ある魔法少女の証言
<とある魔法少女>
プロペラの音で何かがこちらに近づいているのは気づいていた。しかしそれが命知らずの報道ヘリだとは思わなかった。
どうやら彼らはアタシたち魔法少女が空中のワイバーンを引きつけているので、自分たちは安全に取材が出来ると考え、ギリギリまで接近して特ダネを入手するつもりだったらしい。あらかじめ政府から警告はされているのにも関わらずの突撃取材だ。無謀としか思えない。
それとも前回、黒猫の魔女ちゃんを妨害したために大事故を起こし、さらに命まで救われ、周囲の人たちに多大な迷惑をかけた失態を挽回するため、多少危険でも手柄が欲しかったのかもしれないが、そんなことはアタシたちの知ったことではない。
魔法少女がもっとも優先すべきことは自分の命を守ることだ。そして魔物を倒すことと民間人を守ることは、現場の状況に合わせて臨機応変にという感じだ。
と言うか、空を飛べないアタシたちでは、どう足掻いてもヘリを守ることは出来ない。
アタシたちも心の中では前回の黒猫の魔女ちゃんと同じように、目の前で同じ国民の命が失われるのを見たくない。あんな考えなしでも民間人を守りたいのだが、今回だけはどうしようもない。
キャンプ場で呆然と立ち竦んでいるアタシたちから離れて、ワイバーン五匹全てが報道ヘリに向かって飛んでいく。
目標には攻撃手段がないと判断して、体当たりか鉤爪で仕留めるつもりのようだ。アタシたち十人の魔法少女も含めて、目の前の魔物に完全に遊ばれているのがわかる。
しかし空中の敵に手も足も出ないのは本当なので、とても悔しく感じてしまう。キャンプ場から離れて、急いで魔物を追いかけるべきだと他の魔法少女が言うが、もし火球がここ以外に落ちたら、たちまち山火事になってしまうため、動きたくても動けない状況なのだ。
やがてワイバーンの一匹が前に出て、逃げるヘリとの距離をみるみる詰めていく。もう数秒以内に激突すると皆が思った瞬間、両者の間に何処からか突然現れた三角帽子をかぶり、半透明な黒い翼をはためかせた謎の魔法少女が強引に割り込んだ。
彼女は魔物に向かってサッと片手をかざすと、黒く半透明な円状の壁が構築されて、瞬く間に少女と報道ヘリを包み込んだのだ。
そのまま勢い落とさず突撃していくワイバーンだが、彼女が作り出した魔法障壁に触れた途端に、バチッ! という大きな音と共に青白い火花が飛び、遙か後方に弾き飛ばされてしまう。
その魔物はフラフラと落下して地面に激突するかと思われたが、接触する直前に辛うじてバランスを取り戻し、再び空に舞い戻ったワイバーンは今度は激しい威嚇行動と取り、残りの四匹とヘリを攻撃するために、次は火球を放ってくる。
もちろん報道ヘリにとっさの緊急回避が出来るわけがなく、その全てが直撃コースとなった。しかし五発全部が黒い壁に激突して周囲に轟音を響かせたものの、三角帽子の魔法少女は、まるで何もなかったかのように空中に留まり平然としており、魔法で作られた半透明な黒い壁もまた、傷一つついていなかった。
その時になってアタシたち十人の魔法少女は皆、身体強化をかけても距離が離れているため少しだけ見えにくいものの、彼女こそが噂の黒猫の魔女ちゃんに間違いないと、確信にも近い何かを感じたのだった。
その後も怒り狂ったワイバーンたちが火球を何度も放つが、その全てが黒い壁に阻まれて眩しい火花と爆発音が響くだけだった。
いつの間にか十人の魔法少女のうちの一人が携帯電話を操作して、例の局のニュース番組を見ていることに気づいた私は、後ろから顔を覗かせて一緒に見せてもらうことにした。
「見てください! 黒猫の魔女ちゃんです! 黒猫の魔女ちゃんが、またしても我々を守ってくれました!
しかし彼女は引退宣言をしたはずですが、これは一体どういうことなのでしょうか!」
ヘリのレポーターが熱に浮かされたように、興奮状態でまくしたているが、引退したはずの黒猫の魔女ちゃんを強引に引っ張り出した彼らが、今さら何を言っているのだろうか。
そもそも無理な突撃取材を行わなければ、彼女も彼らを守る必要はなかったのだ。いつの間にか他の魔法少女も携帯を取り出して同じニュースを視聴しており、何人かのグループに分かれて状況を見守っていた。
テレビカメラは涼しい顔をしている、美しくも妖艶な色香を放つ黒髪の魔法少女と、無駄な攻撃を続けるワイバーンを交互に移動しているが、映す比率は黒猫の魔女ちゃんのほうが圧倒的に高い。
そして最初は逃げに徹していた報道ヘリも、今はその場に留まって、黒い円状の魔法障壁を展開する魔法少女を、至近距離でカメラに収めようと躍起になっている。
その様子を横目で確認する黒猫の魔女ちゃんは、うんざりしたように溜息を吐いているのが、はっきりと映し出されている。確かに現場でしか手に入らない大スクープであろうが、人前に出ることが嫌いな彼女にとっては、大迷惑でしかない。
しかしカメラに映る黒猫の魔女ちゃんは、報道ヘリを護衛対象としか見てないのか、目線が常に魔法障壁の外のワイバーンに向いている。もしもテレビカメラに向かって一瞬でも微笑みかけてくれたら、男女問わずに一体どれ程の人が彼女の虜になることだろうか。
今なお携帯の小さな画面に映し出されている黒猫の魔女ちゃんは、何というか圧倒的な存在過ぎて、女性としても魔法少女としてもまるで比較対象にならず、嫉妬する気にもなれずに、ただただ羨望の眼差しを送ってしまう。
唯一の欠点は無口で口下手なところだが、それも黒猫の魔女ちゃんにとっては減点ではなく、個性の一つとして加点対象になってしまう。
私と同じようにニュース番組に釘付けの十人の魔法少女たちは、彼女の冷静な表情がわずかでも動くたびに、はぁ…、あぁ…と、まるで愛しい恋人にうっとりと見惚れるような、切なげな溜息を吐く。
実際には違うのだろうが、黒猫の魔女ちゃんはアタシたちを助けるために、引退宣言を無視して助けてくれたのだ。そして今、噂の魔法少女が自分たちと同じ戦場に立って、我が身を盾にして戦ってくれている。
この事実を確認し、現場にいるアタシを含めた十人の魔法少女は、心の底から完全に籠絡されてしまった。空高くに留まっている黒髪の彼女に、永遠の忠誠を誓わせて欲しいとさえ思ってしまったのだ。特に彼女ならば見た目良し、性格良し、魔力良しの、超絶優良物件である。
黒猫の魔女ちゃんのことは今見ている姿と噂でしか知らないが、現実の彼女もとても素晴らしい女性なのだと、十人全員が信じて疑わなかった。
そんなことを考えているとは露知らず、ワイバーンから一方的に攻撃され続けては、黒猫の魔女ちゃんの魔法障壁で弾く展開がしばらく続いた後、やがて彼女は面倒そうに三角帽子のつばを弄ると、突然明後日の方向に視線を向ける。
テレビカメラも彼女の変化に気づいたのか、視線の先に素早く焦点を合わせるが、そこには半透明な黒い壁の外に、何やら小さな黒い点があるようにしか見えない。
「皆! あれを見て!」
仲間の魔法少女の一人が大きな声をあげて、ある一点に向かって指差す。そこには黒猫の魔女ちゃんと同じような、半透明の黒い翼を羽ばたかせて空を駆ける、赤と青の二人の魔法少女の姿があった。
「あの二人は! 何でここに! それに、あの黒い翼は!」
二つ名持ちの魔法少女は貴重であり、裏打ちされた実力もある。そんな彼女たちが黒猫の魔女ちゃんと同じ黒い翼で、楽しそうに戦場の空を飛んでいる
キャンプ場から見上げている十人の魔法少女は皆、そんな二人を羨ましいと思ってしまう。
五体のワイバーンは突然の乱入者に驚いたが、すぐに迎え撃つようにユリナちゃんとホノカちゃんの方を向き、火球を撃ちはじめる。
その頃には、魔物は彼女たちにすっかり夢中になり、護衛が標的から外れたので、黒猫の魔女ちゃんは報道ヘリの黒い魔法障壁を解除していた。
「すっ…すごい! あれが、二つ名持ちの魔法少女の力なの!」
ホノカちゃんは撃ち出される火球をスイスイと避けて、ワイバーンとの距離を詰めていく。そしてユリナちゃんは空中に留まり、いくつかの水球を作り出して、飛んでくる火球の全てを叩き落としていく。
やがて獄炎の蛇の二つ名に相応しい炎の剣を作り出し、赤髪の魔法少女は一匹のワイバーンに空から肉薄する。まさか接近戦を挑まれるとは想定していなかったのか、魔物は全く反応できていなかった。
そのため、一太刀で緑の翼を両断されて錐揉みしながら地面に落下していった。勿論魔法障壁を常時展開している魔物が、高所からの落下で死ぬわけがないが、地面に叩きつけられて動きが止まったところを、青髪の魔法少女が空中から小さな水弾を雨あられと撃ち出し、周囲の地面ごと穴だらけにしていく。
キャンプ場が高地にあったために一部始終を目撃できたわけだが、これには皆開いた口が塞がらなかった。二つ名持ちではないアタシたちとは、明らかにレベルが違うのだ。
そしていつの間に一匹目を仕留めたホノカちゃんが、次の標的との距離を限界まで詰めており、まさかの事態に動きを止めて呆然としていたワイバーンの二匹目の翼も、見事に叩き切る。
その後の二度目の水弾の連射により、またもや魔物はあっさりと沈む。
三匹目に向かい飛翔していく赤髪の魔法少女だが、その時になってようやくワイバーンも迎撃の構えを取る。とは言え、既に接近を許してしまっているので火球は撃てずに、鋭い爪で切り裂いてくる。
しかしホノカちゃんはその行動をあらかじめ読んでいたようで、直撃の寸前に姿がかき消える。
「えっ? 消えた…一体何処に?」
アタシたちが彼女を見失っていたのは僅かな間であり、次の瞬間には翼を両断されたワイバーンの背後に、得意そうな表情したホノカちゃんの姿を見つける。
どうやら魔物の爪が振り下ろされる直前に、超高速に入り背後に回り込んで翼を切り落としたらしい。
つくづく二つ名持ちの魔法少女はデタラメである。しかし、アタシたちがその力を得たとしても、使いこなせるとは到底思えなかった。目の前のホノカちゃんだからこそ可能であるのだと、感覚的に理解してしまう。そして当然三匹目も前の二匹と同じ末路を辿り、水弾で蜂の巣にされる。
しかし、三匹目を高速で倒したことで油断したのか動きを止めたホノカちゃんに向かって、残りの二匹が放った火球が迫る。だが何を思ったのか、彼女は真正面か炎に突っ込んでいく。このままで直撃すると皆がそう感じた瞬間、ユリナちゃんが撃ち出した水球が二つの火球を迎撃し、大爆発と共に周囲に轟音が響き渡った。
もうもうとした白い靄が晴れたときには、先程まで確かにその場に居た赤髪の魔法少女の姿が忽然と消えていた。二匹のワイバーンも慌てて周囲を警戒するが、それよりもホノカちゃんの行動は一歩早く、捕らえきれない速度で迎撃準備の整わない魔物の翼を、全て両断してしまう。
二匹同時に地面に落下しても慌てずに水弾を撃ち出し、正確に処理していく青髪の魔法少女もまた、二つの名持ちに相応しい実力だったのだ。
こうしてカテゴリー2の戦いは終わった。結果としてアタシたちは何も出来なかったのだが。