表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/40

ヤミコちゃんの影

<ヤミコ>

 やがてテロップが貼り替えられて、体調不良のために大魔法失敗か!? と、表示された。変身した瞬間に肉体的な病気や怪我は全回復するので、その言い訳は少し厳しい気がするが、魔法少女のことを詳しく知らない人ならば騙せるかも知れない。

 ただ問題は、黒猫の魔女ちゃん見たさに駆けつけた人たちの中に、そんな素人同然の拙い知識しか持たない者がいるかどうかだが。

 心の病の可能性ならなくはないが、それなら大勢に見られ、しかも全国放送中に魔法を放つなど最初から不可能だろう。


 アタフタと戸惑う黒猫の魔女ちゃんを中心にして、会場のざわめきが一層大きくなり、このままでは暴動が起こるのではと思ったとき、誰かが空の一点を指差した。

 テレビカメラもこれ幸いと黒猫の魔女ちゃんから離れて、当然のように指差した方向を映すと、そこには白い翼を羽ばたかせて空を飛び、会場に向かっている一人の少女の姿が見えた。


 テロップも黒猫の魔女ちゃんをあっさり切り捨てて、新たな魔法少女の出現か!? と、大きく表示される。

 段々と会場との距離が近くなると、スカート短めの純白のウェディングドレス着た銀髪の魔法少女は、翼を何度か逆方向に羽ばたかせてブレーキをかけて、黒猫の魔女ちゃんから数メートル程離れた場所に、ゆっくりと降下していく。


「何でナツキちゃん?」

「すごーい! ナツキちゃん、二つ名持ちじゃないのに、もう飛べるようになったんだー!」


 確か彼女は光属性の魔法少女になって、まだ日も浅いという話だ。それなのに少し教えただけで一日もかからずに飛行魔法を修得するとは、秘められた才能を吟味すると既に実力は二つ名持ちであった。


 現在土で盛り上がった舞台の上にいるのは、黒猫の魔女ちゃんとナツキちゃん、そして現地のテレビ局スタッフのみだが、その中から現場のレポーターが地面に足をつけて白い翼を消したばかりの魔法少女に、マイクを持ったまま慌てて駆け寄る。

 何となく昨日出会ったばかりの知り合いの声が聞きたいなと思った私は、机の上に置いてあるテレビのリモコンを探すと、ホノカちゃんがバタークッキーを齧りながらリモコンを操作し、慣れた手つきで音量をあげていた。


「ナツキちゃん、何で来たんだろうね! 気になるー!」


 確かに昨日会ったときは何処と無くオドオドしていた印象だったが、彼女がそんな大胆な行動を取るのは何か理由があるのかも知れない。それには私も気になっている。

 やがてレポーターからの質問と同時にマイクを受け取ったナツキちゃんは、黒猫の魔女ちゃんを真正面から射抜くような視線を送り、大きく口を開いた。


「私の名前は中条ナツキです。黒猫の魔女ちゃん、貴女は偽物ですね!」

「何の証拠があって、そんなデタラメを!」


 舞台の上の黒猫の魔女ちゃんも、ナツキちゃんの宣言に負けじと受けて立つようだ。そこで私はあることを思い出し、空気を読まずに彼女に連絡を取ってみることにした。


(もしもし、ナツキちゃん?)

「あっ! 黒猫ちゃん、昨日ぶりです。どうかしましたか?」

「えっ? 誰と話してるの? 携帯じゃないし…まさか! 魔法!?」


 黒猫の魔女ちゃんと周囲の人たちは、私と念話するナツキちゃんを驚愕の表情で見守っている。それは突然見えない誰かに話しかけるなんて、頭がおかしくなったようにしか見えないだろう。ちなみに念話は普段は着信拒否状態に設定しているため、魔法的な通話によってホストの私が強制的に変身することはない。


(急にごめん。ニュースを見てたら、急にナツキちゃんが飛んできたのが見えた。

 何でそこに?)

「はいっ、それはですね。黒猫ちゃんの偽物を懲らしめるために、頑張って飛んできました!」


 どうやらナツキちゃんはオドオドしているように見えて、目的を決めたらなりふり構わずに突っ走るタイプだったようだ。覚えたばかりの飛行魔法を使い、私の偽物をやっつけるために単身乗り込んでくるなんて、滅茶苦茶にも程がある。


「だから貴女、誰を話しているの!?」

「ですから、黒猫ちゃんですよ? 私、彼女とはお友達なんです!」


 この発言により会場にどよめきが広がっていく。半ば偽物認定されつつある目の前の黒猫の魔女ちゃんよりも、突然空を飛んでやってきたナツキちゃんのほうが、私本人との距離が圧倒的に近いと感じ取ったのだろう。


「そんなはずない! だって、黒猫の魔女はこの私なんだから!」

「黒猫ちゃんはそんなこと絶対に言いません! 貴女は偽物です!」


 向こうの黒猫の魔女ちゃんは胸に手を当てて大げさな動きで本物だと声高く叫ぶが、ナツキちゃんとその他の人たちからの視線は冷たい。

 先程までは私の偽物に味方していた現場のレポーターも戸惑っており、テロップも消えたままで新しい文字が貼られる気配もない。

 ここでナツキちゃんを偽物認定したら、本物の私と敵対してしまうということに、薄々感づいているのかもしれない。


「わからず屋の魔法少女ね。どうしたら信じてくれるの?」

「貴女が私と戦い、バリアジャケットを破ることが出来たら信じます。

 もし本物の黒猫ちゃんなら、二つ名持ちでない私程度、簡単にあしらえますから」


 魔法少女が身にまとうバリアジャケットはとても頑丈であり、その機能は絶対領域だけでなく、肉体的なダメージを肩代わりしてくれる。

 つまり見えていはいけない部分以外が全て破れてしまった場合、これ以上の戦闘続行は危険であるというサインでもあるのだ。


 ナツキちゃんの発言を受けて、黒猫の魔女ちゃんは明らかに戸惑っており、慌てて駆け寄る現場のスタッフと、小声で何やら相談をはじめる。

 一分か、それとも二分程過ぎた頃にやがて結論が出たのか、真っ直ぐに銀髪の魔法少女を見つめ、堂々と宣言する。


「その挑戦を受けるわ。ただし、条件付きでね」

「条件付きですか?」

「ええ、私ではない別の魔法少女に代理を立てて、その子と戦ってもらうわ。今のままだと双方の実力が開き過ぎてて勝負にならないから。

 もちろん貴女が勝った時は黒猫の魔女の偽物と認めて、潔く身を引くわ。それでいいかしら?」


 双方の実力差は確かにあるだろう。ナツキちゃんが圧倒的に勝っている方向だ。とにかくこの勝負の結果が勝っても負けても、もはや完全にアウェイ状態になった黒猫の魔女ちゃんの立場は、ある程度は回復出来るだろう。

 代役だろうと勝てば官軍で、やはり本物の黒猫の魔女は格が違ったと信頼回復出来るし。負ければいい勝負だったわ…と爽やかに退場出来る。どちらの結末でも彼女はこれ以上の損はしない。テレビ局も思わぬイベントで視聴率が取れて嬉しいだろう。


「わかりました。偽物を直接懲らしめられないのは不満ですが。

 私が勝つことで黒猫ちゃんの名誉が回復出来るのなら、その勝負を受けます!」

「貴女なら受けてくれると信じていたわ。じゃあ、ついでに紹介するわね。

 土属性の魔法少女、達山萌。モユちゃんよ。ちなみに二つ名は粉砕の土竜よ」


 そう黒猫の魔女が紹介した時、撮影スタッフの背後に隠れていたのか、モユちゃんと呼ばれた魔法少女がホノカちゃんの方に向かって歩いて来る。

 彼女は緑髪のセミロングであり全体的に体格は引き締まっており、体育会系を彷彿とさせる。バリアジャケットは運動着に近いショートパンツと、おへそが見える黒い無地のTシャツが肌にピッタリと張り付いており、収縮性が高く色艶もいい謎素材により、健康的な色気を倍増させる。

 しかしデビュー間もない新人に、ベテランのしかも二つ名持ちをぶつけてくるとは、正気とは思えない。ぶつかり稽古で魔法少女界の厳しさでも教えるつもりなのだろうか。


「アタシは達山モユ、二つ名は粉砕の土竜よ。ええと…?」

「私は中条ナツキです。魔法少女になって間もない新人で、二つ名もありません。よろしくお願いします」

「ナツキちゃん、こちらこそよろしくね。いい勝負にしましょう」


 どうやらモユちゃんは根っからの体育会系で、スポーツマンシップを重視するタイプのようだ。にこやかな笑顔で手を差し伸べ、そこにナツキちゃんも片手を伸ばして、両者はガッチリと固い握手を交わす。

 しかし何だかんだでアウェイなのはナツキちゃんのほうで、ここは相手のホームである。表向きは元気に見えるが内心は不安なのかもしれない。


(ナツキちゃん、応援してるから)

「はいっ! ありがとうございます! 私、頑張りますね!」

「ナツキちゃんはもしかしてまた、黒猫の魔女ちゃんと話してるの?」


 ウキウキ顔のナツキちゃんに、興味津々という感じでモユちゃんが質問してくる。やたらとフレンドリーだけど、何と言うか裏表のない子のように感じる。ホノカちゃんとタイプが近そうである。


「そうです。離れていても念話のおかげで、黒猫ちゃんと心の中でお話出来るんですよ」

「いいなあ! アタシも黒猫の魔女ちゃんと話してみたいよ!」


 すごく羨ましそうにモユちゃんがナツキちゃんを見つめているが、これ以上通話相手を増やすつもりはないので、出来れば遠慮してもらいたい。

 そして目の前に偽物の黒猫の魔女ちゃんがいるのにこの発言である。頭が緩いのか心が透き通っているのかのどちらかだろう。

 しかし純真な彼女の望みを断るのは心が痛いのか、タジタジになりながらも何とか一言だけ返す。


「うぅ…いっ、一応聞いてみますね。でも期待しないでくださいよ」

(これ以上通話先は増やせない)

(なっ…何とかなりませんか?)


 念話の通話先を増やすことは出来ないが、モユちゃんと話すだけなら魔法を使えば可能だろう。もっとも、その辺りは魔法的にかなりアバウトな願いなってしまうが。しかも相手が私とわからなければ意味がない。何とかしてみるとナツキちゃんに念話を送る。


(魔法で何とかしてみる)

(すいません。ご迷惑をおかけします)

(気にしないでいい。イタリア料理店ではとてもお世話になった)


 正直他のお客さんの予約キャンセルにより、中条グループの従業員の皆さんに与えた損害は計り知れない。別に私が気に病む必要はないと言われているのだが、小市民の自分にはどうにも心の隅に引っかかってしまうのだ。


「ナツキちゃん、どうだった?」

「今から魔法でお話出来るようにするそうです」

「本当? ありがとう!」


 テレビの向こうで物凄く喜んでいるようだけど、魔法的アイデアはまるで思い浮かばない。こうなれば毎度のように、困った時の魔法少女の神頼みである。目を閉じて遠くの人と会話が出来て、相手が私だとわかるような魔法を願う。

 体に魔力が流れたような感覚がしてそっと目を開けると、周囲から驚きの声が聞こえてきた。


「うわっ! 本物の黒猫の魔女ちゃんだ! はっ…はじめまして! アタシ、達山モユと言います!」


 テレビからではなく周囲から聞こえる声に少し驚いたが、これは召喚した黒猫と同期している感覚に似ている。

 少しだけ自分の体を確認すると、衣装から何まで変身した私そのものだが、意識を研ぎ澄ますとナツキちゃんと魔力的に繋がっており、念話の回線を通して石川君のマンションにいる本体も感じ取れた。その気になればかなり面倒ではあるが、両方同時に動かすことも出来そうだ。

 しかし今はモユちゃんの目の前に移動して、向こうが名乗ったのだからこちらも挨拶を行う。


「はじめまして、私は黒猫の魔女。今見ているのは仮の体で、本体は別の場所」

「そっそんなことも出来るんだ! やっぱり本物の黒猫の魔女ちゃんは凄すぎるよ!」


 私なんて大した魔法少女ではないのだが、何故か皆は過大評価するので困ってしまう。挨拶だけでは終わらずに、モユちゃんは興奮気味に質問を投げかけてくる。


「そっ…それで、一体どういう魔法なんです?」

「本体の影を別の場所に送る魔法。念話の回線が必要なのでナツキちゃんが中継点。

 彼女から影が離れるほど魔力は減少する。最大でも本体の一割程度の力」


 今流れている魔力と直感で、大体の効果を割り出す。スラスラと話しているように見えるだろうが、実際に試したわけではないので、全てが予想の話である。

 それを真面目な顔で聞いていたモユちゃんが、やがて何かを決心したように一歩前に出て、大きな声で私に提案する。


「あのっ! アタシは黒猫の魔女ちゃんと戦ってみたいです!」

「理解出来ない。貴女はナツキちゃんと戦うはずでは?」


 そもそもこの場所の私は本体の影なので、どれだけ頑張っても一割の魔力しか自由に使えない。普通以下の魔法少女よりもさらに弱くなった私と戦いたいなど、モユちゃんには弱い者苛めをする趣味でもあるのだろうか。


「最初はそのつもりでした。でも一度でもいいから、噂の黒猫の魔女ちゃんの実力を肌で感じて見たくて!」

「この場所に居る私はただの影で、本体の十分の一の実力。それでも?」

「はいっ! それでもです! お願いします! どうかアタシに胸を貸してください!」


 お願いしますと強く言い切り、モユちゃんに思いっきり頭を下げられてしまい、私は表情には出さないが戸惑うばかりだ。ここまで真面目な態度のため、彼女は弱い者苛めではなく、ただ勘違いで過大評価しているだけのようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ