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ワイバーン

<ヤミコ>

 今回は町から離れた山間部なので、現場近くの山沿いのコンビニの周辺は民家がまばらだった。かと言って立ち寄る客も少ないかと言うとそうではない。

 長距離ドライバーや地元民等がかなりの頻度で利用するからだ。そんな中に来店する魔法少女三人とイケメン少年一人、注目を集めないはずがない。


「いっ…いらっしゃいませーっ!」


 透明なドアを開けた途端に、店員一同だけでなく店内全ての客の視線が刺さる。他の三人は慣れているだろうけど、私のメンタルはストレスには多少は強いものの、基本的に注目されるのは苦手である。何よりやはり、肌を露出する衣装で人前に出るのはとても恥ずかしい。

 しかし今の私は小さなコンビニカゴを持って、手ぶらのホノカちゃんの後を黙って付き従っていた。


 最初は空中に停車している黒猫ミニカーでお留守番をするつもりだったのだが、乗せてくれたお礼に一品奢るとのことなので、ありがたく同行させてもらったのだ。

 これでは借りた恩を返せないだけではなく、新しい貸しを作るかもと思うが、どうせ膨大な貸しが積み重なっているのだ。今さら一つ二つ増えたところで、どうということはない。

 一生かけて返せばいいと少し投げやりになっていたのかもしれない。とは言え実際には残りの人生全てを使っても、とても返しきれる気がしないので、もはや進退窮まっている状況だ。


「黒猫姉さん! どっちのお菓子が好き?」


 ホノカちゃんがイチゴ味のポッキーとチョコ味のポッキーを右手と左手に持って、満面の笑みでこちらの意見を聞いてくる。その様子を周囲の人達が物珍しく眺めており、中には携帯のカメラで撮影している人もいる。ただいま生放送中かもしれない。

 しかし一体いつの間にこんなに有名人になってしまったのか、私は小さく溜息を吐きながら答えを返す。


「どちらもよくわからない。食べたのは多分、物心がつく前だから」

「あっ…うん! だったら両方買うね! 後で一緒に食べようよ!」


 食べたのは妹のミツコが魔法少女になる前だった。あの頃はまだ普通の姉妹をしていた気がする。もっとも、彼女の自由奔放で姉を見下すところは、今も昔も全く変わっていないのだが。

 ホノカちゃんは左右の手に持ったポッキーを、私の持っているコンビニカゴの中に入れる。ちなみに残りの二人もすぐ後ろにピッタリと張り付いており、どう控え目に言った所で、目立ち過ぎる四人組だ。


「黒猫姉さんは、何か食べたいお菓子はないの?」

「んー…桃缶? 風邪を引いた時に両親が買ってきてくれた」

「それはお菓子じゃ…あーそうだね! じゃあ桃のゼリーにしよう!」


 お菓子なんて滅多に食べられなかったけど、あの時は風邪で寝込んだ私のために、両親が桃缶を買ってきてくれたので、本当に嬉しかったのだ。

 魔法少女になってからは風邪は変身して治すために、お菓子を買ってもらう機会も同時に失うことになったのは、とても残念だった。

 そして私用のお菓子として、ホノカちゃんが掴んだ桃のゼリーがカゴに追加される。


「ホノカ、かなり人が集まってきたし、そろそろ出たほうがいい」

「うん、あとはコレと…それとコレも! それじゃ会計してもらうよ!」


 ホノカちゃんはお菓子棚の目についたものを適当にカゴの中に入れていき、半分ほど埋まって満足したのか。会計を行うためにレジへと歩いて行く。

 既にコンビニの中だけではなく外にも大勢集まっており、彼女が一歩踏み出すたびにまるでモーゼのように。店内の人だかりは音もなく割れていく。


「これ、お願いします!」

「はっ…はいっ! しばらくお待ちください!」


 元気よく私から受け取ったカゴを会計台の上に置いて、アルバイトの男性店員さんがおっかなびっくりバーコードを読み取っていると、会計を行っている目の前の彼が、他の三人ではなく何故か私に直接話しかけてきた。


「あっ…あの、間違っていたらすみませんが、黒猫の魔女ちゃんですよね?」


 私は返事の代わりに軽く頷く。それだけでコンビニ内はどよめきに包まれた。


「おっ…俺、黒猫の魔女ちゃんの大ファンなんです! 独占インタビューでは引退と言っていましたけど、魔法少女を続けてくれるんですね! すごく嬉しいです!」

「魔法少女の引退は事実」

「えっ? でも…これから、癒やしの聖女ちゃんと獄炎の蛇ちゃんと一緒に、ゲート反応のあった現場に向かうんですよね?」


 今さらながらコンビニに寄った時点で、私の協力がバレてしまうことにようやく気づいた。

 あの時はホノカちゃんちゃんの奢りという言葉に釣られて、久しぶりのお菓子が食べられる機会だと、全ての思考が持っていかれてしまったのだ。

 ここまで追求されてはもう隠し通せないと判断したため、正直に告げることにした。


「確かに現場には向かう。でも、私たちが手を貸すつもりは一切ない。近くの魔法少女たちに任せる」

「なっなるほど! つまり、現場の連携を重視したサポート役ということですか! そして危なくなったら手を貸すと!」

「違う。見てるだけ」


 この男性アルバイトの人は何もわかっていない。完全に誤解している。今回はステルスモードを使い、上空から他の魔法少女の活躍を見ているだけである。ついでにコンビニで調達したお菓子を食べながらの観戦だ。


「それと少し気になったのですが、黒猫の魔女ちゃんはそちらの獄炎の蛇ちゃんのお姉さんですか?」

「違う。彼女が姉と呼んでいるだけで、肉親的な関係はない」


 これははっきりと否定しておかないと、ホノカちゃんに迷惑がかかることになる。しかし彼女は頬を膨らませて不満気なので、もしかしたら妹扱いされないのかもしれない。だが私は姉になる気はないので、わかって欲しい。


「そうでしたか! それでは黒猫の魔女ちゃん、癒やしの聖女ちゃん、獄炎の蛇ちゃん! お仕事頑張ってください!

 そして機会があったら、また寄ってくださいね!」


 そう言ってアルバイト店員さんは笑顔で頭を下げて送り出し、ホノカちゃんは携帯をかざして支払いを済ませる。まだ近くのゲート反応が消えていないためか、これ以上私たちを引き止める人はいない。

 そのまま入り口と同じ透明なドアを開けて外に出る。数歩進んだところで自分たちの周囲に正方形の魔法障壁を作り出し、空中に停車しているステルスモードの黒猫ミニカーまで、ゆっくりと上昇を開始する。


「全員乗ったら出発する」


 多分外で見ている人たちは、私たちの高度が一定に達した部分から、透き通るように消えていく姿が見えたことだろう。

 そのまま黒い毛並みのミニカーの扉を開き運転席に乗り込む。他の三人もすぐに座席に座ったために、扉を消してアクセルをゆっくり踏み込む。

 少し走らせてからコンビニの駐車場を振り返ると、私たちがいたと思われる場所にカメラを向けている人が大勢いたので、ステルスモードはちゃんと効果があるのだと確認出来た。










 ナビゲーションからコンビニのマーカーを外してレーダー表示に切り替えると、中央の青い三角の少し先に、青い丸が十、赤い丸が五、そして離れた場所に何故か白い丸が一つ表示されている。ユリナちゃんも見当がつかないらしく、頬に手を当てて考え込んでいる。


「民間人でしょうか? でも場所は山間部ですし、登山者の可能性もありますね」


 どちらにせよ現場に行けばわかることなので、少しだけ黒猫ミニカーのアクセルを踏み込むと、高速で空を駆けて周囲の景色が一気に後ろに下がっていく。

 そしてものの一分もかからずに、今回の戦場である広々としたキャンプ場の端に到着する。ちなみに出現した魔物はオーガではなかったようだ。


 その魔物は全身が緑色の鱗に覆われて、羽のついたトカゲであり、五匹全てが空を飛んでいる。そして見晴らしのいいキャンプ場には十人の魔法少女がそれぞれの属性魔法を果敢に飛ばし、緑のトカゲも反撃とばかりに火球を撃ち出して戦う光景が見える。


「あれはワイバーンで、火球を吐いて空を飛ぶ魔物ですね。

 しかしお互い何と言いますか。…なかなか当たらないですね」


 実際ユリナちゃんの言う通りで両者の距離が離れているせいか、魔法少女も魔物も大した被害はなく余裕を持って避けている。バリアジャケットの破損も見られないことから、戦闘はまだ始まったばかりのようだ。

 しかし広々としたキャンプ場から外れて火球が落ちると、火事の危険性がある。実際に広場のあちこちに小さな火種がくすぶっており、外の森に燃え広がらないのが不思議なぐらいだ。


 私は適当に観戦しながら桃のゼリーをホノカちゃんから受け取り、簡易スプーンですくっては、せっせと口に放り込む。久しぶりのコンビニのデザートはとても美味しい。皆もそれぞれのお菓子を食べながら、安全な黒猫ミニカーの中から魔法少女の活躍を見守っている。


 しばらく両陣営に目立った動きはなかったが、レーダーの白い点がかなりの速度で戦場に向かってきたことで、状況に変化が起きた。遠くから大きなプロペラ音を響かせながらやって来たのは、一台の報道ヘリだった。放送局を示す文字に何となく見覚えがあるように感じる。


「んー…何処かで見た?」

「あれは、黒猫バスの進路を妨害した報道ヘリですね。結局チェリーウッドで助けましたけど」


 と言うことは、乗っているのも前回と同じ人だろうか。それとも全くの別人なのか。しかしそんなことを考えても意味がなく。ピーチゼリーを食べ終わった後に、ホノカちゃんがイチゴポッキーを直接口に運んでくれたので、ありがたくいただかせてもらう。


「何でこんな危険な場所に?」

「ゲートから現われる魔物は殆どが地上特化です。恐らくは空を飛ぶヘリなら今回も安全と思い、突撃取材に来たのでしょうね。

 しかしワイバーンだと確認しながら気づかれる瞬間まで接近するとは、命知らずですね」


 ユリナちゃんの言う言葉が正しかったようで、ワイバーンに気づかれた瞬間、報道ヘリは慌てて逃げ出そうとする。

 しかしプロペラ音がかなり大きかったため、逃げるよりも先に魔物に補足されていたようで、このままではいつか火球か体当たりで沈められるのも時間の問題だろう。


「どうしようか」


 観戦を続けてもいいのだが、このままだと確実に不味いことになる。ミッションのコンプリート条件は、空を飛ぶ魔物の討伐、魔法少女十人の支援、ヘリの護衛である。

 私は平凡な魔法少女だが、ワイバーンに有効な飛行魔法を使えるので一人三役も多分出来るが、空に地上にと忙しく立ち回るハメになるので、そんな面倒なことはしたくない。


 何よりどれだけ恥ずかしい衣装を着て華麗に活躍しても、私の根底が地味子であることは変わらない。そんな一般人以下の自分を大げさに宣伝されるのは、まっぴらごめんだ。

 しかしこのまま見殺しにするのも後味が悪い。少しだけ悩んだ末にあることを思いつき、私はホノカちゃんとユリナちゃんの二人をじーっと見つめる。


「二人共、空を飛んで見たくない?」


 あくまでも自分は二人支援するように動き、ホノカちゃんとユリナちゃんが大活躍すれば、引退発言を行った私は目立たずにいられるだろう。これならばきっとカメラ映りも控え目で評価も低くなる。

 我ながら名案だと思った私は、不思議そうな顔をしている魔法少女の二人に簡単な説明を行う。練習する時間も殆どないためぶっつけ本番になってしまうが、若くして二つ名持ちになった二人なら、きっと上手くやってくれると信じている。


 ちなみに魔物相手に無力な石川君は、ステルスモードの黒猫ミニカーの中でお留守番である。万が一の場合は前回のように魔物に向かって、突っ込むぞ! 掴まれ! を遠隔操作でさせるかもしれないが、おそらくそんな場面は来ないだろう。

 それでは作戦開始である。


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