光の聖女
<ミツコ>
アタシは安藤光子。国内上位の実力を持つ魔法少女であり、さらに地水火風よりも上位の属性である光の魔法が使え、二つ名の光の聖女と呼ばれることも多い、中学一年生の美少女よ。
ちなみに今日は両親と一緒に、家から離れた住宅地の一画にあるファミレスに来ているわ。今日はアイツの帰りが遅くなるらしいので、家のご飯は食べられないのだ。
普段からアタシは口では色々言っているが、食事や家事の優秀さだけは認めざるを得ない。もっとも、それで褒めると調子に乗るだろうから、絶対に口に出したりはしない。
この光の聖女であるアタシに奉仕できるのだ。きっとアイツも心の中で喜んでいるだろう。そう考えると色々命令を出したり厳しい態度を取るのは、全てアイツのためとも言える。
決してアタシが日頃の憂さ晴らしをしたいからではない。今後ともせいぜい潰れるまでこき使ってやろう。
あの成績では県外の進学校など絶対に無理だ。地元の底辺高校がせいぜいだろう。一生無報酬で、アタシの従順な手足として奉仕させるのいいかもしれない。身内や友達の皆もきっと大賛成してくれるだろう。
そんなことを食後のフルーツパフェを口に運びながら考えていた。この店は高級店ではないが、デザートが美味しいので割とよく来たりするのだ。
アイツは最低限の食事は用意するが、デザートは全く作らないので、外で食べるか帰宅途中で買ってくるか、アイツに買ってくるように命令するしかないのだ。
それでも毎日の食事の栄養バランスと味だけは認めるけど。かなり昔にアイツが風邪で動けない時に、両親が家事を行ったが余計に酷くなっただけだった。
それ以降は食事の準備が出来ない時は外食、家事が出来ない時は放置となった。全てのしわ寄せをアイツが一人で引き受けるのだ。
しかし、少し前に五人組の大人が店の予約のために来店してから、やけに外が騒がしいように感じる。店内の従業員もやたらと外を気にしているので、アタシも少し様子を見に行こうかなと思考を切り替えたその時、ファミレスの自動ドアが開き、大勢の客が一斉に店の中に入ってきた。そちらに視線を移したアタシは、予想外の人を発見して思わず声をあげてしまう。
「嘘っ! 石川君! 何でここに? まさかアタシに会いに来てくれたの?」
まさか憧れの石川君と出会えるとは思わなかった。たまたま外食の日に同じ店に入ってくるなんて、これはもはや運命に違いないだろう。思わずあげた大声を聞き取ったのか、彼もこちらに気づいたようだ。
「安藤…の、妹か。まさか同じファミレスだったとはな」
気のせいか、アタシを見る彼の目が冷たく感じる。それだけではなく、一緒に来店した客の全てがアタシと両親に蔑むような視線を送って来るのだ。これには思わず家族全員が、一歩どころか二歩、三歩と身を引いてしまう。
「どうする? あん…じゃなくて、黒猫の魔女。別のファミレスにするか?」
「ここでいい。かなりお腹が空いてる。これ以上の移動は辛い」
先程来店した集団の中に、石川君が親しそうに話す一人の少女を見つける。それ以外にも卯月家の三人や各界の有名人も数多くいた気がするが、今のアタシには目に入らなかった。
「そっそっそっ…! その女は…だっ誰なの!?」
他にも女性は大勢いるものの、その中の誰より目の前の少女は輝いて見える。アタシには到底及ばないものの、強敵出現である。きっと石川君はその女の美貌に騙されて一緒にいるのだろう。早く彼の目をアタシの愛で覚まさせてあげないといけないと、使命感に駆られる。
「聞こえなかったのか? 彼女は黒猫の魔女だ。それよりそろそろ空いてる席に座ろうぜ」
「石川君! ここっ! アタシの席が空いてるわ!」
そう言ってアタシは自分の隣をポンポンと手で叩いて教える。元々六人用の長椅子のテーブル席を家族三人で座っているので、空いていて当然だ。
「ああっ、いや…でもその場所はちょっとな」
石川君はそう呟きながら、隣の黒猫の魔女にチラチラと視線を送る。気づけばファミレスの外には人垣が出来ており、店の周囲をボディーガードで固められていた。
ここまで警戒が厳重だとは思わなかった。やはり彼は目の前の女に弱みを握られているか、誑かされているかのどちらかのようだ。
しかしアタシまで危険に巻き込んでしまうためか、何となく一緒に座りたくなさそうにも見える。このままでは埒が明かないと思いはじめた頃、ファミレスの店員さんがこちらに近づいて来て、一言声をかけた。
「申し訳ありませんがお客様、急な予約で人数的にも無理があるために、必要な席が確保できていない状態です。
出来ることなら何組かが相席してもらえると助かるのですが…」
店員さんもアタシを応援してくれているらしい。最後にもう一度石川君が黒髪の少女に視線を送り、何の反応もないことに諦めたのか、渋々相席することとなった。
本当はアタシと相席が嬉しいのに、好きな女の子に対して素直になれない男心のことは、ちゃんとわかっているのだ。
長椅子の席はテーブルを挟んで三人ずつに分かれているので、片側にアタシと両親、もう片側に石川君、黒猫の魔女、癒やしの聖女が座ることになった。
何故かこの配置に店内の空気が非常に重くなっている気がする。
「黒猫の魔女、好きな物を頼んでいいぞ」
「ん…メニューも頼み方もよくわからない。どうすればいい?」
「何よ貴女、ファミレスに来たことないの? 呆れた。どれだけ貧乏人なのよ」
この発言で店内の空気がより一層重くなった。そして隠しきれない殺気まで送られて来る。一緒に来店した者たちは、やはり黒猫の魔女の味方のようだ。しかし、何故癒やしの聖女が変身したままなのか。
そう言えば少し前に、この近くでカテゴリー2の魔物が現われたと聞いた。近くにいる魔法少女たちに出動要請がかかったのだが、出動した魔法少女たちが現場に到着する前に、正体不明の魔法少女によってオーガは全て倒された。
そして卯月が魔法少女のままということは、魔法を使ったに違いない。つまり現場で戦っていた可能性が高いのだ。
「ねえ、癒やしの聖女。正体不明の魔法少女のことで何か知らないかしら?」
「たとえ私が知っていても、それを貴女に教える義理はないと思いますが?」
やはり何かを知っているようだ。流石に謎の魔法少女の正体までは知らないだろう。しかし、やはりこの女は気に入らない。昔から実力はアタシのほうが圧倒的に上であり、同じ聖女でもあったのだが、何故か国民的な人気はほぼ同数だった。
卯月は実家の権力を使って癒やしの聖女を名乗り、男に媚を売る汚い女だ。もっとも、石川君が彼女の毒牙にかからなかったのは幸いだったが。
アタシは彼女が答えないならと、次の標的に狙いを定める。隣で真剣にメニュー選んでいる黒髪の女だ。今まで見たことはないが、きっとこの女も魔法少女だろう。
「貴女も何か知らない? 正体不明の魔法少女について」
「知らない」
「それは残念ね。確かニュースでは黒猫の魔女と呼ばれて…って、本人じゃないの!?」
石川君に思考の殆どを使っていたので、他のことがおざなりになってしまっていた。何はともあれ、目の前の黒髪の女が正体不明の魔法少女に間違いない。
「まっ…まあいいわ。何でも世界最強の魔法少女と持ち上げられてるようだけど、どうせ嘘でしょう?」
「世界最強ではない。底辺の魔法少女」
「やっぱりね。オーガ九体を瞬殺なんて新人の魔法少女に出来るはずないのよ。このアタシなら可能だけどね」
アタシは国内上位の魔法少女なのだ。オーガを単独で撃破するぐらい簡単だ。九体同時も多分やれるはずだ。今の所はそんな機会はないが。新人相手にちょっと見栄を張るぐらいいいだろう。今は頼りなくてもこの女が石川君を狙うのは諦めさせたら、アタシの下僕になるかもしれないのだ。
「このハンバーグにする」
「じゃあ俺はチーズinにしようかな」
「私はチキンドリアにサラダをつけますね」
だが彼女は先輩のありがたい言葉を全く聞いていない。アタシは光属性の魔法少女で、目の前の女たちよりも遙かな高みにいるのだ。それなのに三人はこちらの話ではなく、仲良くファミレスのメニューについて話し合っている。
「チーズin? サラダ?」
「ハンバーグの中にチーズが入ってるんだ」
「主食だけではなく、色々と小皿をつけるられるんです」
そんなことすら知らない。目の前の魔女は本当にファミレスに来たことがないようだ。飲食店に入ったことがあれば、何となく察しが付くようなことすら、全くわからないらしい。
きっと現実では相当な貧乏暮らしをしているのだろう。
「んー…迷う。ハンバーグに洋食セットをつける」
「どうやら皆決まったようだな。店員さんを呼ぶぞ」
そう言って石川君は呼び出しボタンを押してファミレスの店員を呼び、皆のメニューを順番に注文する。二人の女の先頭に立ってテキパキと仕切る彼は、やはり他の男子生徒よりも格好よく見える。
「それで黒猫は、ドリンクは色々あるがどうするんだ?」
「黒猫? 私のこと? 飲み物は水で十分」
「ああ、二つ名だと少し長いからな。気に触ったなら謝る」
相性呼びというものだろうか。アタシでさえ、まだ石川君と安藤の妹を越えられないのに、何ということだろう。しかし今強引に会話に割って入ると、石川君にとって空気が読めない女の烙印を押されてしまう。ここはじっと我慢だ。
「別に構わない」
「では、私も黒猫ちゃんと呼んでいいですか?」
「うん」
どうやら会話が一度切れたようなので、ここが攻撃のチャンスだろう。さっさとこの目障りな新人魔法少女から、石川君を引き離さなければ。
「それにしてもドリンクバーも知らないなんて、家でも水ばかり飲んでいたんじゃない?」
「うん、水かお茶。風邪のときは少しだけ甘い飲み物を飲ませてくれた」
「貴女、どれだけ貧乏なのよ。よくこれだけのボディーガードを用意出来たわね。ああ、なるほど。癒やしの聖女に泣きついたってわけね」
確かに卯月家の権力を使えば、どれだけ家の地位が低くても絶大な力を借りることが出来るだろう。しかし自分の力でない以上、相応の対価は払わなければいけない。それが何かは知らないが、貧乏暮らしの魔女に支払える物など、そう多くはないだろう。
「貴女の魔法少女としての人生を捧げて、卯月家の権力を手に入れたってことね。そんなに石川君が欲しかったのかしら?」
「んー…? 石川君、どういうこと?」
「いっいや…俺に聞かれてもな」
魔女の追求するような視線を受けて、石川君は顔を真っ赤にして思いっきり動揺している。やはり何らかの弱みを握られてるのは間違いない。
「言っておくけど、そんな汚い女に石川君は渡さないわよ。彼はこのアタシが、必ず取り戻すんだからね!」
「ユリナちゃん、どういうこと?」
「わっ…私に聞かれても。多分ですが、タツヤ君が欲しいのではないでしょうか?」
正解を言い当てた癒やしの聖女は流石だけど、これまで何度もアピールしているのに断り続ける石川君は、もう少し自分の気持ちに素直になってもいいと思う。アタシはいつ告白されてもいいように、心の準備はとっくに出来ているのだから。
「よくわからない。欲しいならあげる」
「ちょっと貴女! 石川君を簡単に渡すなんて! あまりにも酷いじゃない! 最低の女だわ!」
「どうしろと?」
やはりこの女は最低だ。自分が責められる原因になるからと、権力を使ってまで手に入れた石川君をあっさり捨てようとする。
絶対に言い寄ってくる男たちを目障りなゴミか従順な奴隷としか見ていないのだろう。ただしアタシはいいのだ。国内上位の魔法少女である光の聖女には、そのぐらいの権利はあるのだから。
「くっ…黒猫は、俺が安藤の妹の所有物になってもいいのか?」
「んー…わからない。けど、今取られるのは少しだけ嫌…かも?」
「うおおおおっしゃあああああっ!!!」
魔女の返答に石川君は突然ガッツポーズを取り、ファミレスに響き渡る程の大声で叫ぶ。
これにはアタシを含めて皆がびっくりとしたらしく、食事中の人も思わず箸やフォークを落としてしまう。その惨状に慌てて店員が注意しに駆けつける。
「あの…お客様」
「あっ、すっ…すみません。以後気をつけます」
叫ぶのは止まったが、それでも相変わらず小さくガッツポーズを取る石川君に、何かそんなにいいことがあったのかと疑問には思うが、店員に注意された手前、これ以上の追求は控えることにする。
「それより、ドリンクバーって何?」
「ああそうだったな。注文した食事が来る前に、飲み物を取ってくるか」
「じゃあ私も行きますね」
そう言って石川君が先頭を歩いて、三人はドリンクバーコーナーに向かう。そのまま何が楽しいのか和気あいあいとした雰囲気で、どのドリンクを飲むのか話し合いを行う。
その様子を眺めている間に、気づけばアタシが食べていたパフェは綺麗に食べ終わっており、両親は店内の居心地の悪そうな空気を感じて、そろそろ帰ろうかと真剣に説得してくる。
仕方ないので今日はここまでにしよう。ファミレスで石川君と会えただけでも奇跡なのだ。
「それじゃ私は行くけど。石川君、また学校でね」
「ああ、またな」
アタシたち家族がレジの会計を済ませるためにドリンクバーの前を通るときに、照れ隠しだろうがそっけない返事を返してくれた。相変わらず恥ずかしがり屋の石川君に、それでも今日はたくさん話せたので、確実にお互いの関係が一歩前進したことを、強く実感するのだった。