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外から見た黒猫ちゃん

<ユリナ>

 彼女はどれだけ無茶振りされようとも、それをいとも簡単に達成するだけの高い能力を持っているのだろう。そのことを今まで親しい者たちが誰一人として気づかなかったのは、こちらにとっては幸運でも、向こうにとっては不幸だ。


「ふーん、そうなのね。確かにヤミコちゃんには百害あって一利なしだし、そのほうがいいわよね。

 何なら今すぐにでも卯月家が引き取って、養子にしたいぐらいだわ。じゃなくて、絶対に養子にするわよ!」

「ママ、それはヤミコちゃんが嫌がるから駄目だよ。私も本当は妹か姉になってもらいたいんだけどね。

 ヤミコちゃんの本心は、このまま何事も起こさずにひっそりと親元から離れて、少しずつ疎遠になることを望んでるんだよ」


 本当はママと同じように心の底からヤミコちゃんが欲しい。その場合は妹にして可愛がるか、姉にして甘えるか。どちらにせよ毎日がとても楽しくなるだろう。しかし残念なことに、それは彼女自身が望んでいないのだ。ヤミコちゃんの本心は未だに定まっておらず、大体がママに言った通りなのだから。


「薄々気づいていたけど、とても残念だわ。やっぱり強引に干渉して環境を激変させるのではなく、少しずつ変えていくしかないのね。これは骨が折れそうだわ。

 囚われのお姫様を助け出すなら、卯月家の力を使えば簡単なんだけど」


 そう言って心の底から残念そうな表情で、ママは魅惑の魔女スタイルで問題集をスラスラと解いていくヤミコちゃんに視線を向ける。時々シャープペンを持った手を頬に当てて考え込む姿はとても美しくて、思わず有名な画家に頼んで一枚の絵にして玄関に飾りたくなる程、見る者全てを魅了していた。


 彼女の書く字も何処となく明朝体に似ており、とても綺麗で読みやすい。年頃の女の子が好んでいる全体的な丸い字ではないのが、何となくヤミコちゃんらしかった。

 そんな彼女の元に、タツヤ君がトレーにいくつかの紙コップを乗せて近づいて来る。


「安藤、外の職員の人から飲み物を貰ってきたし、この辺りで一休みしたらどうだ? それと、俺にも勉強をおっ、教えてくれないか?」

「わかった。飲み物ありがとう。石川君に教えるのも勉強になるから構わない。でも、私は人に教えた経験がない。それでもいい?」


 その手があったかと、私はようやく気づいた。これならわざわざヤミコちゃんの好みそうな話題を探して話しかけなくても、自然に会話が出来るだろう。少しだけ頬が朱色になっているタツヤ君を見て、とても羨ましく感じてしまう。


「ああっ、構わない。じゃあ俺も鞄からノートを…」

「私も! 私も一緒に勉強していいかな!」

「別に構わない」


 彼女にとっては一人増えるのも二人増えるのも同じなのだろう。流石に十人や二十人では断るだろうけど、せっかくのチャンスを逃すわけにはいかない。

 教科書やノート以外にも女の子の秘密道具が入った学生鞄を調べている間に、ヤミコちゃんは二人分の椅子を魔法で位置を変える。


「そう言えば安藤、俺は飲み物を取りに行くために少しの間外に出たけど、すごい騒ぎだったぞ」

「そう?」


 自分の分の問題集を広げ終わったタツヤ君が、フカフカの椅子に腰かけながら、温かなお茶を飲んでいるヤミコちゃんに、そう話しかけた。

 その間に私も問題集を手に取り机の上に乗せ、彼女の隣の席に座ってから、紙コップに注がれたお茶を両手で持って一口すする。


「何しろ空からオーガ九体を瞬殺した魔法少女が、黒猫バスの中に入ったきり出て来ないからな。

 魔法省の職員が黒猫バスに一定距離以上を近寄るのを禁止しているが、これで話題にもならないほうが無理だろうな」


 誰も犠牲者を出さずにカ、テゴリー2の魔物をたった一人でやっつけたのだ。カテゴリー1でさえ被害者が出ることが多いのに、今回は一段上の2だ。それに1ならば魔法少女一人で全てを相手に出来なくはない。

 しかし2以降は複数の魔法少女が一体の魔物と戦うのが普通である。戦闘特化の二つ名持ちなら単独撃破も可能ではあるが、それでも一対一では決して楽勝ではなく、今回のように九体同時に無傷で倒すなんて、もはや前代未聞である。


「皆、黒猫の魔女…安藤のことが知りたくて仕方ないんだ。あのさ、安藤は本当に魔法少女として活動する気はないのか?」

「ない。こんな痴女服で活動するなんて嫌。絶対に皆に笑いものにされて羞恥心でのたうち回って死ぬ」


 皆ヤミコちゃんことを笑ったりしないよ。むしろ称賛の嵐だよと言いたいが、魔法少女を利用したり傷つけたりする存在も少なからずいることは、私もよく知っている。

 なので安易に否定して慰められない。でも彼女のここまで低い自己評価を、少しでも上向きにしたいという気持ちもあるので、ここは話題をそらすことにする。


「それは一旦置いておいて、ヤミコちゃん。自分がどう話題になってるか興味あるよね?」

「んー…なくはない?」

「だったら少しだけ見てみようよ。ええと、確か私の携帯でニュースが見れたはず」


 壊れたら大変なので一時的に鞄の中に携帯を避難させているので、鞄に手を入れてガサゴソと探し、やがて見つけ出しておもむろにそれを取り出すと、ヤミコちゃんが私の携帯を少し借して欲しいと口に出した。


「えっ? 借りるって…どういうこと?」

「小さい画面だとニュースが見にくい。なのでユリナちゃんの携帯を黒猫バスに繋げる」

「えっ? えっ? さっぱり意味がわからないよ?」


 ヤミコちゃんが携帯を渡すように促すので、混乱したまま取りあえずはいっと渡すと、彼女は右手でそれを受け取り、その瞬間に私の携帯電話が一瞬黒く輝き、その後すぐにこちらに返してくれた。ふと見るとヤミコちゃんの左手に、先程の携帯と同じサイズの黒く四角い何かを持っていることに気づいた。


「これでいい。…多分」

「たっ…多分なんだ。うん、まあヤミコちゃんのやることだから、信用するけどね」


 この短期間で黒猫バスに皆を乗せて空を飛んだり、空からスピードを緩めることなく急降下してオーガを轢き殺したり、九体のオーガを何もさせずに瞬殺したりと、回復魔法は苦手と自己申告したヤミコちゃんだけど、逆に言えばそれ以外は何でも出来るのではと、そう思ってしまう。なので全く心配はしておらず、この先何が起こるのかと楽しみでドキドキしてしまう。


「んっ…ニュースは、多分このボタン」


 ヤミコちゃんが椅子に座りながら、黒猫バスのフロントガラスに黒く四角い何かを向けてボタンを押すと、突然男性のニュースキャスターが、正面のガラス一面に半透明で大きく映し出された。その姿には見覚えがあり、歯に衣を着せない解説で有名な人である。


「ヤミコちゃん、ちょっとその黒いリモコン…でいいのかな。見せてくれない?」

「はい」

「あっ…ありがとう」


 躊躇することなくすんなりと黒くて薄い板を渡してくれたことに、こちらが戸惑いつつも、それを観察するとやはり完全にテレビのリモコンだった。オン・オフと地上波とBS、1から12の数字と番組表まである時点で、疑いようがなかった。

 いつの間にか私の周りに集まった両親とタツヤ君、そして魔法省の職員たちは興味深そうに謎の黒いリモコンを調べているが、原理が魔法なのであまり詳しくはわかりそうにない。となると、やるべきことは一つだ。それを自覚した全員の視線が私に集まる。


「あのっ、ヤミコちゃん。このリモコンは何かな?」

「ユリナちゃんの携帯からテレビ機能だけを黒猫バスに接続したら、それが出来た」


 わからないのであれば、直接本人に聞けばいいという考えだが、涼しい顔でニュースを見ながらお茶を飲んでいるヤミコちゃん自身もわかっていないため、余計に謎が増えるだけの結果となった。

 そもそも火や水や自然の力を魔法によって操るのではなく、黒猫がバスになって空を飛ぶという時点で規格外過ぎるので、混乱するのも当然なのだが。


 魔法省の職員や両親がリモコンを手に持って色々な角度から調べてみても、やはり何もわからないようだ。その間にもフロントガラスに映し出されている有名なニュースキャスターは、何やら興奮したように喋り続けていたが、やがてディレクターから別の台本を渡され、大きくテロップが張られた。


「ただ今入った情報によりますと。謎の魔法少女Aちゃんは、黒猫の魔女と公式発表されたようです。現場の大葉さん、そちらはどうですか?」


 黒猫バス内の皆も、先程とは違う様子に気づいたのかリモコンを机の上に置き、ヤミコちゃんと同じようにフロントガラスのニュース番組に注目する。

 ヤミコちゃんは置かれたリモコンを自然な動作で手に取り、透過率の隣りにあるマイナスのボタンを押して、0%まで下げる。すると先程までは半透明だったニュース番組が、くっきりと透けることなく映し出されて、まるで本物の大型テレビのように変わった。

 絶対にとんでもない画素数なのだろうが、やはり自分で使用した魔法だけあり、彼女だけは直感的ながらも操作方法がわかるようだった。


「はい、こちらは現場の大葉です。ただ今、黒猫の魔女ちゃんが乗ってきたと思われる乗り物の前に来ています。周囲には避難民、魔法省の職員、報道関係者、民間人等、大勢の人が集まっており、今なお人は増え続けています」


 テレビの映像も現場の大葉千鶴と言う女性キャスターに切り替わり、住宅街の大通りで魔法省の職員が黒猫バスを囲むように、立入禁止の黄色のテープを張って、直立不動で護衛している姿が見える。

 それを遠巻きに眺める大勢の人たちがはっきり見えた。夜間だけあってフラッシュをたく音がひっきりなしに聞こえており、報道ヘリの出す大きな音も周囲に響いている。


「大葉さん、その乗り物の詳しい情報は何かわかりましたか?」

「残念ながら詳しいことはまだ明らかになっていません。わかっていることは、正式名称は黒猫バスで、黒猫の魔女ちゃんの魔法で生み出され、大勢の人を乗せて空を飛ぶ乗り物。これだけです。

 実際に魔法省の職員もこれに乗って現場に急行出来たおかげで、被害を最小限に留められたとのことです」 


 今も長方形の入り口から職員の人たちが出たり入ったりしているので、外からは全く見えなくても、この中に大勢乗っているということは明らかだろう。

 それに夜間とはいえ空を飛んでいる姿も何人かの人に見られている。何よりどう考えても物理法則を完全に無視しているので、ヤミコちゃんの魔法という情報を開示しなくては、何も知らない人たちの間で混乱に拍車がかかってしまう。


「なるほど、つまりそれが黒猫の魔女ちゃん専用の魔法ということですね。では、オーガ十体を倒すのにも黒猫バスを使ったのでしょうか。

 それとも癒やしの聖女ちゃんが同行していたとの情報もありますので、やはり他の魔法少女と協力したのでしょうか」


 有名男性ニュースキャスターの声を聞いて、私は心の中で叫びたかった。今回は何もしておらず、地面に落下するのが怖くて目をつぶっていた間に、ヤミコちゃんが全てを終わらせていたのだと。


「いえ、確かにオーガを一体倒したのは黒猫バスの力ですが、残りの九体を倒したのは、全て黒猫の魔女ちゃんの別の魔法のようです」

「それはすごいですね。知っての通り同時に大きな魔法を使える魔法少女は殆どいません。しかもオーガと単独で戦える程の強さとなれば、国内でも上位レベルの実力でしょう。

 つまり黒猫の魔女ちゃんは、黒猫バスで一般人を守りつつ、オーガを一体ずつ倒していったとのことですか。被害者なしなのも納得ですね」


 満足そうに自分の考えを皆に伝える男性ニュースキャスターに対して、黒猫バスに乗っている一人を除く全員から、哀れみに近い感情が向けられる。きっと現場の大葉さんも、彼には同情していることだろう。

 ゲートと魔法少女が現われてからの三十年の歴史ではそれが普通の考えで、これからもその常識がずっと続いていくのだと、誰もがそう考えていた。


「誠に申し上げにくいのですが、黒猫の魔女ちゃんは黒猫バスでオーガを一体轢き殺して、すぐ外に出ました。

 その後黒い翼を広げて空に飛び上がり周囲を見渡した後、九体のオーガを補足し拘束魔法で動きを封じ、全ての魔物を同時に攻撃魔法を使って倒したようです」


 大葉さんの言葉にスタジオのニュースキャスターは何も喋ることが出来ずに押し黙ってしまう。そしていつの間に撮られていたのか、画像は荒いものの夜空に黒い翼をはためかせて地上を見下ろす、美しく妖艶なヤミコちゃんの姿が大画面で表示される。


「でっ…では黒猫の魔女ちゃんは、それ程強力な魔法を使えるのですか? しかも離れた位置に同時に、正確無比に発動させたと?」

「はい、魔法省の公式情報ではなく民間経由ですので、信憑性は若干不安が残りますが。

 実際にオーガに襲われていた人たちが皆、口を揃えてそう言うのですから、限りなく事実に近いと思われます」


 実際に口に出すと思った以上にとんでもない魔法少女だ。そしてヤミコちゃんはそれを行った後も、平気な顔をして勉強をはじめたので、それが彼女の限界ではないのだろう。

 そもそもヤミコちゃんに魔法少女的な限界があるのかどうかさえ不明なのだ。そう考えると回復魔法が苦手なのは、唯一の欠点という気がしないでもない。


「なるほど。真偽はどうあれ魔法と容姿の両方で、彼女は魔法少女の出現以来の最高ランクとなるでしょうね。

 しかしそうなるとますます、変身前の姿が気になるところですが」

「はい、今回の事件は国内外で大きな注目を集めています。

 一体黒猫の魔女ちゃんとはどのような人物なのか。事件発生から既に一時間が経過した今、そろそろ何らかの動きがあってもおかしくありません」


 現場もスタジオもとても興奮しており、お祭り騒ぎとなっている。誰も彼もがヤミコちゃんのことを知りたくて堪らないのだろう。

 確かに有名ニュースキャスターの言う通り、魔法も容姿もスタイルも他の追随を許さない程に眩しく輝きを放っている。

 さらに明らかになっていない部分でも、口では嫌がっているがとても面倒見がよくて優しいし、その他の家事や勉強や運動も圧倒的に高性能で隙がない。

 欠点は無口で口下手、そして周囲への関心が薄く自己評価が低く、家庭や生活環境が最悪だという点だろう。こちらは幼少期から続くヤミコちゃんの親族や妹のせいだというのは、状況から見ても明らかだ。

 本人は三年後には別れるからそのままでいい。何もしないでと言っているが、やっぱり友達としては何とかしてあげたいのだ。


「んっ…そろそろ帰っていい?」


 何気なくヤミコちゃんはそう口に出しながらリモコンのボタンを押して、テレビ画面を消して元のフロントガラスに戻す。そして黒猫バス内の皆は凍りついて動けなくなる。

 確かにパパが言っていた一時間はもうすぐ過ぎる。つまり他の部署に引き継ぎを済ませて、家に帰る時間になったということだ。


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