となった全世界の魔法少女と大人たちは、一言も喋らずに黙って成り行きを見守る。
私的には何故支援攻撃を行ってくれないのかは謎だが、先程まで全力で攻撃していたので、疲れてしまったただめだと結論づける。
少ない魔力でエンシェントドラゴンの魔法障壁と金の鱗を簡単に貫けたのも、大勢の魔法少女が力を合わせて大幅な弱体化をしてくれた証拠だろう。
つまり今私が行っていることは最後の一押しなのだ。何だか見せ場を取ってしまったようで申し訳ない気がするが、皆が疲れているなら仕方ない。ここはせっかくのチャンスを有効に使わせてもらうことにする。目立つ目立たないではなく、魔物が弱体化から立ち直り、世界が滅んでは元も子もないのだ。
「上空に魔力反応?」
油断せずに私を睨むエンシェントドラゴンが空高く舞い上がり、何やら唸り声をあげたと同時に、魔力の流れを感じたのでさらに上を見ると、金色の光で作られたナイフのようなものが浮いており、次々に数が増えていくのを確認出来た。もしかして、アレを全部落とすつもりだろうか。
海の上には精根尽き果てた各国の無防備な魔法少女と大人たちがいる。いくら大弱体化している魔物の攻撃でも、今だけは防げないだろう。
「チェリーウッド」
緊急回避用として先に私の魔法が完成し、海面から無数の黒い桜の木が生え、それぞれが急激に成長していく。
やがてエンシェントドラゴンの魔法も完成したのか、空に浮いていた光のナイフが無差別に落下してきたが、そちらは全てチェリーウッドの枝葉を伸ばして受け止めようと試みる。
「多少傷ついても再生するから平気」
元がとんでもなく巨大な木なので細い枝が多少折れたり幹に穴が開いたところで、また脇芽を伸ばしたり隙間をカバーすればいいのだ。私もちゃっかり大樹の影に避難する。
しばらくの間、金色のナイフが降り注いでチェリーウッドに当たっては大爆発を繰り返すのを、ドキドキと緊張しながら黙って見守る。
大樹の再生速度を上回った場合は打つ手がないが、今はそうならないことを静かに祈るのみである。
激しい爆発音がハワイ沖に響き渡り、もうもうとした煙が海面に立ち込めるが、やがて音が止んで大きな魔力反応も私とエンシェントドラゴン以外に感じなくなったので、枝葉の影からひょっこり顔を覗かせて、キョロキョロと周囲の確認を行う。
「んー…無傷?」
チェリーウッドは枝の一本も傷ついた様子がなく、大勝利とばかりに満開の黒桜の花まで咲かせていた。それだけ他の魔法少女の頑張りが凄かったのだろう。大弱体化しているエンシェントドラゴンは、上空からまるで信じられないものを見るように私を見下ろしている。
何とかなったと一安心して、私は全てのチェリーウッドを解除する。だがこれ以上戦闘が長引けば被害が増える可能性がある。何しろ相手は広範囲魔法を使えるのだ。
幸いなことに魔物は私よりも上空にいるので、こちらから攻撃する場合は被害を気にする必要はなさそうだ。前回のような魔力レーザーを使ってもいいが、高速飛行であっさり避けられる可能性がある。
「呼んじゃおうかな。…神様」
困った時の神頼みと言うが、実際に召喚するのは多分私が初めてだろう。パワーアップする前でも短時間の使役なら大丈夫だという感覚は持っていたが、今は何故かはわからないが気楽に呼び出せる間柄になった感じがする。
それに向こうも早く呼んで欲しがっているような、そんなオーラがヒシヒシと伝わってくるのだ。
「わかった。今すぐ召喚するから待ってて」
こちらがはっきりと気持ちを察したせいか、露骨に催促するかのような雰囲気が強くなったので、ロッドに魔力を集中して空中を叩くように振り上げ、スナック感覚で魔法少女の神様を適当に召喚する。
瞬間、巨大な魔法陣が私の真下に現われ、地水火風光闇の全属性色が、まばゆいばかりの輝きを放つ。
そして光が収まったときに魔法陣の中央に立っていたのは、金色の美しい髪をなびかせて純白の羽をはやし、白のローブを身にまとった人間離れした美貌を持つ、一人の少女だった。
「ようやく呼び出してくれましたね」
「貴女は?」
召喚の魔法陣が外側からゆっくりと消え、周囲には私と金髪の天使だけになる。上空にはエンシェントドラゴンがいるが、今の所攻撃してくる様子は見えない。むしろ何かを恐れているようにさえ感じる。
「私には決まった名前はありませんので、貴女の好きなように呼んくれて構いません」
「じゃあ、神様」
実際に全ての魔法少女に魔力を送っているのはこの天使なんだと、召喚してはっきりとわかった。ならばそれに相応しい名前を付けなければいけないだろう。だからこそ神様なのだ。
「あの、もう少し名乗りやすい名前をお願い出来ませんか?
それと出来れば、黒猫ちゃんが親しみを感じるような」
「何故、そこで私?」
注文の多い神様に少し驚くが、私が答えを返すよりも先に、エンシェントドラゴンがこちらに向けて口を大きく開け、ブレスを吐く構えを取る。
地上に近いこちらが先手を取られるわけにはいかない。一点突破の火力の場合、チェリーウッドで防げるかどうかわからないのだ。
「その前に、あちらを始末しますね」
神様がそう言いながら白い光を半透明の槍に変えて、金色のトカゲに体を向けると、自然な流れで投てきを行う。
すると最初は人間サイズだった光の槍が勢いを増しながらみるみる大きくなり、エンシェントドラゴンに届く頃には高層ビルのサイズに変化し、カテゴリー4の魔物を真下からあっさりと貫いた。
流石に巨大な槍に貫かれては無事では済まなかったのか、即死した金色のトカゲは海面に向けて落下していく。そこで私は慌てて黒の鎖でエンシェントドラゴンを捕獲して、その後ゆっくりと海面に沈めていく。あんな質量が勢いのままに海面に落下したら、周囲の船舶の被害がとんでもないことになりそうなのだ。
「やっぱり優しいですね」
「私は優しくない」
私が頑張るのは自分のせいで他人に迷惑をかけるのが嫌だからだ。それでも神様は何か眩しいものを見るように、私に向かって優しく微笑む。
「私の役目は終わった。家に帰る。神様も、もう帰って」
「えっ? ちょっと待ってください。せっかく現界出来たのに、私の役目これだけ?」
私は黒い翼をはためかせて石川君が待つ家に飛び立つ。今度は速度調整を失敗しないように、それなりの速さで空中を移動する。そして何故か神様も送還せずに、隣にピッタリと付いて来る。
「別にいいですけどね。ヤミコちゃんの役に立てるのなら私はそれで。出来れば次は協力したお礼に、手料理を食べさせてくれるとありがたいですね」
「んー…確かにお世話になった。次は石川君のマンションで呼ぶから、こっそり来て」
十分に皆から離れて魔法障壁の内部なので、正体がバレる必要がなくなったからと、神様は呆れ顔をしながら、こちらの本名を遠慮なく口に出す。
一度目はとんでもなく大きな召喚魔法陣だったが、二回目以降なら消費魔力も少なく小さくなるはずだ。あとは彼女の協力次第でもう少し削れそうである。
「あのー…ちなみにヤミコちゃん、使い魔は召喚主に絶対服従だとわかっています?」
「別に今は神様にお願いしたいことはない」
もっと困った時に、あらためて何かをお願いすればいい。カテゴリー4の魔物をやっつけた今、他に頼む要件は思い浮かばないのだ。
「だからお願いじゃなくてすね。しかし本当に優しい子ですね。だからこそ、私も直接手助けしたくなったのですが」
「そろそろ到着する。神様ともそろそろお別れ。魔物討伐を手伝ってくれてありがとう」
まだ何か話したそうにしていた神様だが、今は自分の案件を処理するのが最優先だ。その際に彼女が手伝えることは、多分ない。石川君の実家が見えてきたので少しずつ高度を下げ、旅行中に割り振られた自分の部屋の前にスムーズに着地する。
「おかえり。ヤミコ」
「ただいま。タツヤ君」
彼はまだ起きていたのか、ガラガラと窓を開けて優しい言葉をかけてくれた。私は魔法少女からただの地味子に戻り、空気を読んで上空で待機してくれていた神様も一緒に送還する。
何とか大弱体化したエンシェントドラゴンの討伐は出来たが、今からそれより難しいミッションを行わなければいけないのだ。どうすれば石川君やその家族に角が立たないように自分の本心や安藤家の事情を告げて、穏便にお断りしてもらうか。
私は気を重くしながら、大きく溜め息を吐くのだった。