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ファミレス初体験

<ヤミコ>

 ドリンクバーと呼ばれるコーナーの前で、水以外にどれを飲もうかと真剣に選んでいると、妹のミツコと両親が通り過ぎていった。最後に石川君に挨拶していたようだけど、今は飲み物を選ぶことに集中していたので、よく聞こえなかった。


 そして彼があまりに真剣に聞くものだから、もし妹に取られたらと真面目に考えたら嫌な気分になったのだが、よく考えたら今まで自分の物を取られたときでも、多少は嫌な気分になっていた。なので別におかしなことではないなと、自分なりに気持ちに整理がついた。


 しかし今まで私の元を去って行った自称友達は、嫌な気分ではなく、ああ…やっぱりかと言う諦めの気持ちが強かった。ならば石川君と彼らとは一体何が違うのか。今はまるでわからなくても、この先に答えが出るのだろうか。

 そして認識阻害が働いているのか、身内の誰もが黒猫の魔女を私だと気づかなかったので、これなら正体がバレることもないだろうと安堵した。


「決めた。カルピスにする」

「じゃあ俺はメロンソーダだな」

「私はアップルジュースにしますね」


 しかし今は何よりもドリンクバーの答えが出たことに、ホッと一安心する。この人生初のファミレス体験を満喫するのだ。これが終われば三年後まで、また面倒な日常生活に戻るので、ファミレスに行く機会などありはしないのだから。

 そしていつの間にか最初に居たお客さんたちも食事が終わったのか、魔法省の職員やその関係者の貸切状態となっていた。


「この下にコップを置いてボタンを押すんだ」

「これがメロンソーダ? 緑色?」


 石川君が自分のメロンソーダのボタンを押してドリンクバーの使い方を教えてくれたので、私も試してみることにする。最初はおっかなびっくりでボタンを押す力が弱かったのか、なかなかカルピスが出てこなかったが。隣のユリナちゃんがもっと強めに押していいよと言ったので、グッと力を込めてカルピスのボタンを押すと、勢いよく氷とジュースがコップに注がれていく。

 その様子を見ながらポツリと言葉を漏らすと、いつの間にかユリナちゃんの母親が私の背後に回り込んで、両手でギュッと抱きしめながら優しく声をかけてくる。


「久しぶりに飲む、水とお茶以外の飲み物」

「黒猫ちゃん、いつでも卯月家に遊びに来なさい。そうすればジュースを好きなだけ飲ませてあげるわ」

「無理。ユリナちゃんの家は遠い。何より毎日の居残り当番と、家族全員分の炊事洗濯掃除がある」


 物心がつく前から完全に習慣化しているため今さら何も思わないが、勉強に当てる時間を作るのが面倒なところだ。しかし、ユリナちゃんの母親の拘束が一層強まったのを感じる。今は十四、五の体なので多少ふらつくぐらいで済んでいるが、変身を解いて中学一年に戻れば、押し倒されてもおかしくないぐらいの力の入れ具合である。


「動けない。離して」

「嫌よ! 絶対に離さないわ! もう黒猫ちゃんをうちの子にしてもいいわよね? ちゃんと毎日面倒見るから! ねっ? いいでしょう?」


 それは誰に聞いているのかわからないが、まるで捨てられていたペットを拾って来たような言い様である。何より私には安藤という家に住んでいるので、卯月家の子になることは出来ない。


「卯月家にはユリナちゃんがいる」

「じゃあ、黒猫ちゃんをユリナの姉か妹にすれば解決ね」


 全くこちらの話を聞く気がないのか、ユリナちゃんの母親の拘束が解ける気配はまるで見えない。そしていつまでもドリンクバーのコーナーから動けない以上、私のお腹が鳴るのも必然であった。


「お腹が空いたから、席に戻らせて」

「ごっごめんなさいね。黒猫ちゃんを困らせるつもりはなかったの」


 そう言ってユリナちゃんの母親は、ようやく抱きつきを解いてくれた。石川君とユリナちゃんと私の三人は、それぞれ別の飲み物を持って自分の席に戻ると、既に注文した食事が並べられていた。

 そして何故か向かいには、卯月家の父と母、そしてマイクを持ってスーツを着た美人のお姉さんが座り、その後ろにはテレビカメラを持った数名のスタッフが待機していた。


「おかえり黒猫ちゃん。紹介するよ。こちらは大葉千鶴さん」

「はじめまして黒猫の魔女ちゃん、大葉チズルです。主にニュース番組のアナウンサーをやっています。後ろのスタッフのことは気にせずにどうぞ」


 マイクをこちらに突き出しながら、何故か興奮気味に自己紹介を行うが、私にはさっぱり意味がわからなかった。この中で一番今の状況に詳しそうなユリナちゃんの父親に、無言で視線を送る。


「まあまあ、とにかく皆座ってよ。食事を楽しみながらゆっくり説明するから」


 なだめるような卯月家の父の言葉に、取りあえず私たち三人は自分の席に座り、持っていたドリンクをテーブルの上に置く。皆が座ったのを見届けてから、再び彼が口を開く。

 そして遠慮なくいただきますをして、自分の注文したハンバーグセットに取りかかる。


「黒猫ちゃんの件で上も下も大騒ぎになってね。このまま正体不明の魔法少女で押し通すのは、ちょっと無理そうなんだ」

「んっ…それは約束が違う」


 私は自分の平穏な生活を守るために今回の件に協力したのだ。国民の義務と契約の対価として魔物退治を行ったつもりなのに、この仕打とは。しかし彼がそっと手で制したので、今はモグモグとハンバーグを咀嚼しながら説明の続きを聞くことにする。

 ファミレスの食事はなかなかに悪くない。料理の味は普通に美味しいレベルだ。今度家で同じ物を作ってみるのもいいかも思った。


「何も全てを明らかにするわけじゃないよ。偶像にしやすいような黒猫ちゃんの情報を、少しだけ教えてくれればいいんだ。

 大葉アナウンサーもプロだからね。正体に関する所は上手にぼかしてくれるよ。

 それに黒猫ちゃんも、噂が独り歩きして尾ひれや手足が生えて、明後日の方向に飛んでいくのは嫌だろう?」


 別にどんな噂でも自分とは関係がないのでそれ程気にはならないが、私のせいで社会的な混乱を引き起こすのは本意ではない。それでは自分が望んだ平穏な日常が壊れてしまう。

 空腹だったためにハンバーグとライスを交互に口の中に運びながら、時々箸休めにカルピスもチビチビと飲む。


「んっ…理解した。出来る限り協力する」

「ありがとう。黒猫ちゃんならそう言ってくれると信じてたよ。本当は全世界の報道機関から、取材の申込みが殺到してたんだけどね」

「無理。断固拒否」


 こんな痴女スタイルで全世界に放送されるなど、私には到底耐えられそうにない。本当に他の魔法少女たちは、羞恥心的な意味で心臓に毛が生えているだろう。それとも私が日常生活に耐えられるよう、そちらの精神力に全振りした結果なのだろうか。


「そうやって断ると思ってね。大葉アナに全報道機関の代表として、単独インタビューを頼んだんだよ。

 黒猫ちゃんも男性よりも女性記者のほうが話しやすいだろう?」

「家族でさえ殆ど会話がないから、わからない」


 最近の自分はかなり話せているほうだと思う。これが進歩なのかはわからないが。学校や家でも、一言か二言口を開けばいいほうで、全く喋らずに一日を終えることも珍しくはなかった。

 そう食事を続けながら過去を振り返っていると、大葉アナが若干引きつった顔でユリナちゃんの父親に向かって、何やらまくしたてる。


「ちょっ…ちょっと! 本当にこの子大丈夫なんですか! 私のインタビューを受けるんじゃなくて、今すぐ児童相談所に駆け込むレベルですよね!

 あと食事風景とかリスみたいにモゴモゴしててすごく可愛いんですけど! おはようからお休みまで、ずっと録画しちゃ駄目ですか!?」

「ああうん、黒猫ちゃんは元からこういう子だから、大葉アナも気にしないで普段通りに対応してよ。

 家庭や学校の問題はこちらで絶対に何とかするから。あと録画はインタビュー中だけの契約のはずだろう?」


 まだ何かを言いたそうにしていた大葉アナだったが、やがて渋々ながら諦めたのか。私のほうに顔を向けて、他のスタッフにマイクスタンドを準備させながら説明を始める。


 地味、根暗、メガネ、ボサ髪と馬鹿にされ続けた私を、丸一日密着取材したところで時間の無駄だと思う。そして、注文したハンバーグセットも全て食べ終わったタイミングに合わせて、彼女が説明を行う。


「黒猫の魔女ちゃんの準備は出来ましたか? これから生放送となりますが」

「大丈夫。でも、生放送? 編集しない?」

「はい、今回は色々な噂を未然に防止するための取材です。そのために情報の正当性と即効性を重視させてもらいました。

 そして独占インタビューは公式記録として残ります」


 この情報は嘘で、スタッフが編集したんじゃないかと疑われるよりは、ありのままを伝えるとのことだ。しかも編集作業に時間をかけるよりも、まだ黒猫の魔女の噂が広まる前に、これが謎の魔法少女の正体だと。一気にイメージを固めてしまおうとの考えらしい。


「質問には気を使いますので、黒猫の魔女ちゃんは普通に受け答えをしてくれればいいですよ。不味い流れになりそうなら、すぐに別の質問に流しますので。

 そしてこの独占インタビューが成功すれば、今後は私が黒猫の魔女ちゃんの専属アナウンサーになると思います」

「わかった。でも私は、魔法少女としての活動は行わない。これが最初で最後の独占インタビューになる」


 私は腹芸の経験はないし、何よりも口下手なので正面から人と話すのは苦手だ。いくら専属がついても、黒猫の魔女としての活動はもう終えているため、表に出ることは二度とないだろう。

 これで終わりで一回きりだと思えば、生放送でもそれ程緊張することはなかった。


「えっ? 黒猫の魔女ちゃん、今後の活動予定はないって、それは一体…」

「大葉さん! こちらの準備は完了しました! いつでも回せます!」

「あっはい! それでは黒猫の魔女ちゃんの独占インタビューを開始します!」


 動揺していた大葉アナだったが、スタッフの準備が完了したという報告で気持ちを切り替えて、にこやかな表情になる。流石はプロである。私はいつも通りの無表情のままだ。これ以外の顔は多分出来ない。


 いつの間にかテーブルの上の食事は全て片付けられ、石川君や卯月家の家族や魔法省の関係者はカメラに映らない場所に離れており、こちらの様子を興味深そうに伺っていた。

 そして店の外をガラス張りの窓から覗いてみると、もはや数えるのも無理そうなぐらい大勢の人が集まっていて、道路は交通整理で車が止められ、歩行者天国になっていた。

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