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告白

<タツヤ>

 安藤が風呂場で倒れたと聞いたときは、心臓が止まるかと思った。幸いなことに命に別状はなかったが、俺も皆も黒猫の魔女になりさえすれば回復するから平気だと、心の何処かで油断していたのかも知れない。

 普段の安藤は色々と規格外ではあるものの、中学一年生の少女に過ぎないのだ。

 そんな彼女は今、遠方から呼び出した医者の診断を受けて、個室の布団で濡れタオルをおでこに乗せ、浴衣を緩く着せられた状態で静かに眠っている。どうやら精神的な疲労と熱中症が重なったため、入浴中にのぼせて気を失ったとのことらしい。


 俺やユリナの両親も数分前まで付きっきりで看病していたが、レッドドラゴンの処理が溜まっているので渋々仕事に戻っていった。今この部屋に居るのは、俺とユリナとホノカの三人だけだ。家政婦は気を利かせたのか廊下に待機し、何かあればいつでも呼んくださいとのことだ。


「お医者さんが言うにはヤミコちゃんは夜には回復して、目を覚ますとのことです」

「彼女には休息が必要だ。この機会にゆっくり休ませてやりたいな」

「そうだね! 私たちはヤミコちゃんに頼りすぎてたのかも! えっ…あれ? また電話?」


 ようやく一息ついたと思ったところに、ユリナとホノカの携帯が微かに震える。二人一度に連絡が入るということは、ゲート絡みの事件の可能性が高い。カテゴリー3のレッドドラゴンを倒したばかりだというのに忙しいことだ。

 現在は安藤がダウン中だが、今までは彼女の助力なしで乗り切ってきたのだ。今回もきっと大丈夫だと、俺はそう思っていた。


「カテゴリー…4らしいです」

「はぁ? 冗談だろう?」

「まだ魔物は現われてはいませんが、太平洋上空に過去最大のゲート反応を感知したとのことです。

 今回は相手が強大なために出現まで相応の時間がかかると想定し、全世界の魔法少女を招集して準備を万全にするとのことです」


 地球の危機なので国同士が手を取り合って対処しましょうということか。各国のしがらみが色々とあるだろうが、カテゴリー4が相手ではそうも言っていられない。


「私たちもすぐに出発します。タツヤ君、その間ヤミコちゃんをお願いします」

「ちょっと待てよ。この状況でヤミコちゃんなしで行くのか?」


 俺だって本当はこんな状況の彼女を行かせたくないが、そうも言っていられない。ここで躊躇えば世界が滅ぶかどうかの瀬戸際なのだ。しかしユリナは悲しそうに首を振った。


「こんな状況だからです。万全の状態でないヤミコちゃんの力を頼った結果、もし討伐が失敗したら?」

「そっ…それは」


 現状の最高戦力である彼女が精神的疲労が原因で討伐できなかった場合、確実に魔物に向けて核の雨が降り注ぐことになるだろう。だがそれでも俺は、通常の軍がカテゴリー4の魔物を倒せるとは思えなかった。

 辛うじて生き残った魔法少女や大人たちが核の炎に焼かれ、人類の被害と混乱が拡大するだけだ。


「だからこそヤミコちゃんを温存して、万全の状態で戦って欲しいのです。でも本人が嫌がったら、その時は潔く諦めますけどね。

 私には嫌がるヤミコちゃんに、世界を守るために命がけで戦って欲しいなんて、とても言えません」


 最後の言葉に悲しそうな微笑みを浮かべるユリナに俺も共感する。今までの安藤の人生を振り返ると、よくこれで人を嫌いにならずに世界を憎まず、魔法少女の力で全てを捻じ曲げて滅ぼそうと思わなかったものだと、そんな感想しか抱けないのだ。

 それぐらい会う人の全てが、彼女のことを病的にまでに追い詰めて、事あるごとに叱責を続けてきた。


「もちろん私たちも黙ってやられるつもりはありません。全世界の魔法少女が力を合わせれば、カテゴリー4の魔物を倒せるかもしれません」


 あくまでも希望的観測であるが、確かにその可能性はある。俺も世界中が手と手を取り合えば、どんな危機的状況だろうと打開できると信じている。


「もっとも、実際に戦ってみないことに何とも言えませんけど。とにかく私たちは行きますね。ヤミコちゃんには…すいません。かける言葉が何も思いつきません」

「わかった。俺から二人のことを伝えておく。気兼ねなく行って来い」

「はいっ、ありがとうございます。ではホノカちゃん、行きましょうか」


 もしかしたらこれが最後の会話かもしれないのだが、少女の二人はこれで人生悔い無しとは絶対に言えない。まだまだやりたいことや叶えたい願いが、山ほどあるだろう。

 しかし、そんな状況でも恐怖も感じずに、かつてない程の絶望的な強敵に挑めるのは、魔法少女という特殊な人間だからだ。


 俺は窓を開けて庭に出て、魔法少女への変身を終えた二人を黙って見送ると、こちらに視線を向けて悲しそうな表情をしたまま飛行魔法を使う。何度か翼をはためかせると、あっという間に空の彼方に見えなくなってしまった。


「行ったか。はぁ…タオルの水が温くなってるな」


 二人のことを伝えておくとは言ったものの、今の俺は頭の中がグチャグチャで、何を話したらいいのかがまるでわからない。黙々とタオルを洗面器の水につけてギュッと絞り、また安藤のおでこに優しく乗せる。彼女は何も知らずにスヤスヤと眠りこけており、そんな安藤を見ていると、本当にカテゴリー4の魔物が現われるのか。実は全て嘘なのではないのかと楽観的に考えたくなってしまう。

 しかしユリナとホノカが悲壮感を漂わせながら飛んでいったことから、誤報の可能性は極めて薄く、もしかしたら寝込んでいる安藤を叩き起こして、無理やり参加させろと大勢が怒鳴り込んで来るかもしれないが、幸いなことに家の周りは静かなままだった。きっと両親が水際で止めてくれているのだろう。

 そのまま時々氷水を変え。無言で彼女の看病を続けていると、窓から覗く広い庭がいつの間にか夕闇に包まれていることに気がついた。


「電気つけるか」


 暗くては個室を歩きにくいので、吊り紐を引っ張って室内灯の電源を入れ、ついでに壁掛けテレビをつけてニュース番組にチャンネルを合わせる。音量は安藤を起こさないために小さくしておく。











 日本の中央作戦司令本部を、東京の巨大なビルを丸々貸し切って設営したことで、既に多くの取材陣が入っているようだ。

 壁には大画面モニターが設置されており、現地での戦場カメラマンの撮影映像が映し出されている。当然テレビカメラもそちらのモニターに注目する。

 映っているのは雲ひとつない夜空と、満月に照らされた一面の静かな海、多数の軍艦や船舶、そして巨大空母の上に整列する、色鮮やかで個性的な各国の美しい魔法少女たちの姿だ。


 現場のレポーターが言うには、事前の作戦説明は既に済ませており、後は状況次第でそれぞれの魔法少女が臨機応変に対処するとのことだ。

 安藤のように念話で考えを直接伝えるならまだしも、実際には言語の壁がある。しかも未知で強大な魔物との乱戦時に、状況に応じた的確な指示を飛ばすなど行えるはずがない。

 大本営の放送のカメラが各国の空母の上を順番に移動する。その中にふと知っている顔を見つける。国内トップクラスの魔法少女である安藤ミツコだ。

 彼女も自分を映すテレビカメラを見つけたのか、嬉しそうに駆け寄って来るのがわかる。そして何を思ったのか堂々と声をあげる。


「カテゴリー4の魔物はこの光の聖女が倒してあげる。だから皆は何の心配もいらないわ。

 それに他にも大勢の魔法少女が勢揃いしてるしね。今回黒猫の魔女ちゃんの出番は一切ないわ」


 胸を張ってそう答える安藤の妹に、現場のレポーターも混乱しているようで、何か話題を変える対象を探し、やがてそれを見つけたのかパッと場面が変わり、またしても俺の知っている少女たちが画面に映し出された。

 彼女は確かナツキという名前で、安藤の友人だったはずだ。


「えっ? 今回の戦いに対する意気込みですか? 黒猫ちゃんが体調を崩してると聞いて心配ですけど、代わりに私たちが一生懸命…」

「だから黒猫の魔女は仮病よ。仮病。カテゴリー4の魔物に怯えて逃げたのよ。

 全く、魔法少女の風上にも置けないわよね。まあでも、このアタシが一人いれば、何の心配もないんだけどね」


 ナツキの心配そうな言葉を遮り、またしてもカメラの前に横からしゃしゃり出てきた安藤の妹に憤りを感じるが、こんな女を守るためなら、現在目の前で寝息をたてている彼女が無理に戦う必要もないかと思えてしまう。

 ふと気づくとホノカやユリナも同じ空母に乗っており、周囲の魔法少女と同じように呆れた顔で光の聖女を眺めていた。

 こんな危機的状況にも関わらず、いつも通りの高飛車でいられる彼女は、ある意味大物かも知れない。









 しばらくの間、空気が重く、張り詰めるような緊張感の中、静かな海のさざ波の音を聞きながら、ゆっくりと時間が過ぎていき、やがて最初に空に変化が起きた。


 満月がヒビ割れるかのように空間の一部に穴が開き、最初は爪、次に顔、次に胴体と順番にこちら側に移動し、一匹の異形の魔物が姿を現したのだ。

 テレビで過去に何度が見た、カテゴリー3のドラゴンに似ているが、それよりも遥かに巨大であった。

 テロップを読むと、どうやら今回の魔物はエンシェントドラゴンと呼称するとのことだ。圧倒的な巨体で金色の鱗を身にまとうそれは、地球のどの生物よりも美しいと思ってしまいそうだが、こいつ世界を滅ぼすのだから今の俺には恐怖以外の感情は抱けない。


 そしてヒビ割れから全身を外に出して、周囲をキョロキョロしながら何度か匂いを嗅ぐような動きをしたかと思うと、やがて残虐な笑みを浮かべて、目の前の魔法少女たちに視線を向ける。

 その瞬間、各国の言葉で作戦開始が告げられ、ありとあらゆる属性魔法の雨あられが、金色のドラゴンをめがけて四方八方から襲いかかった。


 魔法少女たちの攻撃を甘んじて受け、出現した場所から動かずに空中に留まるエンシェントドラゴンは、余裕すら感じる。

 他のドラゴンは皆高速で移動できるので、飛んで避けるという手段も使えたはずだ。しかしそれを行わないということは、この程度の攻撃は避ける必要すらないと考えたからだろう。

 テレビ画面は金色の魔物から視点を変えずに、魔法障壁に阻まれて派手な光と爆発音を響かせている状況を、淡々と放送し続けている。


 恐らくはこの攻撃が止まった後から、一方的な蹂躙がはじまるのだろう。皆もそれに内心で気づいているのか、表情に焦りを浮かべながらも攻撃の手を一向に緩めない。

 そんなとき、布団にくるまって寝息をたていたはずの安藤が少しだけ身じろぎをして、小さく呟いた。


「んー…何の音?」

「悪い。テレビの音が大きかったか?」


 確かに無数の爆発音が鳴り響く戦場では、テレビの音量を小さめにしていても、普通に聞こえるほどの大きさになってしまう。安藤は目を開いた後、彼女は自分のおでこに乗っている水タオルに気づいて、それを両手で持って横の洗面器にそっと移す。


「気にしないでいい。それより、タツヤ君が看病を?」

「ああそうだ。と言っても定期的に氷水のタオルを交換する以外、大したことはしてないけどな」


 ありがとうとお礼を告げた安藤は、掛け布団を退けて半身を起こし、キョロキョロと周囲を見渡した後、次に少し音量を下げたテレビ画面に視線を向ける。


「皆はあそこに?」

「そうだ。カテゴリー4のエンシェントドラゴンがハワイ沖の上空に現われて、現在全世界の魔法少女を招集しての作戦行動中らしい」


 テレビを見ると今なお激しい攻撃を続行中ではあるが、魔法少女の中には全く効果がないことで心が折れたのか、絶望の表情を浮かべてへたり込んでいる者も何人か出始めている。

 俺は次にもう一度安藤を見ると、彼女はいつの間にか黒猫の魔女に変身していた。


「行くのか?」

「うん」


 何の迷いもなく死地に赴くことを告げる安藤に、看病以外に何もしてやれない自分が悔しくて堪らない。


「疲れてるんだろう? まだ休んでいてもいいんだぞ」

「皆頑張ってるし、もう治ったから大丈夫」


 またそうやって他人を助けるために無理をしようとするのだ。躊躇なく戦場に向かう彼女をどうすれば止められるのか、俺は真剣に考えてしまう。

 安藤がエンシェントドラゴンに立ち向かって、もし死んでしまったらと想像すると、自分の心が張り裂けそうな程に痛くなり、思わず感情を荒らげてしまう。


「それでも、今回ばかりは生きて帰れないかもしれないんだぞ!」

「大丈夫」


 俺が一度吐き出した感情はもう止められなかった。しかし安藤は、それをいつも通りの無表情で黙って受け止めてくれている。


「何が大丈夫なものか! 無茶ばかりして!

 俺にはいつも遠くから見ていることしか出来なかったけどな!

 もし今回の討伐で失敗したらと思うと、心配で堪らない!

 何より俺は、そんなヤミコのことが大好きで、何処にも行かせたくないんだ!」


 最後の言葉を告げた瞬間、俺は半身を起こした安藤に正面から抱きついていた。感情の赴くままに呼び捨ててしまったが、これが永遠の別れだと言うならば後悔はない。

 彼女は突然覆いかぶさってきた俺に理解が追いつかずに、思いっきり戸惑っているが、自分だけでなく安藤の胸の鼓動も早鐘のように脈打っているのを感じる。


「ヤミコ、行かないで欲しい」

「大丈夫。必ず帰ってくる」


 耳元で囁くように呼びかけるが、それでも安藤の決意は固いようだ。もう俺のわがままでは彼女を困らせるだけだろう。


「わかった。もう止めない。だが本当に帰って来るなら、約束して欲しい」

「約束?」 


 この約束で彼女の心の中の俺の存在が、少しでも残ってくれれば幸いである。何より、絶対に帰ると強く思っていれば未練が足かせとなり、自分の身を犠牲にするような無茶な行動は取りづらくなるはずだ。


「何があっても俺の元に戻るって、二人で指切りしよう」

「わかった。指切りする」


 俺は抱きしめていた彼女から少しだけ離れると、安藤の前に右手を差し出す。彼女は恥ずかしさのあまり、柔らかそうな頬を赤く染めながらもこちらの手を取り、そっと指を絡める。

 なお、安藤は口下手なのでこちらが一方的に宣言させてもらう。


「指切りげんまん。嘘ついたら俺とヤミコは付き合う。指切った!」

「ふえっ…!?」


 この指切りでは嘘をついて帰って来ない彼女と付き合うことは出来ないが、こんな機会でもなければ、彼女は俺の気持ちには気づかなかっただろう。

 これは嘘をつかなくても帰ってきたら恋人になろうという、俺なりの宣言なのだ。もっとも不意打ちをくらった彼女にとっては、とんだ災難かも知れないが。


「ヤミコ、帰って来たら俺と付き合って欲しい」

「ええと、あの…その」


 あまりの急展開で取り乱す安藤の可愛い顔が、茹でダコのように赤くなっているのがわかる。しかしそれは自分も同じだ。今まで言い寄ってくる女の子を適当に相手をすることはあっても、自分から堂々と思いを告げたことなど、今回がはじめてなのだ。


「だから、必ず帰って来てくれよ」

「あっ…うん」


 お互い照れ笑いが落ち着くのに少しだけ時間がかかったが、やがて安藤は布団から立ち上がって、広い庭の窓に向かって歩いて行く。俺に出来るのは黙って見送るだけだ。

 気づけばテレビの向こうで攻撃を行っている魔法少女も既に一割を切っていた。多分残っているのは二つ名持ちと、それに近い実力の者たちだけだろう。


「行って来る。タツヤ君」

「ああ、行って来い。ヤミコ」


 こちらを振り向いて挨拶を行った後、安藤は窓をガラガラと開けて広い庭に出ると、飛行魔法を発動する。前に見た時とは違って、透き通った漆黒の翼が片側四対の合計八羽見える。何だか超絶にパワーアップしているように感じるのは、俺の気のせいだろうか。

 そして彼女は音もなく飛び立つと、まるで俺の目の前でかき消えるように姿が見えなくなる。どうか無事に帰ってきて欲しいと、ただそれだけを願うのだった。

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