レッドドラゴン
<ヤミコ>
今の私は彼ともっと手を繋いでいたかったという気持ちと、そんなことを望むのは分不相応で恥ずかしいといった、相反する考えが心の奥底で渦巻いているのをはっきりと感じる。
石川君とはただの友達のはずなのに、何でこんなことを考えてしまうのか、自分で自分がわからなくなる。とにかく早く元の私に戻らないとと、大きく息を吸って呼吸を整え、火照った体を強引に冷ます。
やがて、私の次にユリナちゃん、ホノカちゃんと順番に座り、最後にしばらくの間動きを止めていた石川君が障子戸を閉めて、残りの席に腰かける。
その頃にはよくわからない高揚感を強引に押さえ込み、何とか元通りの私に戻ることが出来た。
「すぐに日替わり定食が来るはずだ。ところでヨミコちゃん、さっきの言葉は一体…」
「そのままの意味。他意はない」
純粋にエスコートしてくれて嬉しかった。そう、他に込められた意味も感情も何もないはずだ。改めて考えると、何故石川君にそんな特別な感情を抱いたのかがまるでわからず、やはり先程の精神的な動揺は、何かの間違いだったのではないかと、そう結論付ける。
「そうか。急には無理だよな。それでも確実に、一歩ずつ近づいてきてるぞ!」
「何が?」
何やら一人で喜びを噛みしめる石川君を不審に思いながらも、自分の世界に入ってしまった彼は、私の質問には答えてくれなかった。
そしてユリナちゃんとホノカちゃんは何となく事情を察しているらしく、温かく微笑んでこちらを見守るだけで、一言も喋らない。
しばらくの間、そんなよくわからないが和やかな雰囲気がお座敷を包んでいた。
やがて、失礼しますという声と共に障子戸が開いて、数人の店員さんが四人分の日替わり定食のお皿を、大きなオボンに乗せて運んできた。
「おまたせしました。本日の日替わり、メンチカツ定食になります」
店員さんはそう言って運んてきた日替わり定食を、私たちの前に順番に並べていく。大判型のメンチカツと刻みキャベツ、ミニトマトにポテトサラダ、そしてお味噌汁と白米、芋の煮っころがしとわらび餅のセットのようだ。デザートまで付いているとは、至れり尽くせりである。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
全員分の食事を並べ終わったので、店員さんたちは障子戸を静かに閉めて去っていく。私は作りたてで温かな湯気を立てているメンチカツ定食をじっと眺める。とても美味しそうである。
「それじゃ食べようか。あっ、ソースはそこにあるからな」
「んっ…いただきます」
石川君の言葉に待ちきれないとばかりに急いでお手拭きで綺麗にした後、両手を合わせていただきますをする。大判型のメンチカツをまずは何もつけずに軽く噛じると、芋と肉の大きさは均一ではなく、それぞれ噛みごたえが違ってなかなか楽しい。そして塩コショウで下味がついているので、ソースをかけなくてもそのままで十分いける。
お味噌汁はアサリが入っていて、よくダシが取れていた。芋の煮っころがしもホクホクで、口の中に入れて数回噛むとすぐに崩れていく。
「美味しい」
「そうか。メイコちゃんが気に入ってくれて、俺も嬉しいよ」
美味しいメンチカツ定食を食べて思わず顔がほころぶ。このお店のオリジナルソースをかけて、さらに味が引き立つ。もう箸が止まらないのだ。そのまましばらくの間、無言で食事を続けて、十分と少しが過ぎた頃には、机の上には綺麗になったお皿だけが残った。
「ごちそうさま」
「お粗末さまでした」
お腹も程よく八分目で、今すぐ動くには何も困らない。まさに万全の状態である。これから石川君の地元の観光名所を色々と紹介してもらう予定である。
「それじゃ、次は…」
石川君が次は何処に行こうかと口に出そうとしたとき、ユリナちゃんとホノカちゃんの携帯がブルブルと震える。二人は慌てて画面を見つめて、少し驚いたような顔をしている。
「どうやらカテゴリー3の魔物が、日本に向かっているようです」
ゲート反応を感知したわけでもなく、いきなりのカテゴリー3の魔物の出現に私は驚く。しかも今の発言では、国外からわざわざ日本に来ようとしているのだから、二度驚いてしまい、私は黙ってユリナちゃんの言葉を待つ。
「どうやら最初はお隣の国が対処していたのですが、被害が増すばかりで殲滅には遠く及ばず。
その魔物を何とかしようと、飛行魔法を使える魔法少女を囮にして、今度は日本になすりつけるようです」
それは何ともとんでもない事態になったものだ。確かカテゴリー3は一国の危機というレベルなので、今頃魔法省の関係者さんたちは旅行中でありながら。てんやわんやになっているだろう。
しかも隣国からの贈り物だというので、外交問題的にもかなり揉めそうである。
「既に領空侵犯どころではなく、あと十分ほどで九州の対馬に上陸するとのことです。
なお現在は、九州地方の全魔法少女を集合させて防衛線を構築中らしいですが、目標の移動があまりにも早すぎます」
十分だからね。こうして話していても時間は刻一刻と過ぎていくのだ。十分なんて本当にあっという間だろう。ふと考えると、九州地方は私の実家からはかなり遠いので高校を受けるにはいいかもしれない。
だがカテゴリー3の魔物が暴れまわれば深刻な被害を受け、希望する高校が受験前には廃校になっていてもおかしくない。他の魔法少女の奮闘に期待するしかないが、今の時点では戦力が整う前に、都市ごと壊滅してもおかしくない。
ここは平凡な魔法少女である私も現場に行って、少しの間でも時間稼ぎを行うべきだろう。本当は引退の身で、しかも恥ずかしい衣装で戦いたくないのだが、背に腹は代えられない。悩み抜いた私はプランBを思いつき、ナツキちゃんに念話を送る。
(もしもし、ナツキちゃん。今何処に居る?)
(えっ? 黒猫ちゃん? 今は長崎の対馬に居ます。
知ってるとは思いますが、もう十分以内にカテゴリー3の魔物が…あっ、見えました!)
誰よりも早く現場に駆けつける閃光の姫騎士なら、やはりカテゴリー3の近くにいたようだ。私とナツキちゃんはお友達なので、出来れば彼女に怪我をして欲しくないが、魔法少女として活躍したがっている以上、その危険は避けられない。
それだけなら自己責任で済ませることも出来るのだが、目標は何故か黒猫の魔女の相棒ということで、何だか私のせいで危険に首を突っ込んでいるようで落ち着かない。
結果的に手を貸したくないのに手を貸すハメになってしまうという、悪循環に陥ってしまっていた。今はナツキちゃんが、少しでも早く私なんて大した魔法少女じゃないと、目を覚ますことを期待したい。
(今からナツキちゃんの元に、私の影を送る)
(えっ? あっ…はいっ! 黒猫ちゃんが一緒なら百人力です!)
私の意図が伝わるようにユリナちゃんとホノカちゃんにも念話を一緒に送っておく。後は賢い二人が独自判断で色々と察してくれるだろう。だが私が行ったところで百人力どころか、平均のさらに十分の一力である。
それぐらい魔法少女としての力は下がっている。せいぜい弾除けや囮ぐらいにしかならないが、それでも時間稼ぎには使えると信じたい。
意識を飛ばす前にお座敷の三人に軽く視線を送ってから、ゆっくりと目を閉じる。今回はきっとこちらの意識を保ったままでは対処できないと思ったので、壁にもたれて集中する。起こさないで欲しい。多分死ぬほど遠隔操作に忙しい。
向こうで目を開けると空から落下していた。かなり驚いたものの飛び慣れている私は、すぐに半透明の黒い翼を呼び出して姿勢を安定させると、急いで周囲を観察する。
隣には何故かうっすら目に涙を浮かべたまま、純白の衣装を身にまとって白く輝く細剣を持ったナツキちゃんと、少し離れた場所に五人の魔法少女が空に浮いているがちらりと見えた。
そして背後の海岸線にも二十人程の魔法少女と、大勢の自衛隊員が陣地を構築して待ち構えている。
続いて前方を見ると、遠くに全身が赤く、空を飛ぶ魔物がこちらに向かって来ていることがわかる。そのさらに少し前には、一人の魔法少女が飛行魔法を使って全力で逃げ続けている。これで大体の状況は掴めた。
「あのカテゴリー3の魔物は、レッドドラゴンと呼称されているようです。数は一体だけですが、それでも国を脅かす程の驚異です。
ワイバーンよりも遥かに強力な火球を吐き、他の魔物よりも強固な魔法障壁と頑丈な鱗で守られ、しかも素早い飛行能力も持っています」
「把握した」
カテゴリー3の圧倒的な戦闘力を聞かされた今、どうやら影の私には時間稼ぎ以外に何も出来そうにない。確かにあんな怪物が一体現われたら、軍隊を総動員しても荷が重いだろう。国中の魔法少女を集めてようやく対等といったところだ。
それにレッドドラゴンの魔法障壁は、遠距離からチマチマ魔法で攻撃してもまるで効果がないとのことだ。もしそれを突破出来たとしても、さらに硬い赤い鱗があるのだ。普通にダメージを与えるだけでも苦労する。
しかしふと、こちらに向かって真っ直ぐ逃げて来る魔法少女を見ると、バリアジャケットが大きく破損しており、次に火球や接触事故を起こせば命が危ないことに気づく。
「そろそろ射程に入ります。黒猫ちゃん、準備を」
「了解」
あと数分でレッドドラゴンが防衛戦に接触するので、使うかどうかはわからないが魔法のロッドを呼び出しておく。備えあれば憂いなしだ。
私が武器を構えるのと、魔物がこちらに顔を向けて口を開けるのは同時だった。正確には標的はこちらではなく、囮になっている魔法少女を狙ったのだろう。
「火球とは違う?」
思わずポツリと呟いてしまったが、レッドドラゴンが吐き出したのは火球ではなく、直線上のあらゆる物を焼き尽くす灼熱の火炎だった。
お互いの距離がかなり近くなっていたので、向こうに先手を打たれた形となってしまったが、幸いなことに魔物は囮役の魔法少女を狙っているので、空を薙ぎ払うだけで済んでいる。
だがこれが地上に向けられたら、被害が甚大になりそうでゾッと震えてしまう。
彼女も必死に避けてはいるが、極限状態での長距離飛行で相当参っているようで、火炎レーザーにあわや直撃という危ない場面も何度もあった。
「んー…邪魔」
確かに彼女の存在はレッドドラゴンの気を引くのに役立っているが、もう迎撃射程内なのだ。それなのにこちらからの攻撃を行えないのは、魔法少女の一人が魔物にピッタリとくっついているからである。これではいたずらに戦況を混乱させるだけだ。
まずは彼女を何とかしないとと考え、私はロッドを構えてある魔法を使う。
「チェリーウッド」
レッドドラゴンと囮役の魔法少女の間に現われた黒い桜の木は、海面に根を張り巨大な大木に姿を変える。地面ではない水面で巨体を支えられるわけがないのだが、それは魔法で何とかしたのだろう。
突然現われた自分の体と同等の巨大な木に、レッドドラゴンは驚き慌てて距離を取る。そして大陸の魔法少女も驚愕して動きを止め、次にこの魔法を使ったと思われる私の方に視線を向ける。
「静かにしてて」
私に気を取られている隙を突いて、彼女の背後に植えたチェリーウッドの枝をシュルシュルと伸ばし、素早く四肢を拘束する。何か大声で抗議しているが、知ったことではない。
元々厄ネタを引っ張ってきたのは大陸の魔法少女だ。このぐらいの扱いは甘んじて受けてもらう。
作戦を乱す異分子を排除した所で、私は半透明の黒い翼をはためかせ、レッドドラゴンにゆっくりと近づいていく。
空を飛ぶ魔物の赤い鱗は太陽の光を受けて輝いており、ゲートの発生した国の魔法少女たちに攻撃魔法を叩き込まれたはずなのに、傷一つ見当たらない。驚くべきタフさである。
「黒猫ちゃん、どうするんですか?」
「他の魔法少女が揃うまで、私がしばらく時間を稼ぐ。危険だから皆に前に出ないように伝えておいて」
心配そうなナツキちゃんに作戦の説明を行った後、飛行魔法を急加速させ、相変わらずチェリーウッドを警戒するあまりに隙だらけになっていたレッドドラゴンの腹に、身体強化した蹴りを叩き込む。
援軍が到着するまで耐えれば私の勝ちなので、せいぜい赤いトカゲの気を引いて恥も外聞もなく逃げ惑うことにする。
「ここからは私が相手をする。ただし前座」
取りあえずどれだけ保つかはわからないが、もし火炎レーザーの直撃を受けて骨も残らず蒸発しても、影の私ならば本体に意識が戻るだけである。むしろ中途半端に生き残ってバリアジャケットが破損するほうが、羞恥心で死にたくなる。
そして平凡な魔法少女の放った飛び蹴りでは、魔法障壁と硬い鱗により殆どダメージを受けてないにも関わらず、何故か大げさに痛がっているレッドドラゴンを挑発する。
たかが本体の十分の一の威力とはいえ、タンスの角に足の小指をぶつけたぐらいは痛みは感じているのか、魔物の気を引くことには成功したらしい。
「とにかく対馬から離れないと」
島の上空で戦うのは不味いが、大陸に送り返すのもそれはそれで駄目な気がするので、少しだけ西に飛んで火炎レーザーが対馬に届かない範囲で、適当に時間を稼ぐことにした。
「逃げ足は早いほう」
しばらくの間、レッドドラゴンの周囲をハエのようにブンブンと飛び回ると、鬱陶しそうに手足や尻尾を振り回して私をはたき落とそうとするが、そんな適当な攻撃で撃墜される程ノロマではない。
出来るだけあと少しで当たるという感じを演出しながら、紙一重で避けていく。
「こっち、こっち」
一気に距離を離し過ぎると追ってこないかも知れないので、少しずつ対馬から引き離すように、魔物の攻撃をギリギリで避けながら空中を飛び回っていると、どうやら私を追うか島に向かうか迷っているようで、なかなか今の位置を動こうとしない。
しばらくの間、魔物にべったりと張り付いたままヒラリヒラリと挑発行為を繰り返していると、やがて埒が明かないと判断したのか、レッドドラゴンの大きな口が開くのが見えた。
私が避けるのは簡単だが、万が一にも対馬の方に被害が出たら不味いと考え、被害を押さえるための考えを巡らせる。
「こうなれば、出たとこ勝負」
魔物から少し離れた空中に留まり、ロッドの先端をレッドドラゴンに向けて魔力を流し込む。
そして先程の飛び蹴りと挑発行為で激怒したのか、魔物の口から大陸の魔法少女を追いかけていたときよりも遥かに太い火炎レーザーが、私めがけて一直線に発射された。
「目には目を、レーザーにはレーザーを」
何となく魔法障壁では耐えきれずに割られるか、防げたとしても障壁に弾かれた火炎が周辺に甚大な被害を与える気がしたので、水晶ハンマーを防いだロッドの黒い光を一点に集めて、レッドドラゴンの火炎レーザーに直接ぶつける。
空中で魔物が放った赤い光と、ロッドから放出される黒の光がぶつかり合い、凄まじい衝撃波が発生して空も海も大嵐のように荒れ狂う。
「んー…押し返せる?」
地上が焼け野原になるよりはマシだが、長時間この状態では魔法障壁持ちの私や魔法少女はともかく、自衛隊の人たちが保たないだろう。
しかしレッドドラゴンは、相手はたかが小娘と慢心しているのか、ブレスを余裕で押し返せる程に勢いが弱い。魔物が本気で潰しに来ないのならば、このチャンスを活かさせてもらう。
「魔力の出力を上げる」
たとえ出力を上げたとしても本体の一割が限界だが、それでも火炎レーザーを押し返して直撃を食らわせ、短時間の目くらましぐらいにはなるだろう。
目の前の魔物も、急にこちらの攻撃が激しくなったと気づき焦り始めたがもう遅い。
今さら本気を出そうとしたところで、私の魔力レーザーの勢いは止まらない。このまま赤いトカゲの顔をこんがり焼いてやるのだ。
幸いなことにレッドドラゴンのブレスは僅かに太さを増しただけで、それ程威力は変わらなかった。きっと突然の事態に混乱して全力が出せなかったのだろう。実に運がよく、これなら出力を限界まで上げなくても、余裕を持って対処出来そうだ。
「直撃させる」
私の魔力レーザーはレッドドラゴンの大口に吸い込まれたの後、体内の何かに引火したのかすぐに大爆発を起こし、周囲にはモウモウと黒煙が立ち込める。顔をちょっと焦がすのがせいぜいだと思っていたが、これは嬉しい誤算である。
しかしここで油断してはいけない。相手はカテゴリー3の魔物だ。不意を突いたぐらいで簡単に倒せるのなら、誰も苦労はしない。
きっと黒煙の中からこちらの隙を伺っているはずだ。私はロッドからの魔力レーザーを停止して一息ついたものの、油断せずに相手の出方を見る。
しかし不思議なことに、空を漂う黒煙の下にはレッドドラゴンのボロボロの体が覗いており、そのままゆっくりと海に落下しているように見える。
しばらく様子を窺うものの状況に変化はなく、空飛ぶ赤い大トカゲの高度はグングン下がっていき、やがて海面に叩きつけられて、盛大な水しぶきが巻き起こる。
まさかの死んだふりだろうか。だとしたら頭の切れる恐ろしい相手である。しかし水中では長時間は息が続かない。こうなったら我慢比べである。
私が油断なくレッドドラゴンが沈んだと思われる周囲を警戒していると、対馬の陣地上空から純白の羽をはためかせて、ナツキちゃんがこちらに向かってゆっくりと飛んできた。
「レッドドラゴンの討伐お疲れ様でした。流石は黒猫ちゃんです!」
「カテゴリー3の魔物があの程度で討伐出来たとは思えない。きっと水中で息を潜めて、私たちが油断するのを待っている」
私の言葉にナツキちゃんが心底驚いたような表情をしている。そんな新人の彼女だからこそ、レッドドラゴンの死んだふりも有効なのだろう。事前に伝えられたのは本当に幸いだった。ナツキちゃんがしばらく考えるような素振りを見せ、やがて私に一つの質問をする。
「あの、魔物のレーダーとかありませんか?」
「ある」
そこに気づくとはやはり二つ名持ちだ。赤いトカゲはいつまでも同じ場所ではなく、今度は水中を泳いで移動している可能性もある。私は魔法で複製した携帯にレーダー機能を拡張して、近くの魔物の気配を探る。
「反応がない」
赤い点は周囲に一つもなく、魔法少女を示す青い点が次々と対馬に集まってきており、一般人を示す白い点も移動を始めており、自衛隊の巡視船も赤いトカゲが沈んだ海域に向かっていることがわかった。
「だったらきっともう、レッドドラゴンは倒されたということですよ」
「運に助けられた。次はこうはいかない」
今回は本当に運に助けられた奇跡の勝利だった。とにかく、これで私の役目は終わりだ。九州地方の高校も焼かれることはなく、三年生の進路でそちらを受験しても大丈夫である。
「ともかく私の役目は終わった。大陸の魔法少女は専門家に任せる。
ナツキちゃん、後のことはよろしく」
「あっ! 黒猫ちゃん! まだお礼が…!」
ナツキちゃんの発言の途中だが、私は影の魔法を解除する。このまま現場に残っても、面倒なインタビューやら、小市民の私がワッショイワッショイされたりするだけなので、さっさと逃げ出すに限る。
はっきり言ってあらゆる点で運に助けられた薄氷の勝利に、そんなに高く評価される理由は一切ない。
何よりも、思わず邪魔だったのでチェリーウッドで拘束してしまった隣国の厄ネタの処理など、ただの一庶民である私には無理だ。今後のことは外交のプロにお任せするのが一番だろう。