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正直な気持ち

<ヤミコ>

 石川家に着いてからは緊張の連続だった。石川君の家族は皆、威圧感が凄かった。唯一の例外である優しそうなおばあさんに励まされながら、震えながら挨拶したものの、極度の緊張の中、何を話したのかまるで覚えていない。


 気づけば居間から強引に手を引かれ、衣装部屋へと連行されていた。

 そこで石川君のおばあさんとお母さん、さらに大勢の女性のお手伝いさんに取り囲まれて、服装や髪型を変えられるたびに、キャーキャーと甲高く黄色い悲鳴が響き渡った。

 その途中で、この家に来る途中に着てきた制服、そして眼鏡と鞄まで取り上げられ、旅行が終わるまでは石川家で預かるとはっきり告げられた。残っているのは携帯と財布だけである。

 私は返してとは言わずに、両親から命令されている問題を起こすなという言いつけを守るために、黙って頷く。


 石川君とホノカちゃんとユリナちゃんは、私が地味子だと知っても味方のままでいてくれた。ならばその三人が信頼している家族も、少し怖いけどきっといい人なのだろう。だったら焦ることはなく、旅行が終われば荷物は必ず返却されるのだろう。

 そして着せ抱えを行っている最中に、少し冷静さを取り戻した石川家の人たちが、下着姿の私を見て驚愕の声を漏らす。


「ヤミコちゃん。貴女…そんなブラでキツくないの?」

「苦しい。でも新しい下着を買ってもらえない以上、このまま乗り切る」

「今すぐ! 今すぐこの子に合う下着を用意しなさい! 事態は緊急を要するわ!」


 石川君のお母さんの号令と共に、お手伝いさんの何人かが携帯を取り出してあちこちに電話をかけたり、衣装部屋から何処かに飛び出して行ったりした。

 思えば今の下着も小学生からの付き合いなので、所々がほつれて色あせていても、愛着を持って大切に使っている。


「今日のところは私の学生時代の物を使ってちょうだい。ちなみに下着の返却の必要はないわ。これはもうヤミコちゃんの物よ」


 そう言って私の手をそっと握り、薄いピンク色のスポーツブラを渡してくれた。好意を無下にするわけもいかずに、私は長年の着用でもはや体の一部になった小学生用のブラを外してお手伝いさんに渡し、先程受け取ったお母さんのお古を丁寧に着用する。


「ん…前ほどは苦しくない」

「こっ…これでもまだ支えきれないなんて! この子! 想定以上だわ!」


 石川君のお母さんが学生時代使っていた物だけあり、私の二つ胸にゆったりとフィットして、今までと比べてとても快適になった気がする。それは同時に、小学生からの付き合いであるブラジャーとの別れを意味する。私は心の中で、ボロボロになりながらも今まで二つの乳房を支えてくれた相棒に深く感謝する。


 先程私のみすぼらしい下着姿を見て驚いていたのに、新しいブラを装着してまたもびっくりしている。こんな貧相な肢体の何にそんなに驚くのか、きっと女性としてはとても情けないボディラインを目撃し、思わず憐れんでしまったのだろう。


「そろそろ部屋に戻る」

「そっそうね。着せ替え人形として遊ぶ…いえ。

 ヤミコちゃんの外行きの服はこれに決めましょうか」


 何やら着せ替え人形とか聞こえたが、こんな貧相な人形では遊ぶ意味がないので、きっと冗談だろう。石川君のお母さんがお手伝いさんから渡された服は、黒い生地が艷やかで美しい、ロングスカートのワンピースだった。


「これならきっと、ヤミコちゃんによく似合うわ。さっそくお着替え…させましょう!」

「一人で着られ…」


 こちらの発言は当然のように無視され、またも大勢のお手伝いさんに囲まれ、体のあちこちを触られながら服装の変更を余儀なくされる。

 現在の訳のわからない状態は、肉体的にはともかく精神的にはかなり疲労するが、少なくとも退屈とは無縁だろう。

 その後私はお母さんやおばあさんと呼ぶように強要され、居間に戻って行ってきますの挨拶を行い、いつものメンバーと一緒に、石川家から外に出たのであった。














 玄関で麦わら帽子を渡されたので、頭にかぶったおかげか、少し日差しが緩和された。それでも涼しくて快適になったかと言えば、そこまでではないのだが。

 石川家の広い庭を抜けて、立派な門の外に出た私が周囲を見渡すと、道路は片側ニ車線で歩道もしっかりと舗装されており、近くには多数の民家や、大型店から小売店まで国内外のあらゆる有名店が所狭しと軒を連ねており、空から眺めて知ってはいたものの、直接地上から見ると自分がイメージする田舎とは全く違っていた。


「驚いたか? でも、整備されているのは石川家の周辺だけで、少し離れると見渡す限りの田園や山々が広がってるんだ」

「驚いた」


 つまり石川家の周辺は陸の孤島とか、そんな感じなのだろう。しかし生活必需品は普通に手に入りそうなので、もし災害などで外界と遮断されても、数ヶ月程度なら問題なく過ごせそうである。


「取りあえず昼飯を食べてからだな。近くに行きつけの飲食店があるんだ。まずはそこに向かおう」

「わかった」


 私たちは真夏の日光が降り注ぐなか、四人で足並みを揃えて歩いて行く。時々涼しい風が吹いて、少し離れた田園から青草の匂いを運んでくる。

 目の前の建物だけを見ると都会に見えるが、やはり外側は田舎なんだと再確認する。やがて石川家から歩いて五分もかからないところに建てられた、巨大な謎の施設に到着した。


「巨大なドームで周囲を覆って空調を管理し、内部にフードテーマパークを詰め込んだんだ」


 石川君が説明してくれるが、テーマパークなど一度も行ったことのない私にはよくわからない。テレビで見た情報を参考にする限り、複数の店が一つの場所に集まる感じだろうか。


「入場は無料だし、全てが石川家の出資企業で食事の値段も普通の飲食店と同じだ。

 最初は実家で働く従業員のための、社員食堂として建てられたらしいぞ」


 確かに石川君の実家は広く、管理するには大勢の人が必要になる。その人たちが生活するためにも色々な施設が必要になるだろう。だがそれにしても規模が規格外すぎる。


「ここは有名だからな。観光客も大勢来てるし毎年のようにニュースにもなってる。

 実家の周辺にはこれ以外の観光名所もかなりの数がある。

 俺が行ったことのない場所も多いけどな」


 確かに記憶を掘り返してみれば、今自分が見ている風景と同じものをテレビでも放送されていた気がするし、魔法省の従業員だけでなく観光に来たと思われる人たちも昼時なためか、巨大な社員食堂に吸い込まれるように入っていく。


「いつまでも入り口に突っ立っているわけにもいかないし、取りあえず中に入ろう」


 石川君の提案に私たちはコクリと頷き、彼の後に続いて巨大なドームに向かって歩く。一応出入りを監視する職員が複数人立っていたが、別に呼び止められることもなく、すんなりとドーム内へと入ることが出来た。


 珍しかったので何となく興味深そうにジロジロと見つめてしまったら、不意に門番の従業員と真正面から視線が合ってしまい、彼は顔を赤くして驚きに目を見開いたものの、それでも話しかけられることはなかった。

 何だかわからないがお仕事の邪魔をしてしまったようで申し訳なく感じながらも、石川君に続いて二重の透明な扉を開けて中に入ると、急に外の暑さが薄れて涼しい風を体に受ける。


「涼しい」

「空調が効いてるから、夏や冬でもドーム内の気温は一定に保たれてるんだ」


 確かに外は真夏の暑さだったので、麦わら帽子をかぶっていても、少し歩いただけで気づけば全身が汗びっしょりだ。前髪もおでこにくっついて少し気持ち悪く感じる。

 私が大通りの隅に寄って立ち止まり、帽子を取って髪を簡単に整え、胸元に涼しい風を扇ぎ入れていると、石川くんが門番の人と同じように顔を赤くして、じっとこちらを見ていることに気づいた。


「どうしたの?」

「いっ…いやっ! そのっ…何だ」


 どうにもはっきりしない。気づくと周りの大勢の人たちから注目されており、皆顔が赤く何処と無く熱に浮かされていた。そこで私は何故ここまで注目されているのか、ようやく理解した。


「ああ…お母さんから借りた衣装がとても綺麗だから、注目されてる?」

「惜しい! 惜しいけど不正解だよ! はいっ、取りあえずこれで汗を拭いて!」


 ホノカちゃんが悔しそうに私に声をかけながら、手持ちのタオルを渡してくる。特に胸元が汗で蒸れて、ワンピースがべったりと張り付いてしまって大変だったので、ここはありがたく使わせてもらうことにする。


 なお、結局正解は教えてもらえなかったが拭き終わるまでの間、ユリナちゃんとホノカちゃんが、周囲の視線を遮るように体を盾にしていたことと何か関係があるのだろう。

 そう薄々は察することが出来たが、それ以上のことはまるでわからなかった。


「タオルありがとう」

「どういたしましてー! 取りあえず行こうか」


 借りたタオルをホノカちゃんに返してスポーツバッグに戻し、私たちは再び歩き始める。相変わらず周囲の人たちから注目されるものの、今度は先程よりも穏やかな雰囲気だ。

 中にはカメラで撮影を行っている人たちもいる。ちょうどお昼時なので、何処かのテレビ局が生中継しているのかもしれない。


「こっちに来る?」

「そのようだな。あれは地元のテレビ局だが、この四人は何かと目立つから仕方ないか」


 石川君とホノカちゃんとユリナちゃんが目立つのはわかるが、地味子の私が注目されるはずがない。でも今は綺麗な衣装で飾り立てられているので、きっと平均レベルの存在感はあるかもしれない。

 やがてテレビの関係者がこちらに十分に近づき、若い女性レポーターが一言断ってから声をかける。


「こんにちは。現在生放送中ですが、今お時間よろしいでしょうか?」

「昼のランチの予約を取っているんだ。すまないがそんな時間はない」


 四人の中で何故か私に向かって差し出されたマイクに戸惑っていると、隣の石川君が代わりに答えてくれた。


「お願いします。手短に終わらせますので。スポンサーである地元の名士がいるのにスルーとか。現場のスタッフ全員が上からどやされるんですよ」

「はぁ…わかった。だが少しの時間だけだ」


 マイクが音を拾わないギリギリの小声で囁く女性レポーターに、石川君は仕方ないという顔で渋々了承する。確かに目の前の三人は表でも裏でも名前が知られている、超有名人である。

 それがカメラに映ったのにスルーしては、後々どんな波紋が広がるかわかったものではない。

 どうやら生放送を受けることになったが、無名の私が喋ることはまずないので、事が終わるまで黙って成り行きを見守る。


「ありがとうございます! では早速、四人は何でここに? 里帰り? それとも観光ですか?」

「俺と妹は里帰りで、そちらの二人は観光だ」


 実際には魔法省の関係者二百人以上の団体旅行だが、そこまで教える必要はない。聞かれたことだけを答えていればいいのだ。


「とても仲のいいお友達ですね。そちらの三人のことは大勢の方に知られていますが。

 黒髪の可愛い貴女は誰なんですか? よかったらお姉さんに、お名前を教えてくれるかな?」

「安藤…」

「安藤? 下の名前は何なのかな?」


 自然な動作でマイクを差し出されたため、条件反射的に口が動いてしまった。ここで本名を名乗るわけにはいかない。何とかごまかさないと。


「…ヨミコ」

「安藤ヨミコちゃんって言うんだ。それにしても可愛いね。もしかしてアイドルとかやってるのかな?」


 夜美子の読み方を変えただけのコッテコテな偽名だが、田舎のローカル番組のようだしそこまで拡散はされないだろう。そもそも今の私は地味子ではなく、豪華な衣装を身にまとった、いわば超地味子なのだ。今ならばこの返しで何とかなると信じたい。

 しかし私が可愛いとか、アイドルとか。訳のわからないことを言うお姉さんである。


「私は可愛くないし、アイドル活動もしていない」

「ええっ!? 嘘っ! こんな可愛い子がいるって知ったら、全国のアイドル事務所が放っておくわけないのに!」


 いつも通りの返しに思いっきり取り乱すお姉さんだが、平均以下の私が所属出来るアイドル事務所などあるわけがないし、将来は何処か適当な会社のOLとして出来るだけ他人とは関わらずに、静かに暮らすことが目標なのだ。

 間違ってもそんな激流が荒れ狂う芸能界に飛び込みたくはない。


「そろそろ予約の時間だ。取材はもう十分だろう?」

「待って! まだヨミコちゃんのことを詳しく聞いてないの! 趣味、特技、好きな芸能人や食べ物、それに貴方たちとの関係とか色々よ!」


 気づけばいつの間にか、番組は昼時観光地の取材ではなく、私の個人取材になっていた。

 それとも最初から狙い撃ちだったのだろうか。本当に何故地味子の情報を集めたがるのか、まるで意味がわからない。

 とにかく石川君がはっきり断ってくれたので、今回はこのまま切り上げられそうだ。


「観光地の取材じゃないのか? 彼女のプライベート情報はこれ以上教えられない。

 もし知りたければ、正式な手続きを取ってもらわないと」

「確かにその通りです。先走ってしまい申し訳ありませんでした。後ほど改めて個人取材をさせていただきます」


 石川君の言葉で冷静さを取り戻したのか。女性レポーターは深々と頭を下げて、番組のスタッフと一緒に私たちの前から名残惜しそうに去って行った。

 そもそも私の専属なら既に大葉アナがいるはずだが、そちらは魔法少女専門だった。しかし引退して自由になった今、表の世界でも面倒な取材を受ける気にはなれないので、正式な手続きが上手くいかないことを期待する。


 そんな自分たちの周囲にはいつの間に大勢の人集りが出来ており、たくさんの視線を向けられて怖くなった私は、思わずすがるように石川君を見つめる。今は一刻も早く予約したお店に逃げ込みたい。


「わっ…わかった。とにかく急ごう。ヨミコちゃん…手を」


 石川君が人集りの中でもはぐれないためか、偽名を呼んで右手を差し伸べてくれたので、私もそれをギュッと握る。

 その瞬間に何故か無性に恥ずかしくなり、胸がドキドキと高鳴ってしまう。さらにどうして理解出来ないが、彼と手を繋げてとても嬉しいと感じ、石川君の顔を正面から見られずに口をつぐんだまま、頬がりんごのように赤くなり、じっとうつむいてしまう。


「うん、タツヤ君」


 オズオズとそう返して私は石川君に引っ張られるようにして人集りに向かっていく。彼は強引にかき分けて道を作り、私とユリナちゃんとホノカちゃんを連れて先に進む。


「このままの勢いで店の中に駆け込むぞ」


 相変わらず視線が四人の中で何故か私に集まっているようだけど、人集りから離れることには成功し、そのまま石川君と手を繋いでフードテーマパークの中を小走りに駆け抜けていく。

 数分も移動しないうちに、とある和食のお店の前で彼は足を止め、そのまま急いで扉を開けて店内に飛び込んだ。


 お店はかなり広くて、手前のカウンター席と奥のお座敷に分かれており、昼時だけあってお客さんでほぼ満員だった。その中で高い位置に液晶テレビが設置されており、先程取材を受けた女性レポーターの番組が映っていた。


「いらっしゃい。タツヤ君、生中継見てたわよ。美人の彼女さんと一緒で羨ましいわね」

「そんなことよりおばさん! お座敷の予約は取ってあるはずだけど!」

「ええ、一番奥のお座敷を使ってちょうだい」


 カウンターの奥で料理を作りながら受け答えをしている女将さんに、彼はありがとうと小さく返すと、私を連れて店内の一番奥へと早足で歩いて行く。

 その動きには迷いはなく、まるで自分が物語のお姫様になって、騎士の石川君に守れているようで嬉しく感じてしまう。そんなことは絶対にありえないというのに。


「ここだな。ヨミコちゃん、とにかく上がって」


 石川君がお座敷の障子戸を開けて、私に先に上るようにと促すが、ここで彼に言おうか言うまいか少し迷ったが、正直に告げることにした。


「タツヤ君」

「何?」

「手を離して」


 私がはぐれないようにと気を使って、ここまで繋いでくれた手を離してくれないと、靴が上手に脱げないし揃え辛い。


「あっ…ごめん」

「謝らなくていい。ここまで守ってくれて。その…嬉しかった」


 私の正直な気持ちを石川君に告げて、丁寧に靴を揃えてから畳張りの床に足を踏み入れる。彼の顔を直視するにはどうにも恥ずかしく、そそくさと空いている席に腰をおろす。ドキドキと高鳴る自分の心臓の音がやけに大きく聞こえた。

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