女子会?
<ヤミコ>
どうやら魔物の反応はなく、全て片付いたようだ。私はようやく一安心して警戒を解いた。後ろの報道ヘリが何やらうるさく喚き散らしているので、心底面倒そうな顔をして、これ以上付いて来ないで…と、一言だけ返したら、何も言わずに黙った。
その後カメラマンや他のスタッフと相談した後、長時間の飛行でヘリの燃料が心もとないらしく、現場に留まるのはここまでで、今すぐ帰投するとのことだ。何はともあれ話がわかる人でよかった。
余計な客人が去ったのを確認した後、私はそのまま今回の主役である二人の魔法少女の元まで飛んでいく。
「お疲れ」
「黒猫姉さん! この翼はすごいね! 自由自在に飛べるよ! まるで自分の手足みたいに動かせるし!」
「黒猫ちゃんもお疲れ様です。これからどうしますか?」
ホノカちゃんの希望である黒猫ミニカーでのお散歩も無事に終わった。あとは帰るだけである。しかし私は何となく後ろ髪を引かれるように、焼け焦げたキャンプ場を静かに見下ろす。
「今回の戦いで、飛行魔法を魔法少女の体が覚えた。二人ならすぐに、ある程度は再現出来るようになる。…多分」
魔法とは魔法少女により千差万別だ。二つと同じ魔法は存在しないので、あくまでもある程度の再現だけである。それに、元々才能に溢れた二つ名持ちの魔法少女である。こんな私などすぐに追い越して、もっとすごい飛行魔法を使えるようになるだろう。
「黒猫ちゃんはキャンプ場が気になるのですか?」
「もしワイバーンの火球で怪我をした人がいたら、嫌な気分」
最初から完全に傍観者に徹していればこんな気持ちには抱かなかった。しかし中途半端に手を貸してしまったので、このまま素知らぬ顔で帰ってもいいものかと、心の奥が何となくゾワゾワするのだ。バリアジャケットの目立った破損は見られなかったが、後輩魔法少女として、一言だけでも声をかけてから帰るべきだろう。
「ふふっ、そうですね。では、私がちょっと行って聞いてきますね」
私のこんな変な気持ちを察してくれたのか、ユリナちゃんが黒い翼をはためかせて、焼け焦げたキャンプ場にゆっくりと降下していく。私とホノカちゃんはそんな彼女をじっと見守る。
やがて空から舞い降りた慈愛の天使のようなユリナちゃんは、地面に足がついて翼を消したと同時に、十人の魔法少女にあっという間に囲まれてしまう。
「何だか困ってるみたいだし、私も行ってくるね!」
そう言ってホノカちゃんもユリナちゃんの後を追って、キャンプ場に降下していく。遠目にもわかるぐらい、二人共が大歓迎状態で迎えられる。そして当然のように彼女もすぐに囲まれてしまった。
その後しばらく戻って来るのを待ってみたが、二人は他の魔法少女に囲まれた状態で色々と質問責めされ続けている。そして時折こちらに助けを求めるような視線を、チラチラと送ってくる。
仕方ないので私も二人と同じキャンプ場に向かって、降下準備に入る。
「どうしたの?」
「黒猫姉さん、実は…」
「貴女が黒猫の魔女ちゃんですね? はっ…はじめまして! アタシは今回集まった魔法少女の代表をしている、宮内啓美、中学二年生です。どうぞヒロミと呼んでください」
私が降下して飛行魔法を解除した途端に、先程まで二人を取り囲んでいた十人全員が、今度はこちらにやって来て、ホノカちゃんの答えを遮って、何やら興奮気味で顔を赤くしたヒロミちゃんが、有無を言わさず話しかけてきた。
見た目は茶色のショートボブで、魔法少女というよりもメイド服をやや派手にして、さらにスカートを短くしたような可愛らしい服装をしていた。
そして何やら他にも話しかけたがっている魔法少女が多数いたが、ヒロミちゃんはそれを手で制して、話を先に進めようとする。リーダーをやっているのは本当なようだ。
「何処か怪我でもした?」
「いえ、アタシたちは全員無事です。これも全て黒猫の魔女ちゃんのおかげです。ありがとうございました!」
もしかして重症人がいるから二人が戻ってこれないのではと心配したが、別にそんなことはないようで一安心だ。そしてヒロミちゃんだけでなく、十人全員が私に向かって深々と頭を下げている光景を前にして、一つ訂正しなければいけないと強く感じた。
「私は何もしていない。今回の事件を解決したのは全て、ユリナちゃんとホノカちゃんのおかげ」
多少の手助けはしたものの、基本的には報道ヘリにピッタリと張り付いて魔法障壁を展開していただけだ。そんなに大したことはしていない。元凶であるワイバーン五体を倒したのは、目の前にいる二人なのだと。そのことを今一度強調する。
「二人のバックアップですか。黒猫の魔女ちゃんが言うのでしたら、そういうことにしておきますね」
行きに通ったコンビニの店員さんと同じように、納得はしてくれたけど釈然としないような物言いである。ともかく彼女たちのお礼の言葉は十分に伝わり、話にキリがついたのでこのまま帰ろうかと二人の方に視線を送ると、それを遮るようにヒロミちゃんが割って入る。
「待ってください!」
「まだ何か?」
「はいっ、今回アタシたちは何も出来ませんでした。せめて黒猫の魔女ちゃんの役に立てたんだと思えるような、機会をもらえませんか!」
彼女たちはワイバーン五体を相手に怯まずに立派に戦ったと思うし、あのまま続けていれば、いずれは他の魔法少女も到着して戦況は好転していただろう。
つまりは自分たちの役目は十分果たせている。取材ヘリが乱入してきたから妙な展開になってしまったが。
「貴女たちは魔法少女の役目を十分に果たした。私が保証する」
「はっはいっ! 黒猫の魔女ちゃんにそう言ってもらえると、とても嬉しいです!」
こんな私の保障でよければいくらでもあげるが、魔法少女も過大評価で現実でも地味子に褒められたからと喜ぶ人はいない。何だか騙しているようで心苦しいので早いところこの場を離れて家に帰ろうと、薄暗がりが広がりはじめた空を見上げ、再びヒロミちゃんを真っ直ぐに見つめて言葉をかける。
「お腹が空いたから、私たちはそろそろ帰る」
「だったら、アタシたちに食事を奢らせてください。今回手伝ってくれたお礼です!」
前回の独占インタビューで私がファミレスを利用したことを覚えていたようだ。確かに食事を奢ってもらうのは家計の足しになるので嬉しいが、自分はちょっと手伝っただけなので、やはり心苦しく感じてしまう。
「気持ちは嬉しい。でも私は少し手を貸しただけ。それに外食では皆にお金を払わせることになってしまう」
「黒猫の魔女ちゃんはしっかりしてるんですね。でも大丈夫ですよ。アタシたちは魔法少女です。
ちゃんと国からお金が出ますし、十人で三人分支払うので、負担は大したことありません」
確かに自分のお財布の中身を見る限り、ヒロミちゃんたちも相当のお金を持っているかもしれない。それが十人で私たち三人に一食奢るのだ。負担はそれほどではないだろう。
ただしこの場合は石川君は遠隔操作で家に戻ってもらうことになる。一緒にいるのを見られると、彼の立場的に色々と不味いことになりそうだし、私との関係を疑われると迷惑がかかるだろう。
「んー…相談するから、少し待ってて」
私はそうヒロミちゃんに返答して、ユリナちゃんとホノカちゃんを呼んで、十人の魔法少女から少し離れた場所に移動する。
「黒猫姉さんはどうしたいの?」
「私も黒猫ちゃんの意見に従いますよ」
二人は全面的に私に任せるようで、それ以外の意見はないようだった。石川君にもどうしようかとラインを送ったら、安藤が受けたいなら、俺を先に帰して気にせずに楽しんでくれ…と、そんな感じで返ってきた。
三人の意見を聞いて今夜の方針を決めた私は、最後に石川君に再びラインを打ち、猫ミニカーを自動操縦でマンションの地下駐車場まで帰らせる内容を伝える。
そんなやり取りを済ませて、私たちはヒロミちゃんの方に顔を向ける。
「今回の奢りを受ける」
「わーいっ! あっありがとうございます! それで何処に行きますか? アタシたちは黒猫の魔女ちゃんが行きたいお店なら、何処でも構いませんよ!」
普通はこのような場合、奢るほうが予算の都合に合わせてお店を決めるのではないのだろうか。それとも現在テンション高めのヒロミちゃんたちは、それだけお金に余裕があるのか。
どちらにせよ、自炊以外の外食がこの間のファミレスが初体験だった私にとって、選べる選択肢など皆無に等しい。助けを求めるように後ろの二人に視線を送るものの、ニコニコしているだけで手を貸してくれる様子はない。
確かに私に聞かれているのだから、横から口を出すわけにはいかないのだろう。
「数日前のファミレスが私にとっての生まれて初めての外食だった。
ヒロミちゃんたちのオススメのお店があれば、案内して欲しい」
これで私の正体が外食なんて出来ない貧乏人だとはっきり口に出てしまったが、嘘が苦手な自分では上手い言い訳が出来ないので、正直に伝えるしかない。
たとえ失望されても元々の素材が地味子なので、今さら傷ついたりはしない。
「現実の貴女がどんな人物であってもアタシたちは気にしないですよ。
だって自分たちを助けてくれた魔法少女こそが、本当の黒猫の魔女ちゃんなんですから」
「…ありがと」
何だか気を使ってくれたのではなく、まるで本心からそう言ってくれてるように感じてとても嬉しいのだが、同時に恥ずかしい気持ちにもなってしまい、思わず頬を赤く染めて視線をそらし、三角帽子のツバを指先で弄る。
「笑った? 今黒猫の魔女ちゃん笑いましたよね!」
「笑ってない」
「ああっ! 残念…元に戻っちゃいましたね。まあ、今の表情もすごく素敵ですけど」
どうにも心が不安定になるとそのまま顔に出てしまうらしい。辛い、苦しい、悲しい等の負の感情は表には殆ど出ないのだが、嬉しい、楽しい等の感情と羞恥心は、すぐに表情に表れてしまうのだ。
「ともかく、オススメのお店をお願い」
「そうでしたね。アタシのオススメなら…」
「ちょっとヒロミちゃん! ここは私が紹介するわ!」
「わっ…私も、黒猫の魔女ちゃんにお店を紹介したいです!」
あれよあれよという間に、十人の魔法少女は一番のオススメなお店を決めるために、熱心に議論を交わす。
そうこうしているうちに、遅れてやって来た魔法省と取材の関係者の車が次々と到着し、皆揃ってこちらに駆け寄って来る。
別に話を聞かれるのは構わないが拘束時間が長くなるの困る。せっかく奢ってくれると言っているのに、いつまでも食事にありつけずにお預け状態になってしまう。
私は黒猫ミニカーと同期して、無事に地下駐車場に到着して石川君を降ろしたことを確認すると、今度はキャンプ場に再召喚を行う。
「うわーいっ! これが黒猫バスですか!」
「少し違う。これは黒猫ミニバス。とにかく急いで乗って」
黒い塊がミニバスサイズの黒猫に姿を変えて、すぐに入り口の扉を開く。
ウカウカしていると捕まってしまう。別に犯罪を行ったわけでも後ろめたい気持ちもないが、任意同行は面倒なのだ。事件の報告するだけなら直接顔を合わせなくても電話で十分であり、そもそも私が直接処理したわけではない。後のことは私以外の皆に任せればいい。それも今日でなく明日以降にだ。
十人の魔法少女と私、そしてユリナちゃんとホノカちゃんが乗り込んだことを確認すると、すぐに入り口を塞いでステルスモードを起動し、フワリと空に浮かぶ。
「何か荷物があれば回収する。奢りに不参加の人はこの場で降ろす」
こちらの話は聞こえてはいるだろうが、皆は初めて乗る黒猫ミニバスに夢中で、あちこちを色んな角度から観察したり、直接手で触れたりして存分に楽しんでいる。
「今回のメンバーは皆、タクシーを捕まえてここまで来ました。全員分の荷物はキャンプ場の入り口、管理人さんのログハウスにあります」
「了解した。一先ずそこに向かう。荷物を回収したらすぐに戻って」
フロントガラスにキャンプ場周辺の3Dマップを表示させて、管理人さんの小屋にマーカーを立てる。実際には何処に何があるのかはまるでわからないが、願いにより発動する魔法はその辺りの調整が優れているらしく、アバウトでも大体は何とかなる。
そのまま黒猫ミニバスを少しの距離を走らせて、ログハウスの入り口に直通エレベーターを設置し、それぞれの荷物の回収に向かわせる。
ただでさえ魔物の発生と魔法少女、そして魔法省や取材の関係者が詰めかけて驚いているのに、さらには空から直接降りてきた十人の魔法少女たちを見て、入り口の受け付けからキャンプ場を眺めていた管理人さんは、思いっきり驚愕してしまう。
幸いなことに荷物の回収はスムーズに終わり、数分程で全員が黒猫ミニバスに戻ってきた。今回は外のトランクルームに入れる時間がないので、座席の上部にある棚に乗せてもらうことにする。
「オススメのお店は決まった?」
「それが、まっ…まだなんです」
そこまで食に対して貪欲なのか。誰もが一歩も譲らないらしい。シュンとする彼女に別に、責めているわけではないで気にしないでと告げる。
「どんなお店に決まっても、私にとっては初めての体験。
だから、皆そこまで気負わずに、もっと気楽に決めていい」
「はっはいっ! それじゃ、ジャンケンで決めますね!」
運に左右されるが決定が早いので、困ったらジャンケンになるのはわかる。しかし気を抜いていいと言ったのに、皆の目がより真剣になっているのは何故なのだろうか。やはり勝負事だからなのか。
今回勝ち残ったのは少しオドオドとしている、スカート短めな純白のウェディングドレスを身にまとった、お嬢様っぽい雰囲気の銀髪の女の子だった。早速お店の場所を教えてもらい、3Dマップにマーカーを打ち込む。
問題は十三人の魔法少女が突然押しかけても大丈夫かどうかだ。前回はいきなり大勢ががファミレスにお邪魔して、迷惑をかけてしまった。
「いきなりこんな人数で行っても大丈夫?」
「はっ…はい、大丈夫です。中条系列のお店ですので。予約もすぐ取れました」
その中条系列が何なのかは私にはまるでピンと来ないが、名字から考えて関係者っぽい中条夏姫ちゃんがそう言うなら、大丈夫なのだろう。
ちなみに彼女のナツキという下の名前も、携帯からお店の情報を読み取るときに一緒に教えてもらった。ヨーロッパのとある国の人と日本人のハーフという話だ。
しかも両親二人共がやんごとなき身分のようで、彼女は本物のお嬢様らしい。地味子の自分と違って本当に恐れ多い。