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黒猫ミニカー

<ヤミコ>

 そのまま何事も起こらずに、あっという間に時間は過ぎてお昼休みになった。校舎の裏庭で石川君とユリナちゃんと一緒に、いつものようにお弁当を食べていると、突然ラインに着信があった。

 送り主は両親からであり、これから家政婦さんが毎日家に来るので、ヤミコは家事をせずに邪魔せずに何処か外に行っているか部屋に籠もって勉強していなさい。…とのことだ。

 私が家政婦さんと会うと、何かトラブルが起きると考えているのだろう。

 隣で自分のお弁当を食べていた石川君が、携帯を見ている私の様子が気になったのか、はっきりと聞いてくる。


「もしかして家政婦の件で連絡が入ったのか?」

「うん、今日から家に入るから、その人が居る間は外に行くか、部屋で勉強してなさいって」

「そうか。自由な時間が増えてよかったな」


 しかし家にいる間は妹からちょっかいを出されるかもしれない。ここはせっかく誘われているのだから石川君のお家にお邪魔させてもらうことにする。もし迷惑そうな雰囲気を感じたら、その時に来訪を控えればいいだろう。そう考えていると、またラインの着信音が響いた。

 まだ手に持ったままだったので、慌てて視線を移すと相手はホノカちゃんだった。


「ホノカちゃんが私と遊びたいから、早く放課後になって欲しいって」

「そっ…そうか。ホノカは昔から甘えん坊だったからな。

 でも両親が多忙で殆ど構ってもらえなかったし、安藤に姉か母の面影を重ねているのかもな」


 ホノカちゃんとは友達だと自覚しているものの、姉か母になったつもりはない。私の妹はミツコ一人だけなのだ。しかしホノカちゃんぐらい可愛い妹なら、もう一人ぐらい増えても大歓迎だとも思ってしまうのだった。











 放課後になったので、またも皆の協力で教室掃除をパパっと終わらせて、石川君の家に向かうことになった。

 メンバーは石川君、ユリナちゃん、私の三人だった。中学校の正門前に来ると、遠目に見覚えのある赤いショートの少女が、私たちを待っていることに気づいた。


「おいっ、アレって石川ホノカちゃんじゃねえか?」

「えっ? 何? 石川君の妹さんなの? やだ! 超可愛い!」

「まだ小学生のはずだろ? それなのに二つ名持ちで、よく見るとスタイルも抜群だなっ!」


 周囲のギャラリーから圧倒的な評価を得ており、どう控え目に見ても目立っているのは確実だ。そんなホノカちゃんは校門の壁にもたれて、声をかけてくる生徒の誘いを次から次へとお断りしている。

 確かに小学六年にしては顔立ちもボディーラインも年齢以上に整っているし、性格も人当たりがよくて男女問わずに人気者だ。おまけに名家で物凄いお金持ち、さらには若くして二つ名持ちの魔法少女でもある。

 これでは人を惹きつけないほうがおかしい。自分とは明らかに釣り合いが取れていないことを再確認し、私は無意識に石川君とユリナちゃんの後ろにコソコソと隠れてしまう。


「あっ! ヤミコちゃーん! 一緒に帰ろうと思って待ってたんだよー! ヤミコちゃんってばー!」


 私の存在に気づいたホノカちゃんは、何がそうさせるのか私の下の名前を連呼している。これが石川君かユリナちゃんの下の名前ならまた違ったが。

 物心がつく前からずっと、何の取り柄もない平凡以下の女子生徒である地味子が、眩しいばかりに光り輝いているホノカちゃんと比較されるとどうなるか。


「おいおい、アイツは地味子だよな? 何? 石川ホノカちゃんとどういう関係?」

「やだー! 全然可愛くなーい! 何で地味子なのよ! 友達なら卯月ユリナちゃんにしなさいよー!」

「うわっ…地味子って、小学生からずっとそのあだ名だよな。マジで見た目も中身もダサすぎんだろ!」


 予想通りの反応が返ってくる。ホノカちゃんだけでなく、石川君とユリナちゃんの隣にも相応しくないことは自身が一番よくわかっている。なので私は早急にこの事態を収めるべく、赤い髪の少女に向かって早足で近づいていく。


「貴方たち! 私の友達を馬鹿にして! 覚悟は…えっ? ヤミコちゃんどうしたの?」

「いいから、一緒に行く」


 ホノカちゃんに真正面から駆け寄った私は、そのまま彼女の視界を塞ぐように距離を詰めて、片手をギュッと握って校門の前から強引に引っ張っていく。こう見えて年中無休で一家の家事を任されているので、体力はあるほうなのだ。

 そのまま無言で石川君の妹さんをズルズルと引きずるように移動し、学校からそれなりの距離を歩き、人通りがまばらなになった所で、ようやくホノカちゃんを掴んでいた手を離す。


「もうっ! ヤミコちゃん! どうして邪魔するの!」

「ホノカちゃんに怒ってもらう必要はない。

 それに私が地味子なのは事実。あの程度昔から言われ慣れてる」


 大型量販店でも止めようと思ったが、彼女の怒りの矛先が私に向かって来たのでスゴスゴと引っ込んでしまったが、今回は何とか止められてホッとする。

 実際にあの程度なら何十、何百と言われてきたので、もはや何とも思わない…つもりだ。しかし本当は違う。やはり嫌なものは嫌なのだが、私が中学卒業まで我慢すれば済むことなのだ。


「ヤミコちゃんは、高校生になれば改善出来ると、本当に思っているの?」

「そう思ってる」

「うん、私もそう信じているよ!」


 どうやらホノカちゃんはわかってくれたようだ。これで今後は無謀な行動は控えてくれるだろう。彼女のような他人を思いやれる優しい少女が、私に関わったせいで傷ついていくのは、とても耐えられそうにないのだ。


「あと、ヤミコちゃんが私たちのことを心配してくれるのは、ちゃんとわかってるよ!

 味方だと思ってる人が傷つくのは、やっぱり辛いよね!」

「そこまでわかってる?」

「うん! 色々調べたからね! でも安心して! 私たちは絶対に傷ついたり、ヤミコちゃんを裏切ったりはしないから!」


 大した自信ではあるが、確かに今後自重してくれれば、卒業まではずっとこの関係を維持できるだろう。ユリナちゃんの発言を受けて、少しずつ気持ちが軽くなっていくのがわかる。しかしそこで思わぬ爆弾を投下してきた。


「どうせ三年後に改善することが決まってるなら、今すぐ改善しても一緒だよね!」

「…えっ?」


 さっきまで私の説得に同意してくれたはずなのに、こんなのは明らかにおかしい。事態の急展開について行けずに、思わずオロオロと周囲を見回すと、石川君とユリナちゃんも近くで話を聞いていたようで、ホノカちゃんと一緒に口を揃えてくる。


「悪いがホノカの言う通りだ。家政婦が入ったときから…いや、安藤に俺が救われた時点で、計画は既に動き始めていた」

「そうです。別に今日明日で何かが変わるわけではなく、ヤミコちゃんが気づいたときには、いつの間にか全部が終わっていたとか、多分そんな感じですので。全然平気ですよ」


 確かに自分の周囲が急に慌ただしくなったのは、石川君を助けてからだ。

 ならば彼の命を救ったのは失敗だったのだろうか。だが私はたとえそれが失敗だと責められても、目の前で救える命が失われる瞬間を目にするたびに、反射的に何度でも助けてしまうだろう。

 さらにユリナちゃんの発言には、それはそれで何か釈然としないものを感じたが、私ではどう足掻いても計画を止めることが出来ないのだと、はっきりと自覚させられた。


「わかった。もう止めない。でも、出来るだけ穏便にお願い」

「ああ、安藤には直接手を出させないから安心していい」

「ヤミコちゃんの不利益にはなりません。大丈夫ですよ」


 それは私の身が安全なら、周囲はどうなろうと構わないということではないのか。友人二人の暗黒微笑に思わず背筋が寒くなる。ともかくホノカちゃん及び、石川君とユリナちゃんの説得は失敗に終わり、逆に私がギャフンと言わされてしまっただけのようだ。


 これ以上は説得を続けても、三体一で徹底的に論破されて時間の無駄なので、今日はこのままマンションの勉強部屋に移動しようと考えたとき、魔法少女の二人の携帯に着信音が響いた。


「カテゴリー2のゲート反応を感知…らしいです」

「でも、ここからだとかなり離れてるね! どうしようヤミコちゃん?」


 私は魔法少女を引退しているので、ゲート感知の報告は送られてこない。

 そして何故私に意見を聞くのかはわからないが、ホノカちゃんが自分の目の前に携帯を差し出すので、何となしに覗いてしまう。場所は今いる町から数県程離れた山間部だ。オーガのように町中ではないので、人的被害は少なそうである。


「二人が行く必要はない。他の魔法少女が解決する」


 基本的に感知されたゲートには、そのとき近くにいる魔法少女が急行するので、同じ県や町にいる、やる気のある魔法少女に任せればいいのだ。

 目の前の二人が今からタクシーを乗り継いで駆けつけた所で、到着する前に魔物は全て倒されている。

 そんな私の決断にホノカちゃんが口を出してくる。


「確かに場所が遠いから、普通なら間に合わないよね! でも、例の乗り物ならすぐ着くよね!」

「それは、そう…だけど」

「私乗ってみたい! ねっ! ヤミコちゃん! いいでしょう?」


 確かにこの中では石川君とユリナちゃんだけ乗って、ホノカちゃんだけ乗っていないのは不平等かもしれない。それに出会ってから色々とお世話になっているから、機会があるときに少しでも恩を返させて欲しいが、既に魔法少女を引退しており、これからも活動を行う予定は一切ない。

 だが結局、甘えるようにお願い! お願い! と繰り返すホノカちゃんにまとわりつかれ、悩み抜いた末に、私は彼女の提案を条件付きで飲んでしまう。


「わっ…わかった。現場まで送る。でもそれ以上は何もしない。遠く離れた場所にホノカちゃんがいたら不自然。他の魔法少女の活躍を隠れて見ているだけ」

「うん、ありがとう! やっぱりヤミコちゃん大好き!」


 そう言って好意を表すお礼と一緒に、躊躇いなくギューっと抱きついてくるホノカちゃんは、やっぱり感情表現がストレート過ぎるなと、小学生以上の柔らかな肢体を押しつけられながら、私は強く思ったのだった。

 もし抱きつかれた私が男性なら、こうされた時点でコロッと落ちてしまうだろうが、同性相手ならお互いそんな気持ちを抱くこともないので、私は自分が女性であることに深く感謝する。

 そのまま無意識に彼女の赤く滑らかな髪をそっと撫でてあげると、何やら安心しきった表情に変わり、完全にこちらに身を任せてもたれかかってくる。


「ヤミコ姉さん、もっと撫でて!」

「私はホノカちゃんのお姉さんじゃない」


 年下の少女がもたれかかってきても、体を支えるぐらい余裕だが、まともに動けなくなるのは困る。しかも私をお姉さん扱いしているのが尚更わけがわからない。


「現場に行きたいなら、先に石川君のマンションに向かう。ここでは目立ち過ぎる」


 相変わらずホノカちゃんが離れる気がないようなので、私は石川君とユリナちゃんに二つの学生鞄を持ってもらう。そして私は小学六年生の体型を越えて成長を続ける赤髪の少女を、よいしょっと背中に背負う。


 ある意味こちらの姿も相当目立っているが、人通りが多い道で変身して、黒猫の魔女の正体がバレるよりはマシである。そのまま通行人や信号待ちの車からの視線を集めながらも、無事に最後まで背負いきり、三人で石川君のマンションにやって来る。

 そのまま管理人さんに挨拶してから、地下の駐車場に向かう。住んでいるのが石川君と管理人さんだけなので、車は数台しか停まっていなかった。

 結局地下駐車場まで背負いっぱなしだったが、ここから先は魔法を使うため、最後まで離れるのを嫌がっていたホノカちゃんを、強引におろさせてもらう。


「変身」

「やっぱりヤミコちゃん! すごい美人さんだよ!」


 甘え放題のホノカちゃんに一時はどうなることかと思ったが、私が魔法少女に変身した姿を見て、無事に正気に戻れたようで一安心だ。

 そのまま流れるように黒猫ミニカーを召喚する。今回は大人数で行くわけではなく、私とホノカちゃんの二人だけなので、黒猫バスを小さくしたような感じの、ミニカーサイズで十分なのだ。そして今回は足が何本もあるわけではなく、猫らしく四足歩行になっている。


「うわぁ! 可愛い! でもヤミコちゃん、これは黒猫バスじゃないよね?」

「黒猫ミニカー、今回は人数が少ないからこれで十分。基本性能は黒猫バスと同じ。…多分」


 そもそも黒猫バスもスペックの殆どが不明となっているので、全く同じがどうかも怪しいが、一応そんな感じになりますようにと願って呼び出したのだから、これで大丈夫なはずだ。困ったらそのつど機能を拡張すればいい。

 そのまま黒猫ミニカーの両側の扉を四角に開けて、私は一足先に運転席に乗り込む。


「早く乗って。それと現場では何が起こるかわからない。先に変身しておくことを推奨する」


 ウカウカしていると他の魔法少女が全てやっつけてしまい、完全にドライブしただけで終わってしまう。せっかくの遠出なのだ。ホノカちゃんには少しでも楽しんでもらいたい。

 私がそんなことを考えながら運転席で待機していると、変身したホノカちゃんが助手席に、そして同じく変身したユリナちゃん、さらに石川君が後部座席に乗り込んできた。

 確かに黒猫ミニカーは四人座れるぐらいの広さはあるが、まさか付いて来るとは思わなかった。


「ホノカちゃんだけのはず。二人共何で来るの?」

「私も魔法少女ですので、万が一に備えて」

「俺はホノカの兄だ。妹が危険な場所に向かうと聞いて、黙って見てはいられない」


 ユリナちゃんは癒やしの聖女なので、万一怪我をしたときに治してもらえるだろう。そして石川君の気持ちもわからないでもない。黒猫ミニカーに乗っている限り、そうそう危険はないし、もし危なくなったら同行している二人に守ってもらうのもありだろう。


「ユリナちゃんはそのままでいい。石川君は私の言うことをちゃんと聞くなら同行を許可する」

「ありがとう。安藤、指示にはちゃんと従うよ」


 追加で二人の動向を認めたので扉を元通り塞ぎ、ステルスモードを起動する。これで黒猫ミニカーの魔法障壁の外からは、どうやっても感知されなくなる。実際に検証したわけではないが、多分大丈夫なはずだ。

 そのまま地下駐車場から外に飛び出し、黒猫ミニカーは都会の空を駆けていく。自動操縦に切り替えるために私はナビゲーションを起動し、フロントガラスに映し出したレーダーの黄色い点にマーカーを立てる。


「んー…まだゲートのまま?」

「今回は黒猫ミニカーの準備が早かったですから、しばらくは変化はないと思いますよ」


 ユリナちゃんが言うにはこのままの速度で進むと、かなり早く到着するとのことだ。黒猫ミニカーは超高速で空を飛ぶし、地上の信号やその他の道路事情なんて全く関係ないのだ。

 それならばしばらくは速度を落として空中散歩を楽しむのもいいのだが、どうしようかと今回の発案者でもあるホノカちゃんに声をかける。


「どうする?」

「じゃあ私、途中でコンビニ寄りたい!」


 ステルスモードを起動してるとはいえ、内外の干渉を無効化する魔法障壁に触れれば、そこに何かがあることはモロバレであるが、なら空中に待機させておけばいいかなと考え、ホノカちゃんの提案通りに途中のコンビニに立ち寄ることにする。

 過去のデーターベースから、ゲート反応後に魔物が出現するまで、まだ結構な時間的余裕があるとのことだ。


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