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新しい朝が来た

<ヤミコ>

 目が覚めると知らない天井が視界に入った。ソファーの上で眠っていた私は、ふとタオルケットをかけられていることに気づく。きっと石川君が寝る前にかけてくれたのだろう。

 いつもの習慣で目覚めたものの、まだ外は暗くて誰も起きてきてはいない。今日は土曜の休日なので、学校に行く必要はない。


 せっかくなので朝ご飯を作って、せめてもの恩返しをしようと冷蔵庫を開ける。

 中にはお手伝いさんが作ったと思われる食事が二人分用意してあった。石川君とホノカちゃんの分なのは間違いない。となると私とユリナちゃんの分を作ればいいだろう。

 使った食材は一言断った後で、お金を払うかスーパーで購入して補充させてもらおう。


「んー…日本の朝食にしよう」


 冷凍庫に鮭の切り身があったので、焼き鮭に。卵はみりんや醤油で味を整えてだし巻き卵に。ほうれん草は茹でておひたしにしてしまおう。炊飯器にご飯と、豆腐とわかめのお味噌汁も用意する。

 一通りの料理が完成したら、昨日はお風呂に入らずに寝てしまったので、朝風呂を使わせてもらう。よくわからない見るかに高級そうなシャンプーとリンスにびっくりしてしまうが、申し訳なく思いながらも少量使わせてもらった。

 ちゃんと使い終わった後にはお風呂場の掃除をしたので許して欲しい。タオルをこっそり借りて濡れた髪を拭きながら台所に戻ると、ちょうどホノカちゃんが起きてきたところだった。


「おはようヤミコちゃん! …って! よく見たらすごく印象違うね!」

「お風呂を借りた。髪が濡れたままで、見苦しくてごめん」

「お風呂ぐらい自由に使っていい…って違うよ! そうじゃなくて!

 艷やかな濡れた髪から覗く、大人びた雰囲気! ああっ! 何だか同じ女の子なのにドキドキしちゃうよ!」


 そう言ってホノカちゃんは胸を手で押さえて、何だか苦しそうにしている。確かに濡れた前髪が邪魔なので、今は上にあげているし後ろは三つ編みにもせずにそのまま流しているが、それと何か関係があるのだろうか。

 別に普段通りだと考えたが、家ではお風呂から出てすぐにドライヤーをかけるので、こんな姿は家族にも見せたことはなかったと思い浮かんだ。続いて目覚めたユリナちゃんが居間に歩いてくる。


「おはようございます。ユリナちゃん、ヤミコちゃ…ん?」


 私の姿を見たユリナちゃんはまるで石像のように固まり、動かなくなってしまった。


「本当にびっくりしたよね! あっ、そうだ! 記念に一枚取らせてもらっていいかな?」

「私を映す価値はない」

「そんなことないよ! ねえユリナちゃん!」


 携帯のカメラで一枚という話だが、他の角度から何枚も撮影を行うホノカちゃんが、石像となったユリナちゃんに声をかけると、ようやく動き出したようだ。


「そっそうです。タツヤ君が見たら、とても喜ぶでしょうね」

「そうかな?」

「うんうん、兄さんなら大喜びだよ!」


 本当はドライヤーを借りようと思ったのだが、石川君が喜んでくれならもうしばらくこのままでいいかなと、心の何処かでそう思ってしまう。


「そう言えば何かいい匂いがするけど、朝ご飯作ってくれてるの?」

「私とユリナちゃんの二人分の朝ご飯。少しでもお世話になった恩を返せたらと思った」

「そんなの気にしなくてもいいのに! ああっ! でも、四人分!」


 気にしなくてもいいと言ってくれて嬉しいけど、何が四人分なのだろうか。私は黙って続きを待つ。


「四人分作って欲しいの! 私とユリナちゃんと兄さんとヤミコちゃんの、四人分の朝ご飯! 食材は自由に使っていいから! お願い!」

「別に構わない」

「本当? ありがとうヤミコちゃん! やっぱり大好き!」


 心底嬉しかったのか、正面からギュッと抱きついてくるホノカちゃんを慌てて支える。直接的に好意を表現されると嬉しい半面、行動が読みづらくて何をされるかわからない。本当に妹のように手のかかる女の子だ。

 それでも私は仮のお姉さんとして、少しぐらい世話を焼いてあげようと思った。










 結果的に石川君は濡れた髪を見ることはなかった。ベッドに入った時間が遅かったのか、それともよく眠れなかったのか。起きてくる時間が遅かったのだ。

 それでもいつも通りのボサ髪とメガネに戻った私を見て、明らかに身を強張らせたのは、彼に何かあったのだろうか。


「これ安藤が作ったのか? どれもすごく美味しいよ! ありがとう!」

「大したことはない。普通の朝食」


 安藤家では毎日食べていた標準的な朝食である。他の家庭でもこのぐらいが普通以下なのだろう。その証拠に両親と妹は何度朝食を作ろうとも、一度だって褒めてくれたことはなかった。


「お味噌汁のおかわり、いる?」

「ああ、頼むよ!」


 とても美味しそうに食べてくれる石川君を見ていると、何だか心がポカポカ温かくなってくる。ユリナちゃんとホノカちゃんも何度もおかわりしてくれたし、初めて報われた気がした。

 そんな魔法少女二人組は、朝食はとっくに食べ終わっており、居間のソファーに座って、くつろぎながら朝のニュースを見ている。報道されているのは昨日の事件のようだ。


「あれー? 映ってはいるけど、ちょっと私の見せ場が少なくない?」

「仕方ありませんよ。ホノカちゃんの動きが速すぎて、普通のカメラでは追いきれませんし」


 ワイバーン五匹を相手に、一歩も引かない攻防を繰り広げる赤と青の二人の魔法少女の活躍を、各局が大々的に報道されている。資料映像は報道ヘリで事件現場に乗り込んできた例の局のものだ。

 そこに私が魔法障壁を展開して火球を防ぐ映像も時々挟まる。いや、時々というか、かなりの割合を占めている。何故か目の前の二人よりも活躍シーンが多い。


 報道の注目度は一番は私、二番はホノカちゃん、三番はユリナちゃん、四番はワイバーン、五番は十人の魔法少女、と…大体そんな感じになっている。

 やがて石川君も朝食を食べ終わったのか、私たち三人が座っている物とは別のソファーに腰かける。


「目立ってる。ただ攻撃を防いでるだけなのに」

「安藤が目立つのは、…なあ?」

「ええ、ヤミコちゃんだから仕方ないです」

「そうそう、仕方ないよ!」


 一人納得できないものを感じながらもニュースは進み、やがて東京の一等地に建てられた、見覚えのあるイタリア料理店に映る。しかし店内の取材は行えなかったためか、店舗の情報とそこで何があったのかを伝える字幕だけであった。

 だがそこで急に画像がパスタ料理に切り替わる。黒猫の魔女ちゃんは高級イタリア料理店のボロネーゼが大好物! という内容の字幕が、デカデカと映し出される。

 さらには黒猫の魔女ちゃんは家庭的で聖母のような女性! という間違った情報のテロップまで貼られる。物凄く恥ずかしい。


「この情報は間違っている」

「そうか? 全て真実だと思うが」

「私もそう思いますけど、何処か誤報な部分ありましたか?」

「ヤミコちゃんのこと、ちゃんと広めてくれてよかったよ!」


 どうやら反対意見は私一人のようだ。ぐぬぬ…と心の中で歯ぎしりをしながら、ニュースの続きを何となく眺めていると。

 突然緊急速報特有の効果音と共に、テレビの上部に白い文字が表れる。


「んー…黒猫の魔女と名乗る少女が現われた?」

「そのようだな。安藤がここに居る以上は、偽物で間違いないが」


 続いて緊急速報の詳しい内容がかかれた台本を受け取り、アナウンサーが大声で読み上げる。

 どうやら都内のテレビ局に突然黒猫の魔女を名乗る少女が現われたらしい。それ以上の詳しい内容は不明で、新しい情報が入り次第また緊急ニュースを行うようだ。

 別に私の偽物が何人現れようと構わない。だが魔法少女がいくら似ていても、本人そのものにはなれないのだから、嘘をついてもいつか必ずバレてしまう。そもそも魔法を使えば即バレな気がするが、どうやって誤魔化すのだろうか。ちょっと気になる。


「んー…気になる」

「行くのか? 安藤」

「おおーっ! 本物と偽物の対決! これは盛り上がるよ!」

「ゲート感知ではないですし、今回はヤミコちゃんが行く必要はない気もします」


 気になるだけで別に直接乗り込むとは言っていないのだが、三人の中では既に決定事項のようだ。私はテレビを見ながら食後のお茶を口につけて発言を否定する


「行かない。偽物がどうしようと引退した私には関係ない。それにテレビを見ていれば、はっきりすること」


 この発言により、三人共が少し渋い顔になり、それもそうかと、私のテレビ局行きを諦めてくれた。しかしユリナちゃんは、どちらかと言えば否定的な立場だったはずだ。それなのに偽物対決を望んでいるように見える。本音と建前なのかな? 本当に訳がわからない。


 やがてニュースのスタジオから場面が切り替わり、建物の上部に大きな丸い建築物が取り付けられた、とあるテレビ局が映し出された。周辺には他の報道関係者や民間人が大勢押しかけており、お祭り騒ぎになっていた。

 男性レポーターがテレビカメラの前で必死に叫んでいるようだが、周りの報道陣や一般人も興奮気味に叫んでいるのでよく聞き取れない。

 そんな中で突然、テレビ局の入り口から異常などよめきが広がっていく。テレビカメラも入り口を映すが、人混みに邪魔されて離れた場所で何が起きているのか、まるでわからない。


「少しチャンネルを変えるな」


 石川君がテレビのリモコンを操作して何度かチャンネルを変更すると、どの局も丸い建造物を天辺に配置されたテレビ局から、現場の映像を流していた。

 皆どれだけ黒猫の魔女が気になっているのかは知らないが、私は自慢できる程の大した魔法少女ではないし、現実では地味子だということを突き止めてもがっかりするだけだ。

 やがて今回の騒動の中心であるテレビ局のニュースにチャンネルを切り替えると、どよめきの原因がはっきりと画面に映し出された。現場のレポーターが、ツバを飛ばしながら興奮気味に喋っている。


「黒猫の魔女ちゃんが、今各局の報道陣の前に姿を現しました! 彼女はこれから、一体何を行うつもりなのでしょうか!」


 テレビカメラも問題の少女を映すと、確かに私が変身した姿の黒猫の魔女そっくりであった。髪型や目鼻立ちや服装までがほぼ瓜二つと言ってもいい。しかし、似ていない部分もある、テレビの向こうの彼女の胸とお尻は本物と比べて少しだけ小さく感じ、そして本物よりもスタイルと顔立ちがよく、全体的に物凄い美人さんなのだ。

 そのような映像をアップで見せられ、私は思わずほぅ…と声を漏らしてしまった。


「本物よりもすごく綺麗」

「そうか? 何処からどう見ても、安藤の圧勝だと思うが?」

「兄さんの言う通りで、ヤミコちゃんのほうが絶対に美人さんだよ!」


 二人がそう言ってくれるのは嬉しいが、地味子の私に気を使ってくれなくてもいい。自分のことは自分が一番良くわかっている。そこにさらにユリナちゃんがダメ出しを行う。


「所々化粧で誤魔化していますが、それでもヤミコちゃんには遠く及びません。

 衣装も魔法少女のバリアジャケットではなく、全て作り物ですね。一般人の変装でしょうか?」


 私の評価はともかくとして、一般人ということは当然魔法少女ではない。そんなテレビの向こうにいる彼女が、何故黒猫の魔女を語るのか、疑問は尽きない。

 そしてユリナちゃんのダメ出しの途中で、話題沸騰中の彼女を中心に円状に地面が盛り上がり、他の報道陣や一般人にもよく見えるように舞台が整えられていく。


「土魔法?」

「はい、他の魔法少女に何度か見せてもらいましたけど、確かに土属性の魔法ですね。

 何処に隠れて、舞台演出のために使っているのでしょう」


 表向きは魔物関係と正当防衛、または緊急時以外の魔法の使用は自重するようにと定められているが、魔法の力を突然手に入れた年頃の少女が、窮屈な決まり事を守るのは稀である。

 そしてあまりきつく締めつけると暴走することはわかりきっているので、人に迷惑がかからない限りは、政府や自治体は見て見ぬ振りする。

 ウィキペディア的なユリナちゃんの知恵袋を聞きながら、そろそろお茶だけは寂しいなと思い、何気なく当たりを見渡すと、石川君が戸棚からクッキーの箱を持ってきてくれた。


「安藤、コーヒーか紅茶のどちらにする?」

「紅茶。手間をかけさせてごめん」

「気にするな。安藤には、こちらのほうが世話になってるからな」


 私が石川君の役に立ったのは、居眠り運転の車を止めたときの一度だけである。それ以外は部屋も借りたりとお世話になりっぱなしで、迷惑までかけているのだ。

 気を使われていることを感じて、ありがとうと一言呟き、丁寧に入れてくれた紅茶のカップを受け取る。


「兄さん、私も紅茶ー!」

「タツヤ君、私も紅茶をお願いします」

「お前ら…まあ、今回は入れてやるけどな。次からは自分で用意しろよ」


 ソファーに座っている魔法少女の二人から紅茶の催促を受けて、石川君が人数分のお湯を沸かして、先に温めておいたカップに順番に注いでいく。


「あれ? 兄さん、今までずっとコーヒーだったよね?」

「あっあぁ、それは…たまには気分を変えて、紅茶もいいかと思ってな」

「ふーん…へえー、そうなんだー! 兄さんがねー!」


 何やら動揺する石川君の様子を、ホノカちゃんは横から口を出して楽しそうに笑っている。それを見てユリナちゃんまでクスクスを微笑み、次に二人は私に視線を向ける。

 しかしこちらを見られても、何が何やらさっぱりな自分は首を傾げるばかりである。

 答えが見つからないので、クッキーを一枚掴んで再びニュース番組に顔を向けると、何やら大きくテロップが貼られていることに気づいた。


「黒猫の魔女ちゃんの大魔法?」

「今の所はただのコスプレ一般人という偽物感が拭えませんからね。

 ここで圧倒的な魔法の力を見せて、一気に天秤を傾けるつもりでしょう」


 私はクッキーを齧りながら、確かにユリナちゃんの言う通りだと思った。このクッキーはしっとりとした質感とほろ苦い甘さ、何も考えずに食べてしまったけど、この一枚で数百円はするのでは? 外箱も高級そうだし、香りも味もいい紅茶も油断出来ない。でも気にしないでいいと言われたし、ここは気を使わずにお言葉に甘えさせてもらう。

 後で請求されてお金が足りなかったら、臨時のお手伝いさんとして体で払うしかないかも知れない。こんな地味子の家政婦なんて石川君たちは喜ばないだろうけど、頼むから我慢して欲しい。


 そんな戦々恐々とした気持ちを一旦置いておいて、急にテレビの向こうが騒がしくなったので皆の視線が自然に集まる。

 土魔法で盛り上がった舞台の上では、意識を集中させて謎の呪文を小声でブツブツと呟く黒猫の魔女ちゃんがアップで映し出される。やっぱり美人さんなので真剣な表情がとても絵になる。

 ワクワクしながら画面に注目していると、やがて魔法が完成したのか、黒猫の魔女ちゃんは空に手をかざすと十本の黒い矢がすぐ目の前に現われて、しばらくその場に留まった後、天高く飛んでいった。


「「「「しょぼい」」」」


 大魔法というので、チェリーウッドを十本同時に出したり、黒猫トレインの召喚とか、魔法少女の神様を召喚とか、何かそういうのを期待していた。

 このがっかり感は今現在この部屋にいる四人だけでなく、固唾をのんで見守っていた取材陣や一般人も同じようで、悪い意味で言葉を失っていた。

 ただ一人現在画面に映っている現場のレポーターは例外で、興奮気味に騒ぎ立てている。


「ええと、これはアレです。そう…捏造とかやらせとか、そんな感じですね」


 ユリナちゃんが言うように、今映っているテレビ局もグルということだろうか。と言うか仕掛け人の可能性が高そうだ。会場の雰囲気が徐々に重くなっていることに気づいたのか、向こうの黒猫の魔女ちゃんは明らかに戸惑っている。もしかして私やらかしちゃった? …と思っていることだろう。

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