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通学

<ヤミコ>

 両親とミツコが仲良く食卓を囲む中、ひっそりとコンビニから戻った私は、期間限定のジュースを渡し、皆が殆ど食べ終わった後にチキン南蛮を自分で揚げて一人だけの食事を取った。

 私はお小遣いを貰ってないので、家族用のお財布にジュースのお金は入れてもらえたが、妹に手渡した後も別のジュースがよかったと駄々をこねられた。しかしその辺りも含めていつものことなので、もう慣れている。


 それより問題は、私が魔法少女だということが石川君にバレたことである。本人は誰にも言わないと約束してくれたが、法律違反をしていることは事実なので、その辺りの解決策は要相談である。

 いつも通りの私だけのけ者になる家族と過ごすのも面倒なので、さっさと自室へと引き篭もり、風呂に入ってそのまま寝てしまう。

 今日は勉強が殆ど進まなかったが、予習復習は出来ているので問題はない。何より人とたくさん話したのだ。大抵は一言二言会話すればいいほうなのに、何年かぶりぐらに多くの会話をしたので、とても疲れていたのだった。










 次の日の朝、起きて台所に移動した私は、チキン南蛮の鶏肉の一部を唐揚げにしてお弁当に詰める。殆どが昨日の残り物だけど、余らせて腐らせるよりはいいし、元々次の日に持ち越すつもりだった。当然妹の分も私が作るのだ。何でも中学校ではミツコ自作のお弁当だと、言いふらしているらしい。


 どうせあと三年もすれば別れるのだ。それまでは波風立てずに生きていけばいいと、少し投げやりな気分で妹の分も詰め終わり、両親の分の朝食の準備も済ませて、具材を詰め終わった弁当箱も一緒に机の上に置いておく。

 ミツコはいつもギリギリに起きてくるのだが、国内上位の魔法少女だけあって、いざという時には送迎の車が電話一つですっ飛んでくるらしい。


 私はそんなことはないので、徒歩で中学校まで行くのだが、三十分も歩けば着くのでそこまで心配はしていない。

 まだ寝ているであろう妹に、弁当と朝食、そして先に出ることを伝えて家の玄関を開けると、そこには昨日見かけた石川君と、同じクラスの水色でサラサラの長髪をストレートに伸ばした女子生徒の二人が、教材の入った学生鞄を持って門の外に立っていた。


「何してる?」

「あっ安藤が出てくるのを待ってた」

「普通にチャイムを押してくれればいい」

「こんな朝早くに突然押しかけたら迷惑だと思って」


 何というか昨日私の手を掴んで強引に逃げるのを阻止した石川君と違って、今朝はやけに消極的である。何やら顔も赤くソワソワしているし、明らかにおかしい。


「家の中に入る?」

「いや、このまま学校に行こう。詳しいことは歩きながら話す」


 確かに車で送迎するならまだしも、歩きならそろそろ出発しないと最悪遅刻してしまう。私は石川君の提案に頷いて、家の門をくぐって通い慣れた通学路を三人で歩いて行く。


「安藤は覚えてないだろうが、こっちはユリナ、卯月友梨奈だ。一年一組の同じクラスメイトで、魔法少女だ」

「卯月、ユリナです。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく」


 茶髪で物怖じしない石川君とは違い、水色の髪で華奢でどことなくお嬢様的な雰囲気が出ているユリナさんがこちらに向かって頭を下げるので、私も歩きながら挨拶を返した。もう全身から令嬢オーラを放出しており、見ているだけでこちらが恐縮してしまいそうだ。


「中学一年の魔法少女は、安藤姉妹とユリナの三人だけだ。そしてユリナの父親は魔法省の重役らしい」

「はい、パパは魔法省の偉い人です。そして石川君が昨夜家に突然相談に来たので、どうしたらいいかと家族も交えて聞いてきたんです」


 昨日の今日でフットワークが軽い人たちだなと思った。普通は少しずつ話題を詰めていくはずなのにだ。そして娘の質問にすぐ答える父親もある意味大物だなと感じた。


「ええと、話は変わりますが、安藤…さん。ヤミコちゃんと呼んでいいですか? 私のこともユリナちゃんでいいですから」

「んー…別に構わない。ユリナ…ちゃん?」

「はい、ヤミコちゃん。…えへへ」


 目の前のユリナちゃんは静かそうに見えても、思った以上にグイグイ来る性格のようだ。そんな私たちの様子を見て、何やら石川君が羨ましそうな顔でこちらを眺めていた。

 しかし彼女は家族会議と言っていたけど、もしかしたら母親も一緒なのだろうか。信頼できる身内とはいえ私の秘密を漏らしまくりである。


「大丈夫だ。ユリナの家族は秘密は決して漏らさない。とはいえ、俺が言っただけでは安藤も納得出来ないだろうし。真偽を確かめるためにも、放課後に卯月家に来て欲しい」

「魔法少女にならないと駄目?」

「そうだ。今の時点では全て俺の妄想で片付けられるからな」


 確かに昨日の夜は証拠も何も残っていない。車や道路が多少傷ついたのと、目の前の石川君と居眠りをしていた運転手の証言だけだ。これで信じろというほうが難しいだろう。


「それで法律違反は何とかなる?」

「ああ、きちんとした手続きを行えば問題ない…とのことだ」


 法律違反ではなくなると聞いて、私はホッと胸を撫で下ろす。一安心して気が緩んだせいか、急に周囲のことが気になってきた。三人でいつのも中学校に向かってはいるものの、何か妙に注目されている気がする。あちこちからこちらの様子を窺うようなヒソヒソ話が聞こえていくるのだ。


「ちょっと…アレ、石川君と癒しの聖女じゃない? もしかして二人は付き合ってるの?」

「何か後ろにも…げげっ! あの女、ヤミコじゃん! 二人だけなら絵になるのに! もう最悪!」

「石川君って光の聖女が狙ってるって言ってなかった? 振られた? それとも卯月が奪ったの?」


 私のことは眼中にないのが殆どだけど、万が一にも視界に入ってしまった場合は好意的な意見は出てこない。これも今さらだ。妹が光の聖女扱いされるようになって、自分は引き立て役として下げられることはあっても、上げられることなどありはしないのだから。

 それよりも気になることを聞いたので、いつの間にか生徒の通りの多い校門前まで着いていたけど、躊躇いなく石川君に質問させてもらう。


「石川君、癒やしの聖女って何?」

「まさかのそっち!? 俺がユリナと付き合ってるとか、安藤の妹が狙ってるとかは気にならないのかよ!?」

「全く気にならない」


 私の即答に何だか石川君はがっかりしているが、卯月ちゃんはクスクスと微笑んでいる。

 やがて下駄箱に到着して、それぞれ上履きに履き替え、若干落ち込みながらもこちらの質問に答えてくれた。


「優秀な魔法少女につけられる二つ名だ。自分で名乗ったり他人が呼称したりするんだ。

 ユリナの癒やしの聖女は他人が名付けて、安藤の妹の光の聖女は、本人が名乗って公式に認められたらしい」

「何で聖女が二人?」

「安藤の妹が後に光の聖女を名乗ったからだ。ユリナはもう決まった後だったから、変えようがない」


 癒やしと光で分けられているものの、下半分は聖女ではわかりにくいけど、妹が自己申請したのなら仕方ない。ミツコは何を言っても意見を変えないし、周囲もそれを良しとしているのだから。


「教えてくれてありがとう」

「どう致しまして。それにしても安藤は、魔法少女に全く興味がなかったんだな」


 私自身がすぐ近くで妹の魔法少女を見させられているせいで、興味を持とうという気が全く起きない。出来れば一生関わらずに過ごしたいぐらいだ。


「家には妹がいる」

「ああ、そうか。…ごめん」

「気にしてない。謝らないで」


 多分今の状況を受け入れるために、自分は事なかれ主義に染まったのだろう。物心がついてからずっと、言われたことは素直に従い、妹には逆らっても無駄だと、もう何年も前に悟ってしまった。

 私がこの束縛から逃れる手段は三年後の高校受験で、ミツコとは違う遠くの県外の高校に入学することだけだと、一年一組の教室に向かいながらそう考えていた。


「そう言えば安藤、何でメガネをかけてるんだ? あの時は…」

「妹にメガネが似合うから、これから毎日つけるように言われた」


 小さい頃は伊達メガネは面倒だと思ったけど、正直他人から注意を向けられないためにも、今は助かっている。しかし石川君と卯月ちゃんは不満そうだ。


「そんな。ヤミコちゃんはメガネしないほうが可愛いのに…」

「このままでいい。メガネをかけて大人しくしていたほうが、余計な面倒に巻き込まれる回数が減る」


 今までずっと妹には可愛い、美人、姉には地味、根暗と言われ続けてきたのだ。私が可愛いなどという社交辞令を、今さら真面目に受け止めるはずもない。心配してくれるのは、少しだけ嬉しいけど。

 それに身だしなみに気を使って変に悪目立ちするよりも、何処にでもいる地味系女子として過ごしているほうが、妹に口出しされる回数も少なくなる。


「何より私が身だしなみに気を使っても、すぐに妹の物になる。やるだけ無駄」

「安藤…それは」

「やっ…ヤミコちゃん」


 いつの間にか教室に着いたので、扉を開けて一足先に中に入る。クラス内の生徒が一斉にこちらを見るが、すぐに興味を失ったのか元の雑談に戻る。

 私の境遇をたった今知って言葉を失った二人が、まだ廊下に立ち竦んでいたので、振り向いて声をかける。


「過去に同情して妹に反抗した人も、すぐに私の敵になって余計に扱いが酷くなった。

 だから二人は学校では何もしないで。それより早く教室入らないと授業が始まる」

「あっああ、入ろうかユリナ」

「うっ…うん、タツヤ君」


 私が声をかけたことで硬直状態が解除されたのか。二人がぎこちない動きで一年一組の教室に入る。そして石川君とユリナちゃんに皆の注目が集まるが、今度は視線が外されることはなかった。


「嘘だろ。石川と卯月が…そんな関係だったのか?」

「そんなぁ! 私、石川君のファンだったのに!」

「俺だって! 卯月ちゃんのファンだったんだぞ! ちくしょう!」


 中学生は恋バナが好きなのかは知らないけど、これはある意味ありがたかった。彼らに皆の関心が集まるということは、私が標的になることが減るのだ。

 石川君たちは無自覚だろうけど、しばらくの間は風よけになってもらおうと、そのまま何食わぬ顔で窓際の最後尾から一列前の自分の席に、肩に担いでいた鞄をかける。


 廊下から教室に入ったはいいものの、美男美女の二人にクラスメイトたちが殺到し、色々と質問責めに合っていた。そのまま一歩も動けずにいるので、朝のホームルームで解散するまで続くのかなと思った矢先、妹のミツコが一年一組の教室に滑り込んできた。


「何? この状況。そこの貴方」

「はっはいっ! 石川と卯月が二人で仲良く登校してきたから、今真偽を確かめている最中です!」


 手近な男子生徒に向けてにこやかな笑顔を浮かべるものの、有無を言わさず高圧的に情報を引き出す妹を見ると、もはや聖女ではなく女王様に近い気がするが、それでも外面はいいのだ。ついでに嘘泣きや表情を作るの演技も上手だった。今質問されたクラスメイトがデレデレになっているのがいい証拠だ。


「ふーん、ねえ…石川君」

「どうした? 安藤の妹」

「もうっ、だからミツコって呼び捨てでいいのに! それは置いておいて、そこの女と一緒に登校して来たって言うのは本当なの?」


 すぐ近くにユリナちゃんがいるのに、視線を合わせようともせずに、石川君だけを完全にロックオンしている妹を見て、アレは私の大切な物をいくつも奪ってきたミツコの目だった。それと同時に頬がほのかに朱に染まっていたので、何となくだけど妹の気持ちを察してしまう。


「ああ、本当だ。それがどうかしたのか?」

「はぁ…嘘!? 何で私じゃなくてその女と登校するのよ! まさか二人はそういう関係なの!?」

「誰と登校しようと俺の勝手だろ! そもそもユリナとはそういう関係じゃない!

 親同士の付き合いが昔から続いてるから、他の女子生徒よりも少しだけ親しいだけだ!」


 さらに追求しようとしていた妹だったが、そのタイミングで顧問の先生が教室に入って来たので、二人を囲む集まりは自然に散らばって、それぞれ自分の席に移動していく。

 最後に石川君をじっと見つめる妹と、両者の間をオロオロと視線をさまよわせるユリナちゃんが残っていたが、教卓についた顧問の先生の訝しげな視線を受けてやがて諦めたのか三人も自分の席に戻っていった。

 いつも通りのホームルームが始まると、不意に後ろの席の石川君が小声で話しかけてきた。


「さっきは悪かったな。俺とユリナは付き合ってないから、誤解しないでくれよ」

「何が? それよりも二人が注目を集めてくれるから、私は助かっている」

「そういう感謝はいらなかったけどな。はぁ…とにかく放課後忘れるなよ」


 石川君はそう言って話を打ち切った。これで私は標的にならずに一日ゆっくり過ごせると思った。けど、そうはならなかった。

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