学食
<タツヤ>
俺と安藤とユリナは周囲の生徒や教師の注目を集めて中学の廊下を歩きながら食堂に向かう。一組にはそれなりに仲のいい友達も何人かはいるものの、今回は遠慮してもらった。
安藤も俺たち以外の他人に、いつか気軽に話せるようになるだろうか。少なくとも今すぐは無理だろう。無理に仲良くさせると関係がこじれるか、苛めの対象にされるか、好き放題に利用されるかの三択しか思い浮かばない。
彼女の表の印象は地味で口下手で何を考えているかわからないが、裏側は誰よりも優しく他人を思いやれる女の子でだということは、俺たちはわかっている。しかしこれを口で説明した所で、一体何人が信じてくれることか。
彼女は三年後に地元から離れるので、無理に変わる必要はないと思っているようだが、安藤の両親と妹が奴隷のようにこき使っている都合のいい女を、今さら手放すわけがない。
石川や卯月の名家の力を使えば、今すぐにでも家族の元から引き離すことも出来るが、残念なことに安藤はそれを望んではない。
それどころか物心がつく前から家族や身内から徹底的に抑圧されてきたため、今の自分の扱いこそが普通なのだと、そう頑なに思い込んでしまっている。本人にとっては三年後の自立でさえ、自分の身の丈に合わない我儘だと考えている節がある。でなければとっくに家出や癇癪を起こして、安藤家からは早々に逃げ出しているはずだ。
俺やユリナからすれば、安藤の我儘はどれも叶って当たり前で、他愛のない願いだと思っている。
友達と登校すること、掃除当番を手伝ってもらうこと、ファミレスでハンバーグセット食べること、食堂を利用すること等、こんな当たり前のことが中学一年まで達成できていないとは、とても信じられなかった。なのでもっと我儘を言って欲しいのだ。
しかしこの年まで抑圧されて育ってきた安藤が、自分の気持ちや言葉を外に出すことは難しい。なので今は彼女が少しでも外向的になり、我儘を…本心を表に出させることこそが、俺たち二人に課せられた役目である。
やがて食堂についた俺たち三人は、食券の機械と他の生徒たちから少し離れた場所で、本日のメニューを見比べ始める。
「ヤミコちゃん、ここで食券を購入するんだよ」
「んー…メニューがたくさんある。お金足りる?」
命をかけてオーガ十体を倒して、民間人の被害をゼロに押さえた黒猫の魔女としての成功報酬は、カテゴリーランクと討伐数、素材の状態、事件発生から解決までの時間、動員された魔法少女の人数、魔物の被害者の人数、それらを総合的に判断して、協力した魔法少女たちに高額の報酬が振り込まれる。
もっとも、その情報を安藤が知ることはない。もし知った場合、こんな大金は絶対に受け取れないと突き返されてしまう。
そのぐらいのことを成し遂げたのだからもっと自分に自信を持って欲しい。俺の大好きな安藤は、こんなにも素晴らしい女性なんだと声高に主張したいぐらいだ。
しばらく料理のサンプルとにらめっこをしていた安藤は、やがて注文するメニューが決まったのか、今度はユリナから受け取った黒猫の財布を、恐る恐る開いて中身を確認する。
「一万円がたくさん。こんなに必要ない。一枚あれば十分。残りはユリナちゃんに返す」
「そんなぁ…ヤミコこちゃん、中学生なら色々入り用な物があるでしょう?」
「ない」
即答で返す安藤は、今まで女性として年相応に着飾ることもなく、最低限必要なお金しか使ってこなかったのだろう。
その証拠に表向きは指定の制服を着ているとはいえ、上から下までの全てが二ヶ月前から変わっていないのだ。もちろん俺は入学当初の安藤には全く関心がなかったため、詳しくは覚えていなかった。
しかし二日前に助けられてからは、少しでも昔の安藤のことを思い出そうと必死に記憶を辿ったのだ。おかげでかなり捗った。健全な男子中学生ならば、それはもう色々とだ。
「でもヤミコちゃん、女の子なら色々身だしなみに気を使ったりするよね?」
「しない。私が着飾っても似合わない。それにすぐ、妹に取り上げられる」
俺は最初は目の前の安藤よりも、その妹のほうに興味があった。恋愛的な興味ではなく単純な好奇心だが、二ヶ月間観察した結果、向こうもこちらに興味を持っているようだった。ただし妹の場合は恋愛的な意味だが。
昔から女性に好意を持たれるのは慣れているが、正直な所今はサッカーに集中したかったので、面倒なだけであまりいい気分にはなれなかった。下駄箱にラブレターが入っていたことも、一度や二度ではない。そのたびに呼び出しに応じては今は部活に集中したいからと、丁寧にお断りしたが、中には引き下がらない女子生徒もいた。
その場合は多少言葉を強くしてはっきりと断った。
そして安藤ミツコもその一人となり、入学して一ヶ月がたった頃に俺を呼び出して、堂々と告白してきたのだ。もちろん断った。それも強い態度でだ。しかし彼女は諦めなかった。
どうやら光の聖女としての自分に、相当自信があるようだった。
彼女はアタシの優秀さがわかれば俺の態度も変わり、今度はこちらから付き合ってくださいと言いに来るとまで言い放った。
何はともあれミツコは一旦は俺の元から去った。しかし相変わらず俺を見つけると、高確率でこちらに突撃しては邪魔をしてくるのが困りものだ。今の安藤とユリナの会話でも、それがよくわかる。
「だったらヤミコちゃんが買ったものは、一時的に私が預かります。
そして休日になったら、それを着て遊びに行くというのはどうです? これならミツコちゃんの物にもなりませんよ」
「ユリナちゃんの気持ちは嬉しい、けど無理。休日は平日の間に溜まった家事をする日。何処にも行けない。それに卯月家は遠い」
ユリナは上手くやったと思っている。安藤と仲良くなって一緒に遊べる口実を作ったのだ。しかし失敗してしまった。俺ならどうだろうか。
幸いなことに彼女は相手が男性だからといって、物怖じしたりはしない。それは安藤の人生経験の乏しさから来るのだろうが、どう受け止めてもチャンスであることには変わりない。
「なら、物置代わりに俺の家はどうだ?」
「石川君の家?」
「ああ、使ってない部屋がいくつかあるし、安藤の家からでも徒歩で気軽に行ける距離だ。
妹の穂乃果も事情を知って会いたがっているし、一度ぐらいは顔を見せてくれると助かる」
ホノカをダシに使っているようで申し訳なく思うが、俺だけでは安藤の重い腰を上げるには弱いので、完全に釣り餌である。しかし会いたがっているのは本当なので、嘘ではない。
とにかく最初の一歩を踏み出せなければ、後に繋がらないのだ。しばらく安藤は思案していたが、やがて結論が出たのかこちらに視線を向ける。
「石川君と、その家族に悪い」
「俺のことはいいんだ。どうせ妹と二人暮らしで、部屋はたくさん余ってるんだからな。むしろ安藤が使ってくれて嬉しいぐらいだ」
やはり断る気だったようだ。何処まで人に気を使うのか。こちらが構わないと言っているのだから、遠慮なく承諾すればいいのだ。本当に不器用で、何処までも優しい女性だ。
ずっとそんなに遠慮し続けていると、終いには押し倒してでも、はいかイエスで言うことを聞かせたくなってしまう。と言うか、今すぐ押し倒したい。
これは全て安藤のためなので、彼女もわかってくれるだろう。そんな俺の思考が無意識に顔に出たのか、気づけば隣のユリナが蔑むようにこちらを睨んでいた。
「まあタツヤ君の態度は置いておいて。今日の帰りにでも石川家に寄ってみたらどうですか?
ホノカちゃんも喜びますしね」
「私が行くと喜ぶ?」
「はい、狂喜乱舞しますね。ヤミコちゃん、どうか考えてはくれませんか?」
確かにホノカは喜ぶだろうが、十中八九で狂喜乱舞するのは俺の方だろう。意中の女性が自宅を訪れるのだ。これに歓喜しない男性はいないだろう。
「んー…一度だけなら」
狂喜乱舞した。あくまでも俺の心の中なので平静を装い顔には出さない。そして妹のホノカに感謝する。俺もユリナも、釣り上げた極上の魚をみすみす手放す趣味はない。当然骨までしゃぶり尽くすつもりだ。
石川家訪問も一回だけで終わらせずに、これから頻繁に通ってもらう。もし家事等で時間が取れなくても、ホノカを口実にして強引にでも安藤家の外に呼び出すつもりだ。
俺の家まで来れなくても、近くのコンビニやファミレスやその他の施設までなら、少しぐらいの時間は取れるだろう。あまり強引に誘うと拒否されそうなので、あくまでも無理なく自然を装うことが大切なのだ。
「ありがとう安藤。ホノカも喜ぶ。ちなみに、今日は大丈夫なのか?」
「大丈夫。連絡を入れれば叱られるけど、今夜も外食になる」
「そうか。悪いがそれで頼む」
完全に奴隷扱いでもないことに少しだけ安堵するが、姉には関心がないとも言える。そんな家族関係が彼女の周囲のみ冷え切っているにも関わらず、見返りのない全員分の家事を毎日健気に頑張る安藤のことを知れば知るほど、俺の胸がまるで締めつけられるように苦しくなる。
そしてユリナも同じ気持ちを抱いたらしく、自分の胸に手を当てながら、必死に声を押し殺して呼吸を落ち着けようとしているのがわかる。
「それじゃ、食券を買おうか。使い方は俺が教えるよ」
「お願い」
自動販売機は妹や両親の命令により、基本的な使い方は知っているらしく、食券の機械で俺が教えることはそれ程多くはなかった。
「お金を入れて食べたいメニューのボタンを押して、出てきた食券を係の人に提出して、後は待つだけだ。そんなに難しくないだろう?」
「理解した」
特に疑問もないようで、安藤はフムフムと頷いて食券の機械の使い方講座は終了となった。本当はもっと頼りになる男ということをアピールしたかったのだが、たかが食堂の施設説明なので、好感度が稼げているかすら怪しい。
「それで安藤は何を食べるつもりなんだ?」
「キツネうどん。全メニュー中で一番安い。今後のためにも無駄遣いは出来ない」
彼女は大切そうに握っている財布のお金を、とことん節約するつもりのようだ。こういう時ぐらい自分の好きなものを食べればいいと思うのだが、部外者の俺たちが食事の選択についてとやかく言うべきではないだろう。
「そうか。じゃあ俺はカツ丼定食にしようかな」
「私はヤミコちゃんと一緒の、キツネうどんにしますね」
実は俺もお揃いのキツネうどんにしようかと迷ったのだが、一年生にも関わらず入部二ヶ月のサッカー部のレギュラーに選抜されている俺は、激しい運動のせいですぐにお腹が空くのだ。それでも安藤とお互いの食券を見せて、にこやかに語り合っているユリナを見ると、すごく羨ましく感じる。
このまま眺めていてもいいのだが昼休みが終わってしまうので、まずは微笑ましく見守っている食堂のおばさんの方に、三人で向かうことにする。
「はいよっ、キツネうどんが二つと、カツ丼定食が一つね」
食券をおばさんに渡してしばらく待つと、温かなキツネうどんが二つと、カツ丼定食が一つ、トレイに乗せられて受け取り所から丁寧に渡される。
俺たちはそれぞれのトレイを受け取ると、食堂の空いている席を探す。しかし昼休みの混雑時という時間帯なのもあり、何処の机もいっぱいのようで、三人一緒に座るのは厳しいようだ。
「どうやら席は空いてないようだな。テラス席で食べるか?」
「そうですね。今日は暖かいですし、それもいいですね」
春から夏に変わりかけの、暖かな日差しの屋外で食べるのも悪くはないだろう。安藤も反対意見はないようで、返事の代わりに軽く頷く。
三人の考えがまとまったようなので、食堂のすぐ横にある出入り口から外に出ようと一歩踏み出すと、聞き覚えのある声が食堂に響き渡った。
「石川君! こっちよ! こっち! この席空いてるわよ! ほらっ、貴方達、少し詰めてよ!」
ブンブンと手を振る女子生徒は、予想通り国内上位ランクの魔法少女である、安藤ミツコだった。今の俺たちがもっとも関わり合いになりたくない人物だ。
しかし彼女の大声により自然に生徒たちの視線が集まり、そしてやはり光の聖女の威光は抜群であり、あれよあれよという間に彼女の周囲の空間に、三人分以上のスペースが確保されてしまう。
ここで俺たちが無視して屋外に食べに行ったら、明らかに不自然であり、席を開けてくれた他の生徒にも悪い印象を与えてしまうだろう。つまりは空気を読むならば、彼女の提案に乗るしかないのだ。
「安藤すまん。あそこの席でいいか?」
「別に構わない。でも、何で謝る?」
俺の行動で引き起こされた結果がどうなろうと、安藤は文句も言わずに黙って受け入れるだろう。だが俺は好きな人が傷つくのは耐えられないのだ。しかし、それを口に出すわけにはいかない。
今正直に好きだと告白したところで、彼女は絶対に受け入れずに、私には相応しくない。付き合うにはもっと相応しい女性がいるはずだと、そう言い張るだろう。
自己評価の低さと心を閉ざした状態では、こちらからどれだけ好意を伝えたところで、安藤の心には決して届かないのだ。
「とにかくすまん。それに関しては気にしないで欲しい」
「んっ…わからない。けど、わかった」
まだ小首を傾げていたが、取りあえずは納得してくれたようなので、安藤とユリナの先頭に進み出て、食堂の全生徒の視線を集めるように、光の聖女の元へと一歩ずつ確実に歩いて行く。
その行動の目的が愛しのお姫様を守るためでも、正面にカツ丼定食のトレイを持ったままだというのが、何とも格好がつかない。
「わざわざ席を開けてもらって悪いな」
「別に構わないわ。アタシと石川君の仲じゃないの。遠慮しなくてもいいのよ」
もう食事を食べ終わった光の聖女とその取り巻きたちに、俺が正面から向かい合うようにして座り、その左右に安藤とユリナを座らせる。そしてトレイを机の上に置いたところで、目の前の彼女の取り巻きの一人がこちらに話しかけてきた。
「それにしても石川君が地味子と一緒なんて珍しいよね。ユリナちゃんはまだわかるんだけどさ」
「地味子?」
「そこのヤミコのことだよ。地味で根暗でボサ髪でメガネ、おまけに滅多に喋らないし成績も底辺で存在感が0。だから地味子ってあだ名がついてるの。
小学生のときも皆に呼ばれてたけど、他の学校から来たなら知らなくても不思議じゃないかな」
笑いながらそう言う取り巻きの一人に、俺は思わずブチ切れて顔面をグーで殴ろうかと思ってしまった。ユリナも同じ気持ちのようで、にこやかな笑顔のまま器用に青筋を立てている。
しかしそんな俺たちとは違って安藤は慣れているのか、我関せずとばかりにキツネうどんを箸で掴んではチュルチュルとすすり、小さな口いっぱいに頬張っては、モグモグと咀嚼している。
「ねっ? コイツはいつもこんな感じだから、本当に存在感が薄いのよ。
でもまあ命令すれば大抵のことは黙って従うから、小学校時代から知ってる生徒は、皆便利に使ってるわよ。ねえミツコちゃん?」
「そうね。本当にどうして優秀なアタシの姉が、こんな地味で馬鹿でろくでなしなのかしら。
光の聖女の親族でも、パシリ役以外の取り柄がまるでないじゃない。
アタシのおかげで陰湿な苛めを回避出来てるんだから、もっと敬いなさいよ」
その発言を言い切る本人が、もっとも陰湿な苛めを行っているんじゃないのかと今すぐ言い返してやりたいが、隣でマイペースで食事を続ける安藤を見ていると、何と言うか毒気を抜かれてしまった。
そもそもだ。今ここで俺たち二人が真っ向から否定した所で、当人がそれを望んでいないのだ。もちろん本心では良しとしていないのだろうが、このような状況を普通のことだと思い込まされたうえに、心を閉ざしているため自分の気持ちさえわからないため、結果的に余計なお世話だと拒絶される可能性が非常に高い。
俺は大きく溜息を吐いた後、無視して目の前のカツ丼定食に箸をつけることにする。
「ところで石川君」
「何だ?」
「本当に癒やしの聖女とは何もないのね?」
安藤の妹が身を乗り出して真剣に聞いてくるから何かと思えば、ユリナとの関係が気になっているようだ。確かに俺たち二人は、こう言っては何だがお互い名家の出身で美男美女コンビであり、町を歩けば見知らぬ人たちからも注目を集めてしまう。
芸能関係から直接スカウトされたことも一度や二度ではない。妹のホノカも含めると三人になるが、ここでは置いておく。
そしてキツネうどんを黙々と食べ続けている安藤のことは、俺の相手としては眼中にも入っていないようだ。ある意味では幸いだが、好きな人が認められずに悔しくも感じてしまう。
「ユリナとは何もない。ただの幼馴染だ」
「ええ、私とタツヤ君は本当に何もありません。もっとも、証明できるものはありませんけど」
友人関係なのは間違いないが、少なくとも男女の関係ではない。証明は出来ないので、安藤の妹やその他の女子生徒に、二人の言葉を信じてもらうしかないのだが。
そんな発言に、今度は光の聖女ではなくもう一人の取り巻きの女子生徒が声を上げた。
「そっかー。石川君は今フリーなんだ。じゃあ私が立候補しちゃおうかなー?」
「ちょっと! それは駄目よ! まずはこの光の聖女に譲るのが、筋ってものでしょう?」
「えー、でも石川君のことを狙ってる女子生徒多いから。ウカウカしてると取られちゃうしー?」
俺がモテるのはわかっていることだが、目の前でこうも自分を対象にした色恋の話をされると落ち着かない。隣の安藤も同じ気持ちだろうと横目で様子を窺うと、いつの間にかキツネうどんを食べ終わり、満足そうな表情で箸を置いていた。
どうやら俺の恋愛模様には全く興味がないようだ。昨夜のように強引にでも意識させない限り、関心を抱かなそうだ。
「ごちそうさま」
そう言って彼女は席を立って一人でトレイを片付けに行こうとする。その様子を見て、安藤の妹が慣れた様子で声をかけた。
「アタシのトレイも持っていってよ」
「あっ! 私たちもよろー!」
「んっ…わかった」
妹と取り巻きたちの命令を受けて、それぞれのトレイとお皿をテキパキと重ねていく。そして一つにまとめて少し重くなったトレイを持ち、安藤は黙って返却口に向かう。
ここで口を出して止めさせるのは簡単だが、それじゃ何の解決にもならずに、かえって彼女に対する風当たりが強くなるだけだ。
なのでここは俺も一緒にトレイを持とうと思ったが、そこで致命的なミスに気がついてしまった。
「それじゃ邪魔者も消えたことだし、昼休みが終わるまでゆっくりお話しましょうよ」
「私も石川君とお話したーい!」
「こんな機会なんて滅多にないし、憧れの石川君と話せるなんて、本当にラッキーだよ!」
邪魔者というのは安藤のことだろうが、彼女は何もしておらずただこの場にいただけだ。存在すら許されないことについつい怒りをぶつけたくなってしまうが、だがそれは目の前の光の聖女ではない。
「では、私も先に失礼しますね。タツヤ君、ごゆっくりどうぞ」
キツネうどんを食べ終わったユリナが一礼して席を立ち、安藤の後を早足で追いかけていく。俺は彼女たちの会話の中心人物として巻き込まれたために、食事の速度が遅くなってしまい、まだ殆ど口をつけてはいないのだ。
自分の判断ミスに腹を立てて、今までの怒りを全て目の前のカツ丼定食にぶつける。
「何を話そうかしら。いざ機会が訪れると、なかなか思い浮かばないわね」
「…ごちそうさま!」
「ええっ! 嘘っ! もう食べ終わったの!?」
まだ口の中でモゴモゴと咀嚼しながらも、急いで箸を置いて椅子を引き、空になったトレイを持って返却口へと向かう。後ろから安藤の妹とその取り巻きから声をかけられるが、無視して先を急ぐ。今は構っている暇はない。
結果から言えば校舎の裏庭に辿り着く前に昼休みは終了間近となり、安藤とユリナが楽しそうな雰囲気で教室に向かう途中に、廊下でばったりと遭遇することになったのだった。
今日の昼休みは殆ど会話が出来なかったのは、本当に残念だ。