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計画進行中

<ヤミコ>

 今朝はちゃんと家族の分の朝食を作れて、お弁当も用意できた。しかし自室の準備に手間取り勉強を行う時間は取れなかったので、登校した後に教室で教科書を開く予定だ。

 私はいつもと同じように中学の制服を着て、学生鞄とお弁当を持ち、行ってきます…と、誰も返してくれない挨拶をしてから玄関の扉を開ける。


 すると安藤家の門の外には、二日連続で石川君とユリナちゃん、さらにはホノカちゃんが待っていた。

 そして三人の姿を見つけた瞬間、私の中で昨日の楽しかった思い出が蘇ってきた。物を取られる心配のない自分の部屋を借りられたこと、ホノカちゃんが私のことで怒ってくれたこと、自分が作った拙いカレーを食べた皆が喜んでくれたこと、初めての友達と連絡先を交換したこと。その一つ一つがかけがえのない大切な記憶であり、心の底から嬉しいという気持ちにしてくれるが、同時にこんなに幸せでいいのだろうかと、少し怖くなってしまう。


「安藤、おはよう」

「おはようございます。ヤミコちゃん」

「おはよう! ヤミコちゃん! 今日から一緒によろしくね!」


 私はおはようと、湧き上がる嬉しさのあまり、少し照れながら挨拶を返して門の外の三人と一緒に、中学校に向かって歩き出す。


「ホノカちゃんは、何で一緒に?」

「勿論ヤミコちゃんと登校したいからだよ! まあまだ小学六年だから、学校は違うけどね!」


 自分が通っている中学校とホノカちゃんの通う小学校は、隣り合うようにして建てられており、殆ど離れていない。それに今日からということは、これからもこのメンバーと一緒に登校するのだろうか。


「ホノカちゃんが私と登校する意味はない。他の友達と通ったほうがいい」

「ええっ! ヤミコちゃん、私のこと嫌いなの!?」

「違う。私もホノカちゃんと一緒は楽しい。でも…」


 小学生と中学生は違うし、元々の友達と通ったほうがホノカちゃんのためになり、地味で根暗で口下手な私と交友関係を築くよりも、より有意義だからと続けようとした。


「だったら問題ないよね! 私もヤミコちゃん大好き!」


 そう言ってホノカちゃんは私の片手にギュッと抱きついてきたことで、急激な負荷がかかりこちらの説明は中断された。さらに彼女の大好き発言と直接的な好意の表現により、周囲の生徒たちがざわめいている。いつの間にかお互いの学校が見える範囲まで近づいていた。


「おいおい、あの可愛い子は魔法少女の石川ホノカちゃんじゃないか?」

「ああそうだな。それが何で地味子に抱きついてるんだ?」

「どうせ抱きつくなら、美人なお嬢様の卯月ユリナちゃんにすればいいのにな」


 そうだそうだ。全くその通りだと、周囲の男子生徒が満場一致で同意する。私が一番困っていると言っても、絶対に誰も信じないだろう。


「ホノカちゃん、皆の迷惑になるから離れて」

「もうっ! ヤミコちゃんはいつも皆のためって言って! もっと自分本位になってもいいんだよ!」


 怒ったように頬を膨らませるホノカちゃんは、やっぱり私と違ってとても可愛らしいと思ってしまう。そんな彼女に自分のせいで迷惑をかけたくないので、腕に抱きついているホノカちゃんを優しく外すと、真面目な顔で小声で話しかける。


「私は十分に自分本位。今日の皆との登校も、自分がいくら望んだところで絶対に叶わななかった。ここまで一緒に来れてとても嬉しい。そしてこれ以上はただの我儘になる」


 この説明でわかってくれると信じているものの、何故かホノカちゃんだけでなく、石川君とユリナちゃんが妙な雰囲気になる。何と言うか、呆れるような悲しむような、そんな微妙に生暖かい視線を三人揃って送ってくるのだ。


「…何?」

「ヤミコちゃんはもっと我儘になるべきだよ! あーもうっ! まどろっこしい! ちょっとこっちに来て!」


 そう言ってホノカちゃんは突然私の手を取り、人気のない路地の奥に連れ込む。当然のように石川君とユリナちゃんの二人も後から付いて来て、路地の出口を見張る。こんな所でどうするつもりなのだろうか。やがて周囲に四人以外に誰もいないことを確認すると、私を真正面から見つめてくる。


「ヤミコちゃん! 今日も家に来るよね!」

「連日でお世話になるのは迷惑」


 ただでさえお世話になりっぱなしなのだ。昨夜のカレー程度では一割も返せていないだろう。今後は少し間を開けて、せいぜい半月から一月に一度ぐらいの頻度にするべきだと考えていたのだが、ホノカちゃんは違ったらしい。


「迷惑なんかじゃないよ! 本当は毎日にだって遊びたいぐらい! 私も、ユリナちゃんも、兄さんも! 皆ヤミコちゃんのことが大好きなんだから!」

「ばっ…馬鹿! ホノカ! お前なんてことを!」


 突然の告白に私はびっくりした。そして後ろにいる石川君も驚いて挙動不審に他の誰かに聞かれてやしないかと、辺りを見回している。

 幸いなことに人気は全くなく、他の誰にも聞かれずに彼はホッと胸を撫で下ろした。確かに地味子と呼ばれる私に好意を抱いているなんて噂が広まれば、大迷惑だろう。心配する気持ちも痛いほどわかる。


「とにかく、今後はヤミコちゃんの予定がない限り、毎日石川家に顔を見せること! 拒否権はありません! わかった?」

「了解した」


 取りあえずは社交辞令とはいえ、そこまで嫌われてはいないらしい。何より毎日顔を見せるように言われたのだ。それなのに石川家に行かないのは失礼だろう。

 しかし部屋を貸してもらった借りは返さなければいけない。財布のお金は高校受験と今後の生活のために大切に取っておかないと駄目なので、もう一つの手段を使うしかない。しかし、それには問題があった。


「しかし、安藤家の家事を疎かにするわけにもいかない。なので半月か一月に一度が限界」


 流石に三日連続で家事をしないというわけにはいかない。いくら怒られ慣れていると言っても、全く何も感じないわけではない。多少は嫌な気分になるのだ。それが行き過ぎて全面的に外出禁止にされては堪らない。


「ぐぬぬっ! これ以上の譲歩は難しそうね! 兄さんとユリナちゃんは、何かいい案はないの?」

「そうだな。確か安藤の両親が務めている会社は、石川家と関係があったはずだ」

「ではヤミコちゃんの両親を、三年契約で新人家政婦のモニター抽選に選ばれたとことにしましょう。

 雇用費は無料で、月に一度の簡単なマルバツ解答用紙の記入のみにすれば、きっと飛びつきますよ」


 目の前の三人が何やら壁の隅に寄り集まって悪巧みしているが、今の私には遠い世界のように感じられた。常識的に考えれば中学一年生と小学六年生に、そんな大規模な権力が使えるはずがないのだ。


「もう少し詰める必要があるが、大体はこんなところか」

「そうですね。私たちには名家の力があるとは言っても、まだ中学生です。やはり大人の知恵も必要ですね」


 いつの間にかノートの中に物騒な文字をびっしりと書き込み、満足そうな表情をしている三人組に、私はもはや言葉がなかった。

 そんな中に石川君が不満気な顔で、ユリナちゃんに声をかける。


「それとユリナ。石川家を動かしたいなら安藤の作ったカレーを渡せ。確かに俺たちの言葉なら聞くだろうが。アレがあるとないとでは、やる気が段違いだ」

「残念ですが、両親と私が残らず美味しく食べてしまいましたので、もうありません」


 腹黒い話に私のカレーが関係あるのだろうか。何度考えても全く関係ないような気がする。石川家も卯月家もとても大きな家である。それこそ有名なシェフに作ってもらった料理を、毎日のように食べているはずだ。

 それでも昨日は家カレーを食べて喜んでくれたので、たとえ少しでも恩を返せたと思いたい。


「見え透いた嘘は止めろ。もし朝カレーを食べたとしても、一食で消える量じゃない。

 それにこれは、今後のための投資でもある」

「確かに私のパパとママも涙まで流して喜んで食べていましたし、そこには確かに海よりも深い愛情が込められていました。故郷やママの味を食べられない人たちは、金塊を積んでも買い求めるでしょうね」


 何故私の作った家カレーが金塊と取引されるのだろう。発想が飛びすぎていてまるでついて行けない。やがて観念したのか、ユリナちゃんがはっきりと口を開いた。


「わかりました。ヤミコちゃんカレーを一食譲りましょう」

「駄目だ。両親の二食分は欲しい。祖父祖母抜きでだ。これでも譲歩しているんだぞ」

「しかし卯月家のパパとママが、料理長にヤミコちゃんカレーの完全再現を命令したんですよ。

 分析には最低でも一食、もしくは二食分が必要です」


 何だか最初は腹黒い闇の世界の話をしていた気がするのだが、気づけば私のカレーを取り合っていた。本当にどうなっているのだろうか。

 そして、それなりのアレンジはあるものの大体はレシピ通りに作っているので、再現は簡単なはずである。


「そんなこと俺の知ったことか。とにかく二食分は必要だ。でなければ石川家は動かせない」

「わっ…わかりました。二食分渡します。私のヤミコちゃんカレー…さようなら」

「卯月家自慢の料理長が、一食だけで安藤のカレーを完全再現出来ることを祈ることだな」


 何やら心底残念そうな表情をしたまま、ユリナちゃんは携帯電話を操作する。きっとタッパーに保存された家カレーの輸送手続きを行っているのだろう。

 そして石川君も何処かに電話して、何やら真面目な顔でアレコレ会話している。もはや私に出来ることは何もなく、黙って成り行きを見守るだけである。そこで同じように暇をしていたホノカちゃんが声をかけてきた。


「一先ず何とかなりそうでよかったね!」

「私のせいで迷惑をかけて、ごめん」

「だから迷惑なんかじゃないよ! 私たちも幸せ! ヤミコちゃんも幸せ! 両方ハッピーになるために、必要なことなんだからね!」


 確かに毎日休みなく家事を行うのも大変なことなので、少しぐらいは家事をしない日が欲しいと思ったこともある。そのたびに両親に叱られたため、たとえ一度として報われなくても、懸命に奉仕するのは普通のことなんだと、そう思い込むようにしてきた。

 なので今さら長年の家事から開放されると伝えられても、まるで実感が湧かないのだ。


「んっ…ありがとう?」

「どういたしまして! まあ、実際に動いてるのは私じゃなくて、兄さんとユリナちゃんだけどね!」


 たとえ実感が湧かなくても、少しだけ自分のこれからの人生が明るくなったので、嬉しさで思わず顔がほころんでしまう。


「ああもうっ! やっぱり可愛い! もっと笑顔が見たいー!

 っと…そろそろ学校に行かないと遅刻しちゃうよ! 兄さんたちも!

 それじゃあヤミコちゃん! また放課後にね!」


 そう私に向かって社交辞令を言ってくれたホノカちゃんは、慌てて裏路地から飛び出して、中学校に隣りに建てられている、小学校の校門に向かって走っていった。

 確かに遅刻は不味いと思い、慌てていつもの無表情に戻してから、石川君とユリナちゃんの二人の方にそっと顔を向けると、あからさまに残念そうにこちらを見つめていた。


「そろそろ行く」

「ああ、俺も一段落ついたところだ。続きは放課後だな」

「私もです。カレーを手放すのは惜しいですが、ヤミコちゃんと私たちの今後のためですものね」


 そのまま私たちも通い慣れた中学校に向かって歩いて行く。今日は朝からいいことあったので、幸先の良い一日になりそうである。そんな精神状態なので、周囲の注目を集めていることも気にならずに、オドオドせずに堂々と前を向いて教室まで歩いていけた。

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